「…うむ。  今日も暇だねぇ……。」 鋏をちゃきちゃき鳴らしながら、僕はぼーっとドアを眺めている。 ……あ、言っとくけど僕は決して危ない人では無い。 鋏を持っているのも、僕が床屋さんの主であるからなので大丈夫。 ただ、ひとつ異質な部分があるとすれば。 「暇だ、では無いだろう。  暇なら暇なりに、何かしたらどうだ。」 ……飾ってある女性の首が勝手に喋る事ぐらいだろうか。 ――事の始まりは、僕がうっかり『彼女』の姿を見てしまったところから始まる。 「……え?」 「……。」 何故か甲冑。その上どう見ても血塗られた剣を持ってる。 だが、それ以上に異質なのは。 「……ふむ。」 ……『自分の首』を『自分で持っている』。 「私とした事が、迂闊だったな。  関係ない者に姿を見られてしまうとは。」 何か彼女――『彼女』と表現するのが妥当かは別として――が喋った気がしたけど、 その当時の僕は目の前の状態を認識するので手一杯だった。 だって、切り離された首が喋ってるし甲冑なんて世間外れな格好してるし しかも足元には男の人が真っ二つにちょん切れてて……なに? 「……死んでる?」 普通は死んでる。真っ二つにされて生きてる人間なんて居ない。 その常識すら、その時の僕は吹っ飛んでいたらしい。 「それは死んでいるだろう。と言うか殺した。  普通の人間なら、真っ二つで生きていられると思うか?」 「……ですよねー。」 「……君は案外、精神的に丈夫なようだな。」 「はっはっは。」 何故その時笑ったのか、今の僕でも理解出来ない。 まあ笑うしか無かったんだろう。人間追い詰められると不思議な行動をするもんだ。 「さて。  君の事は割と興味があるのだが……見られた以上仕方が無い。」 ちゃきっ。 「…えーと。  何故にこちらに剣を向けているのでせう?」 「殺す以外に、剣を使う理由があるかね?」 相変わらず片手に持たれたままの首が、さも当然と言わんばかりに答える。 「本来私は『死を予言する存在』だが…まあたまには出合った瞬間に死ぬ、  と言った事があってもいいだろう。……いいよな?」 なるほど。彼女はどうやらデュラハンらしい。 って事は、出合った僕は死ぬ運命にあると。 なら仕方が無い……って。 「偶然出合っていきなり殺されてたまるかっ!?」 「む……いいツッコミだ。  この状況でそれだけ冷静な対処が出来るのは、中々の大物だな。  だが……。」 すっ。 「!?」 ――気が付くと、彼女は既に目の前に立っていて。 「……さよならだ。」 そして、一気に持っていたモノで僕を……。 ごちんっ。 「あうっ!?」 「ぐおっ!?」 頭部への衝撃で、思わず僕は頭を抱えてしゃがみ込む。 「ぐぁ…あ、頭がっ……。」 「……。」 ……目の前を見ると、同じ様にしゃがみ込んでいる甲冑が。 どうやら、目の前のデュラハンは結構なドジっ子らしい。 そして。 「しまっ…!?」 僕の頭とガチンコ勝負をした首は、綺麗に放物線を描き。 ばしゃーん。 「あ。」 近くを流れていた川(しかも結構深め)にナイスイン。 「やばっ……!」 この時の僕は、やっぱり精神的におかしくなっていたらしい。 何故なら、相手は僕の命を狙ってきた相手だと言うのに。 ばしゃーん。 うっかり僕も飛び込み、その首を捕まえようとしていたのだから。 その上。 「がぼっ……!?」 ……僕は全く泳げなかった。所謂カナヅチだった。 そしてそのまま、僕はあっさりと溺れてしまい――。 「…はっ!?」 「…目が覚めたようだな。」 気が付いた僕が最初に見たのは、見知った天井。 そして……首がちょん切れた甲冑。 「!?」 がばっ。 慌てて飛び起き、壁際まで飛び退く。 「む……折角膝枕とやらをしてやったのに、その対応は失礼だと思わないのか?」 「な……。」 声のする方向を見る。 其処にはちゃぶ台があり……その上に、女性の生首が置いてあった。 しかもその生首が喋ってると来たもんだ。 「え、なっ、は……!?」 「ふむ。ようやく現実を認識して混乱しているようだが……とりあえずは落ち着け。」 すっ。 「え?」 「……。」 いつの間にか、俺の真横には首無し甲冑が音も無く正座していた。 そして、手には……お茶? 「勝手に淹れたが気にするな。そして飲め。」 「……は、はぁ。」 ごくり。 「あ、美味しい。」 「お茶だからな。」 ……目の前の生首はどう見ても西洋な方なんですが、何故に日本茶なのか。 とは言え、少し落ち着いたのも事実だ。 「えーと……君は一体誰?」 「誰と言われると、少々説明がややこしいのだが……大雑把に言うと  『デュラハン』だな。」 「デュラハン……って、あのデュラハン?」 「どのデュラハンを指すのかは知らんが、デュラハンだ。  一般的には首無しで甲冑で見たら死ぬアレだな。」 「まんまデュラハンだ……。」 「…だからデュラハンだと言ってるだろう。」 テーブルの上で呆れ顔をする生首。 非常にシュールな映像だ。 「で…そのデュラハンさんが、何故に僕の家をご存知で?」 「……その台詞は、君を助けた私への嫌がらせか?」 じろり。 思い切り睨みつけられました。 「……あ。」 思い出した。 確か僕はカナヅチなのも忘れて、うっかり川に飛び込んでしまって……。 「まったく……泳げないのなら、川に飛び込まなければ良かっただろうに。  お陰で手間が増えてしまった。」 「いや、だって……無意識に身体が動いてしまったのはどうしようも無い訳で。」 あの時はただ、落ちてしまった首をなんとかしなきゃ、としか頭に無かったし。 「……ふむ。」 じーっ。 「……あの、何か?」 さっきまでとは違い、今度は純粋に僕を見つめる目の前の生首。 ……やっぱり怖い。 「なるほど、大体君の事が把握出来た。  君は割と特殊な環境でも耐えうるだけの精神力を持ち、他人の危機を  見捨てられないお人好し。  そして何より……うっかり者だな。」 「うぐっ。」 最後の言葉が、何より深く胸に突き刺さった。 「うっかり者か……いいな。実にいい。  まさか私と同じぐらいのうっかり者が居るとは……。」 「……は?」 「いや、なんでもない。気にしないで欲しい。」 ごめんなさい。言葉以前に、生首ってだけで気になります。 「まあ兎も角。  困った事に、『デュラハン』である以上、出合った君は死ぬ運命にある。」 「え……。」 首無し甲冑がテーブルに向かい、自分の頭を掴み。 きゅぽん。 「……ふぅ。久々に接合すると変な気持ちだな。」 「接合って表現なんだ……。」 「ならば合体か?」 「変な悪魔生まれてきそう……。」 「一応私も悪魔扱いなんだがって其処はどうでもいい。  ところで聞いておくが……死にたいか?」 ちゃきっ。 出合った時と同じように、剣を握る彼女。 違うのは、ちゃんと首が繋がっている事だろうか。 「……できればもうちょっと生きていたいんだけど。」 「ふむ。  ……だとしたら、方法はひとつしか無い。」 ぽいっ。 ざくっ。 放り投げた剣が、畳に突き刺さる。 「ど、どんな方法でしょうか?」 「なに、実に単純かつ簡単な方法だ。」 すたすたと、首付き彼女がこちらに向かってくる。 そして、僕の目の前でしゃがみ込み。 「――私の夫になればいい。そうすれば配偶者だからな。」 にっこり。 とてもいい笑顔で、とんでも無い事を仰ってくれました。 「……あれから3日かぁ。」 彼女の言うとおり、僕は『異質な環境』に耐えられるらしい。 だって、既に慣れてるし。 「ところで、胴体の方は何してるの?」 「普通に散歩だが?」 「……首の無い状態で?」 僕が聞き返すと、彼女の顔が一瞬だけ引きつり。 「……後2分で戻ってくる。」 「その間に誰かに見られない事を祈っておくよ……。」 「そうしてくれ。  出来れば無駄な殺生は避けたい。」 彼女の話だと、基本的にデュラハンは死に際だとか死ぬ運命にある人にしか 姿を現さないらしい。 ……が、どうやら彼女はその『例外』に居るらしい。まさにうっかり。 からんからん。 「いらっしゃ……。」 「戻った。」 律儀にも、首無し胴体は店の入り口から帰ってきてくれました。 ちなみに甲冑では無く、近所のスーパーで買った安物の服を着ている。 ……流石に甲冑は無いと言う結論に至った僕はまっとうだと思う。 「さて……客は相変わらず来ない。そして胴体が帰って来た。  となれば……やる事はひとつだな。」 きらーん。 妖しく光る彼女の瞳。まさにデュラハンアイ。 ……まさにって何だろう、とか思ったけど気にしない。 「さあ、新婚らしくえっちしようか。」 「なんで!?」 即座に突っ込む。ちなみに突っ込むのは頭の方を見て。 「何を当たり前の事を。  新婚なら、ケダモノの様にえっちをするのが常識だろう?」 さも当然のように語る彼女。 「それとも、君は死体を犯す度胸も無い軟弱者なのか?」 「普通はそんな度胸も無いし機会も無いから。  何より立派な犯罪です。」 人を勝手にネクロフィリアにしないでいただきたい。 「ふっ……日本の憲法上、死体損壊などの犯罪はあるが、  死体を犯す事自体は犯罪にならないから大丈夫だ!」 「大丈夫じゃ無いよ倫理的にっ!?」 ぐっ、と親指を立てる駄目胴体。 そしてさもいい事を言ったと言わんばかりの駄目生首。 ああ……やっぱり一般倫理からかけ離れてるなぁ。 無駄に知識は豊富なのに、方向性が間違っている。 「なるほど、死体が駄目か。  だが大丈夫だ。私は基本的には死体だが一時的に身体を活性化させる事が出来る。  そうすれば何ら生きている状態と変わりない。体温もあるぞ?」 「若干大丈夫になったけど突っ込みどころは其処だけじゃないでしょ。」 「……ふむ。  自分で言うのもなんだが、私は結構いい身体をしているぞ?」 ぱさり。 「っ……。」 あっさりと上着を脱ぎ捨てる胴体。 ……分かってたけど、彼女はブラジャーを付けてない。 うっとおしいのは甲冑で十分、とは彼女の意見。 と言う訳で、見事に綺麗で大きな胸が丸見えなのです。 「いやいやいや。  そう言う事でも無いでしょうっ。」 見とれていた自分に喝を入れ、慌てて視線を生首の方に戻す。 「むぅ……君は頑固だな。  一生懸命私が誘惑しているのに、未だ性行為をしようとしないとは。」 「あのね……そりゃあ僕だって聖人君子じゃないから、えっちな事はしたいよ。」 「それは知っている。と言うかそうでないと流石に私が凹む。  ……これでも、私なりに君の気を引こうと頑張っているのだからな。」 そう言って、彼女が視線を逸らす。 …僅かに彼女の顔が赤らんでいるあたり、どうやら恥ずかしさはあったらしい。 「う……。」 むくり。 「……反応アリ。」 ぎゅっ。 「なっ!?」 やっぱり僕が気づかない間に、胴体が背後にぴっとりと引っ付いていて。 しかもその手は、僕の下半身に伸びていた。 さわさわ。 「なるほど、このような仕草に君はときめいて興奮するのか。」 「ちょ、何をっ……。」 「……こんなに大きくしているのか。  ようやく成果が出て、私も嬉しい。」 にこり。 ……滅多に見せない満面の笑みを此処で出すのは、正直勘弁して欲しい。 むくむく。 「……更に大きくなった。そろそろ君の身体も限界じゃ無いか?」 「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょっ!!」 「む……。」 大声で僕が叫ぶと、胴体の動きもが止まった。 止まっただけで、相変わらず密着だし下半身に手は置いたままだけど。 「…まだ駄目なのか?」 「そうじゃ無くて……なんでいきなりえっちなの?  突然出合った人にいきなりそんな……えっちって、どうなのかなって思うんだけど。」 「……君は男の癖に初めてを大切にするのだな。正直珍しいぞ。」 「……悪かったね。」 「いや、評価が更に上がった。  分かりやすく言うと、君にメロメロだ。」 「メロメロ……。」 微妙に古いよ、それ。 「なんだ……こういう事を言う自分が恥ずかしいのだが。  はっきり言ってしまえば……一目惚れなのだ、君に。」 「……は?」 突然、目の前の生首が変な事を語りだした。 「生まれてこのかた、デュラハンとしての責務を果たしてきたからな。  相手を殺す事は幾度とあったが、恋して愛したのは君が初めてなんだ。  だから……いまいち、限度やら方法やらが分からないのだ。」 「……なるほど。」 「無駄にそっち方面の知識だけはあるのだがな。  後々の為とか言われて、みっちり教えられたし……。」 「教えられた?」 「いや、それはいい。正直思い出したくも無い。  ……あ、教えられたと言っても講義だけで実戦は一切無いぞ。  つまりは処女だ。」 「……はぁ。」 自信を持って処女と言われても困る。 って言うか初めてなら、尚更大事にしていただきたい。 「まあ兎も角。  好きな者と結ばれたいと思うのは……人でもデュラハンでも変わらないのだよ。  ……ただ、その表現方法や限度が分からないだけでね。」 「う……。」 困った。 真正面から其処まで言われると、僕としても非常に断り辛い。 「……それとも、私の様な異端者ではやはり駄目だろうか?」 じーっ。 見上げる生首。 背後で僅かに震える彼女の胴体。 そんな激しく特殊な環境下で、僕は。 「……店、閉めようか。」 「!」 でもって。 「……あの?」 「……痛かった。」 「いや、そう言われましても……。」 「本気で痛かった。  今まで相手に反撃されて傷ついてきた事は幾度とあったが、そのどれよりも痛かった。」 まさに怒ってます、と言わんばかりの表情を見せる生首。 ちなみに身体は現在お風呂。 ……なんだろう、この生首相手の不思議なピロートーク。 「…ごめん。  僕も初めてだったから、上手に出来なくて……。」 「知っている。  途中から私の制止を振り切り、かなり乱暴に扱ってくれたからな。」 「うぐっ……。」 「まったく……ラブラブ補正が無ければ、今頃君は真っ二つだぞ?」 「……本当にごめんなさい。」 生首相手に素っ裸で土下座。 間抜けにも程がある。 「まあ、だが……悪くは無かったぞ。」 「え?」 顔を上げると、其処には頬を赤く染めた生首が。 「君のモノにされたと言う実感もあったし……夫である以上、  それ位強引な方がいいだろう。  ……痛みについても、身体が慣れれば快感に変わる筈だ。」 「そ、そう言うものなんだ……。」 「むしろ私は強引にされる方が好みらしい。  痛みもスパイスだな。」 「……そうはっきり言われると色々とやり辛いなぁ。」 このデュラハン、マゾなのかな。 「だが、優しくも嫌いでは無い。  一日中ねっとりじっくりと果てさせて貰えず焦らされるのも悪くない。」 「それは優しいに入るのか……。」 それもかなりのイジメが入ってると思うんだけど。 「まあ、結局のところは……君が相手であれば、何でも嬉しいのだろうな。」 「なっ……。」 にっこり。 ……これは効いた。 この場面で、そんなに笑みを浮かべられたら。 「……欲情しているな?」 「っ!?」 にやり。 彼女の笑みが、満面の笑みから別の方向への笑みに変わった。 「ふむ……相手をしたいところだが、困った事に胴体は今泡まみれだ。  ……そう言えば、そのようなプレイがあるな。問題無いか。」 「いやいやいや、そんな事は望んでないから。」 「だが、今の機会を逃すと君の理性はかなり頑丈だからな。  堕とせる時に堕としておかないと……。」 「……堕とすって。」 堕落させてどうしたいの? 「……仕方が無い。  すまないが、私の首を持ってくれないか?」 「え……こう?」 両手で彼女の首に手を添え、持ち上げる。 「出来れば私の後頭部を持って支えてくれると有難いのだが。」 「……結構難しいけど頑張ってみる。」 彼女の指示通り、後頭部を持って支える。 「後はそのまま、私の口の中に君の硬くて熱いモノを捻じ込んでくれ。」 「僕の硬くて熱いモノを……って、何!?」 「いや、現在胴体は動けないので口で奉仕しようかと思ったのだが?  所謂フェラチオ……いや、この場合は君が主導権だからイラマチオだな。」 「そう言う問題じゃ無くて!」 「ああ、心配無い。  ちゃんと出た精液は美味しく飲み干すし、首から下が無いからと言って  精液が首から漏れる事も無い。」 「そうでも無いって!」 だ、駄目だ。 このデュラハン、早く何とかしないと……! 「……ふぅ。  君は本当に強情なのだな。」 「僕が異常なの!?僕が悪いのっ!?」 「だが、君の頑張りも此処までだ。」 ふにゅん。 「なっ!?」 いつの間にか、僕の背後に柔らかな感触が。 そして背後から、綺麗な手が伸びてきて……。 がしっ。 「ふふ……自分の手で自分の頭を掴み、君のモノを無理矢理捻じ込む。  中々一般では味わえない特殊なプレイだぞ?」 「特殊過ぎるよっ!?」 くっ……ち、力が違いすぎるっ! 幾ら駄目駄目でもデュラハン、人間の力とは根本的に違うのか!? 「では……いただきます。」 「だから、そんな挨拶されても……あぅっ!?」 「ん、むっ……。」 ――その後の事は、余り覚えていない。 ただ……。 「……うん。  君は私をものともしない、素晴らしいケダモノだったな。」 「……。」 この言葉で、自分自身がかなり信用できなくなった。 相手はデュラハンなのに。 「デュラハンだからいい、とその内思うようになるから安心してくれ。」 「それはそれで嫌だ……。」