土曜日、午後。 カフェテリア『Oasis』は、いつも以上に……いや、異常に大盛況だった。 まぁ、そりゃそうだろう。 学園の綺麗所が、全て集まっているのだから。 「……遊園地、ですか?」 「ええ、遊園地です。偶然、チケットが手に入ったものですから……。」 にこにこと、チケットの束を取り出す小雪さん。 「ただ、期限が明日まででして……そこで、皆さんをお誘いしようと、  今日は集まっていただいたのです。」 ぐるり。 2つのテーブルに集まった面々を、小雪さんが見渡す。 「遊園地……いいですね。みんなで行ったら楽しいと思います。」 にこにこ顔で答える神坂さん。 本当に嬉しそうだ。 「…ま、たまには馬鹿騒ぎもいいんじゃないの?」 バイト真っ最中の筈なのに、会話に参加している杏璃。 …いや、バイトしろよ。 「遊園地ですよ伊吹ちゃん!やっぱりコスプレは必須ですよね!」 「な、何故そうなるのだすもも!?」 この前のコスプレが気にいったらしいすもも。 そして、案の定巻き込まれる伊吹。 「…あ、あの、すもも様も伊吹様も落ち着いて下さい……。」 そして、お約束どおりすももタイフーンにおろおろする上条さん。 「あら、あたしも勿論参加よ。いいわよね、ゆ・う・ま♪」 「……いきなり背後に現れるな。そして抱きつくな。」 「いやん、本当は嬉しい癖にっ。」 ……気配も感じさせず、背後に現れた準。 「あーん、かーさんも一緒に行くの〜。」 「あら、面白そうね。是非ご一緒させてもらうわ。」 「って、あんた達もですか!?」 地獄の忙しさの筈なのに、堂々と此処に居るかーさん。 いつのまにかケーキセットを優雅に食べてる御薙先生。 ……ああもう、人数多い。俺も作者も大変だ。 「…って、こんな状況なら必ず居ないとおかしい人間が足りないんだけど。」 「ああ、ハチなら恐らく強制力が働いて自宅に居ると思うわよ?」 「きょ、強制力?」 「何でも『ハチは大好きなんだけどハーレムには要らん。』とかなんとか……。  まぁ、気にしちゃ駄目よ雄真。……偉い人には逆らっちゃ駄目。」 「…気にしない事にしよう。」 …アンタ、ハチファンを敵に回したぞ作者。 「……ところで、皆さんにお伺いしておきたいのですが。」 きゅぴーん。 来た。 小雪アイ。 小雪さんの目が光るとき。それは、小雪さんが何かを企んでいる時だ。 「皆さんは勿論、雄真さんと二人っきりに……と、お考えなのですよね?」 「「「「「!?」」」」」 女性陣(かーさんと御薙先生は除く)の顔色が変わる。 そして。 ごごごごごごごご。 「あらあら、みんなったら凄いプレッシャーね〜。」 「若いっていいわね、音羽。」 「もう、雄真ったら悪い人なんだから♪」 み、みんなから凄いプレッシャーが。 それなのに、みんな笑顔なのが、余計に怖い……。 「この人数で雄真さん争奪戦を行うと、それだけで時間が過ぎてしまいます。  そこで……今回は皆さんが少しずつ、雄真さんを独占できる、と言うのはどうでしょうか?」 「少しずつ……ですか?」 小首を傾げる杏璃。 「はい。皆さんには、雄真さんと二人っきりで過ごしたいアトラクションを書いていただいて、  そのアトラクションでは二人っきりで過ごせる、と言うのは……如何でしょうか?」 すっ。 小雪さんが、懐から何かの冊子を取り出す。 「遊園地の地図と、アトラクションについての冊子です。  ……どうしますか?」 「…分かりました。そのお話、受けます。」 ぐっ、と握りこぶしを作る神坂さん。 「……小日向くんと二人っきりになれば、チャンスは沢山ありますから。」 「他の方々は……どうされますか?」 「ふむ……場所とタイミングさえ考えれば、中々悪くは無い作戦ではあ」 「はいはいはい!私も伊吹ちゃんと参加しまーす!!」 「ちょ、待てすもも!私はまだ、参加するとは……!」 「大丈夫、伊吹ちゃん!私と伊吹ちゃんがちょっと本気を出せば、兄さんなんてあっと言う間に  メロメロですよ〜。」 ぎゅっ。 「わ、分かったからすぐに抱きつくその癖を止めよ!」 「だって、伊吹ちゃんってばふわふわのすべすべなんですよ〜。」 「訳が分からぬぞっ!?」 …ああ、またすももタイフーンが発生したか……。 まぁ、いつものようにスルーなんだけどな。 「春姫が参加するんじゃ、あたしも参加しない訳には行かないわね。  勝負よ、春姫!どっちが雄真を射止めるかでねっ。」 「…うん、杏璃ちゃん。御互い頑張ろうね。」 「……そ、そこは『貴方なんかには負けないっ』とか言ってくれないと、  やり辛いじゃないの……まぁ、春姫だから仕方無いか。」 溜め息をつく杏璃。 「さて、残りは…上条さんですけど、どうなさいますか?」 「わ、私は…別に……。」 「何を遠慮しているのだ沙耶。お主も勿論参加に決まっているではないか。」 「い、伊吹様っ!?」 「……と、言うか、だ……お主も参加してくれぬとだな……一人ではちと辛い。」 ちらり。 伊吹が、すももの方向を向く。 「…どうしたんですか、伊吹ちゃん?」 「……頼む。」 「わ、分かりました。伊吹様の命、務めさせていただきます。」 ……どうやら、全員参加になりそうだな。 日曜日。 天気は晴れ。 俺達は遊園地の入場門で待ち合わせをしていた訳だが……。 「……なんでかーさんと御薙先生が此処に居る?」 「まあっ。雄真くんってば、かーさんだけのけ者にするつもりなの?  るーるるー、かーさんとってもショックなの〜。」 「嘘泣きしても駄目、かーさん!」 「私は引率だから、居ても不思議じゃ無いでしょう?」 「引率って…。」 駄目だ。 この二人はどうしようも無い。 「ゆーうーま♪今日はたっぷりと楽しみましょうね。」 「違和感が無いのが凄いよな…。」 女の子ばかりの中に居ても、全く違和感の無い準。 「はい、皆さん揃いましたね。それじゃ、中に入りましょう。」 入場券を買うため、小雪さんを先頭に、チケット売り場へと向かう。 「……げっ。」 チケット売り場の看板を見た俺は、思わず呟いてしまった。 大人(男性)、大人(女性)、子供、老人、夫婦……そして、恋人。 いや、ペアチケットなんだろうけど……。 「……では、チケットをまとめて買ってきますね?」 きゅぴーん。 「って、ちょっと待った小雪さん!」 「はい?」 今にも走り出しそうだった小雪さんを、慌てて止める。 「いや、そのチケットなんですけど……どんな風に買ってくるつもりだったんですか?」 「どんな、と言われましても……。  女性7枚と子供2枚と恋人ペアチケットですけど、何か問題でも?」 「問題ありまくりですっ!」 即座に突っ込む俺。ってゆーか、突っ込みどころが1箇所じゃ無いんですが? 「………。」 小雪さんは暫し、何かを考え。 「…GO、タマちゃん♪」 『どろんぱやでぇ〜』 ボンッ。 「け、煙玉っ!?」 「では雄真さん、ちょっと買ってきますね。」 「こ、小雪さんっ!?」 「って、そうはいきませんよ小雪さんっ!」 「その通りじゃ、高峰小雪!」 いつの間にか、小雪さんの前にはすももと伊吹が。 ナイスだ二人ともっ! さあ、小雪さんに突っ込んでくれ! 「わたしと伊吹ちゃんの分も、恋人ペアチケットにして下さい!」 「って、突っ込みどころはそこじゃ無いだろすもも!?」 「と言うか我々は恋人ペアチケットなのか、すももっ!?」 伊吹と俺のゼロセコンド突っ込みが、すももに炸裂。 「……違うんですか?」 「だから、私にその趣味は無いと、何度言ったら分かるのだすももよ……。」 「大丈夫だよ伊吹ちゃん。  わたしは、兄さんも大好きだけど、伊吹ちゃんも同じぐらい大好きだから。  えいっ。」 ぎゅっ。 「だ、だから引っ付くな抱きしめるな変な所を触るでないっ!」 ……駄目だ。 すももにまともな突っ込みを期待したのが間違いだった。 「…すももさんも伊吹さんも納得されたようですので、では――」 がしっ。 がしっ。 「……高峰先輩。」 「チケットを買うのは、アタシ達の突っ込みにちゃんと説明してからにして下さいね。」 両脇から、神坂さんと杏璃が小雪さんを捕まえていた。 「…ちぇ。もう少しで上手く行くかと思ったのに……。」 「ちぇ、じゃありません!  大体、子供って……そんなずるをしてどうするんですか高峰先輩。」 「…神坂さんも、実は子供でも通る、とか思いませんでしたか?」 「………思いません。」 ……神坂さん。 どうして、答えるまでにそんなに時間が掛かったのかな……。 そして、誰と誰が子供だと思ったんだろう? …やっぱり、あっちでラブラブしてるあの二人か? 「後、恋人ペアチケットって……誰と誰が恋人なんですか?」 「あらあら、お顔が怖いですよ杏璃さん?」 「ちゃんと答えてください!」 「それは……えーっと……。」 杏璃の剣幕に、冷や汗を掻く小雪さん。 暫く、周りを見回して。 「…雄真さんと準さんです。」 「なんですとっ!?」 今、適当に発言したでしょう小雪さんっ!? 「やーん、雄真と恋人だなんて……照れちゃうっ。」 「ってくねくねしながら迫るな準っ!  そして思いつきで変な事言わないで下さい小雪さん!」 「……じゃあ、音羽さんで。」 「あら、かーさんちょっとドキドキしちゃうかも♪」 「かーさんもそこで合わせなくていいから!それに人妻!」 「…では、御薙先生?」 「……雄真くん、いらっしゃい。…優しくしてあげるわよ?」 「あんたは実の母親だっ!!」 …結局、ちゃんとチケットを買うまでに30分程時間を費やす事になってしまった。 ……つ、疲れる。 まだ入場もしてないのに、なんでこんなに疲れるんだ……。 「……あの、大丈夫ですか、小日向様?」 「…ありがとう、上条さん。その心遣いが、何より嬉しい……。」 「で、最初は何処から行くんだ?」 「勿論、あたし達からよ!」 「あたし……達?」 杏璃の言葉に、ふと疑問を感じる。 達…って、杏璃だけじゃ無いのか? 「達って事は、杏璃と…他にも?」 「えっと、私なんだけど……。」 おずおずと、手を上げる神坂さん。 「杏璃ちゃんが、私のリクエストの場所に合わせるって……。」 「勝負なら、正々堂々、同じ条件でしないとね。と言う訳で、……春姫、何処行くの?」 「って、知らないのかよ。」 「べ、別にいいじゃない。何処でも勝負は勝負。そして、この杏璃様が勝利を収めるのよ!」 「あ、あはははは…。」 うーん、何か熱血スポ根が入ってるな、今日の杏璃は。 「…で、実際に何処に行くのかな、神坂さん?」 「えっと……アレ、なんだけど。」 神坂さんが指差した先。 そこにあったのは。 「メリーゴーランド、か。……懐かしいなぁ。  すももに『一緒に乗って』って、せがまれたっけか……。」 「そうですね…兄さんの背中の感触、今でも覚えてます。  大きくて、暖かくて……凄く安心しました。」 ぴとっ。 すももが俺の背中に引っ付く。 「おいおい、すもも……。」 「…兄さん、大好きですっ。」 きゅっ。 「……っと、これ以上すると姫ちゃんが怒っちゃいますから、今はコレで止めときます。」 くすくす笑いながら、離れるすもも。 「…もう、すももちゃんってば。私はこれくらいで怒ったりしないよ?」 「本当ですかー?姫ちゃんってば、結構嫉妬深いですからね?」 「すももちゃんっ!」 「きゃー、お邪魔虫は退散しますー。」 そのまま、すももはみんなの待っているところへと戻っていった。 「……ごめんね小日向くん。ちょっと取り乱しちゃって。」 「ううん、別にいいんじゃ無いかな?そんな神坂さんの方がどっちかって言うと好きだよ?」 「え、ええっ!?」 ぼんっ。 神坂さんの顔が真っ赤に染まる。 「あ、いや、その、学校でのしっかりしてる神坂さんも、勿論好きなんだけど……。」 「あ、あうっ……。」 ぷしゅー。 あ、今度は頭から煙が。 「…って、アタシは無視?無視なの!?」 「あ、悪い。」 すっかり忘れてた。 「…だ、大丈夫?」 最初は神坂さん。 俺が馬の前に乗り、神坂さんが後ろから抱きつく、と言う奴なのだが……。 「うん、平気。……でも、危ないといけないから……もう少し、抱きついてもいいかな?」 「あ、ああ……。」 ぎゅっ。 ぷにゅっ。 そうだった。 神坂さんは……結構、いやかなり胸の大きい人だった。 そんな人が抱きつけば……嫌でも、胸の存在を思い知らされる訳で。 「…どうしたの、小日向くん?」 「……いや、気にしないでくれ。ちょっと自分自身と戦ってただけだから。」 そして、メリーゴーランドが動き出す。 「………どう、神坂さん?」 「…えっと、ね。……凄く、幸せ。」 「そっか。なら良かった。」 「……小日向くんのお陰だよ。」 「え?」 「小日向くんと一緒だから、幸せなんだと、思うの。  …あ、勿論、みんなが居てくれるのも幸せだと思うけど……。」 ぎゅ。 「……小さい頃から大好きだった、憧れの人に、こうして触れていられる、一緒に話せる。  そして、自分の気持ちを素直に伝えられる……それって、凄く贅沢で、幸せな事だよね?」 「…神坂さんは日頃から頑張ってるんだから、少しは贅沢してもいいんじゃないかな?  俺だったら、そう思うけど。」 「………。」 お互いに、暫く無言が続き。 「……じゃあ、一つ、我侭言ってもいい?」 「我侭?」 「うん。…あのね、小日向くんの事……雄真くん、って呼んでもいいかな?」 「そんなの?うん、全然構わないけど。」 「あと……小日向…ううん、雄真くんにも……私の事、春姫、って呼んで欲しいな…。」 「……あ、えっと…。」 「………駄目、かな?」 背中に震える感触。 きっと、断られるのかと怯えているに違いない。 ……こ、これぐらいならいいかな。うん。 「…分かった、春姫。」 「……ゆうま、くん?」 「春姫。これでいいかな?」 「…うんっ。」 ぎゅーっ。 「ちょ、ちょっと春姫!?」 「…大好き、雄真くんっ。」 ……うーん。 外から丸見えなんだけど……春姫が幸せならいいかな。 「どうだった、春姫?楽しめた?」 「うん、凄く楽しかったよ、杏璃ちゃん!」 帰ってきた神坂さん…もとい、春姫に、杏璃が話しかける。 「そっか、なら良かったじゃない。」 「…それと、それ以上に嬉しい事もあったし……。」 ちらり。 春姫が、俺の方を見て頬を染める。 「…ね、雄真くん?」 「ゆ、雄真くん!?」 「……ああ、春姫。」 「は、春姫っ!?」 目を丸くしている杏璃。 …って、そんなにビックリする事か? 「……雄真くんっ!」 「え?」 ちゅっ。 「………それじゃ、外で待ってるね。」 「…え?」 ……えーと。 今、唇に感じた柔らかい感触は……なんだった? え? も、もしかして……。 「…キス、された?」 「ゆーうーまー……。」 ごごごごごごごごご。 「どう言う事か、ゆっくり、きっちりと説明して貰うわよ……?」 「え、あ、う…?」 「…ふーん、名前で呼び合う間柄ねぇ……春姫ってば、上手くやったじゃない。」 メリーゴーランド、2回目。 今度は杏璃が前で、俺が後ろから杏璃を抱きしめる…と言うか、抱き寄せる感じだ。 …杏璃のリクエストだぞ。俺が自らやってる訳じゃ無いからな。 ……って、誰に言い訳してるんだか。 「……そんなに凄い事か?」 「当たり前じゃない。名前で呼ぶのは、それだけ親しい間柄、って事なんだから。」 「…と言っても、俺は結構前からお前の事名前で呼んでるんだけどな。」 「……う。」 かぁぁ。 杏璃の顔が、徐々に真っ赤になっていく。 「そ、そんな風に言わないでよ。意識しちゃったじゃないっ。」 「……じゃあ、柊さん、にするか?」 「…やだ。」 きゅ。 杏璃が、俺の手に自分の手を添える。 「絶対、嫌。……そんな事したら、許さないんだからね?」 涙目で、俺を見つめる杏璃。 「…悪かった。絶対しないから。だから……泣くな。」 ハンカチを取り出し、杏璃の涙をふき取る。 「アンタが、馬鹿な事言うからじゃないっ……。」 「……悪い。」 ぎゅ。 杏璃を抱きしめる。 「…雄真。」 「……一つ。」 「え?」 「一つ、何でも言う事聞いてやる。お詫びだ。  でも、俺に出来る事にしろよ?……後、みんなには内緒な。」 「…じゃあ、今、此処でキスして。」 「……此処で、か?」 「うん。……今だけでいいから、恋人だと思って……お姫様にするみたいに、優しい、キス…。」 そう言って、杏璃が目を閉じる。 「……一つ、先に言っておく。」 杏璃の頬に手を添える。 「…まだ誰が一番、とか選べないけど……杏璃の事、好きだぞ。」 「アンタって……ホントに、ずるい王子様ね。」 「悪かったな。…それでもいいか、お姫様?」 「…大好き、雄真。」 「…大好きだよ、杏璃。」 「ふー、メリーゴーランド、行ってきた……ぞ?」 じとーっ。 「…えっと。」 何で、俺はみんなに半目で睨まれてるんだろうか? 「……兄さん、ちょっとお聞きしたい事があります。」 「な、なんだすもも?」 「…何時の間に、兄さんと姫ちゃんは名前で呼ぶ間柄になったんですか?」 「いや、それはついさっきなんだけど…。」 「い、一体姫ちゃんに何されたんですかっ!?  も、もしかして姫ちゃんのおっきな胸にまた誘惑されたんですかっ!?」 「小日向雄真……見損なったぞ。」 「…酷いです雄真さん。あれだけ私の胸を弄んでおいて……。」 「ちょ、ちょっと待てっ!?」 なんか大変な事になってるし。 「まずは…すももと伊吹。」 「何ですかっ。」 「…一応言い分を聞いておこうかの、小日向雄真?」 「あのな…別に春姫の胸がどうこうって訳じゃ無い。それは先に明言しとくぞ。」 「……そうなんですか?」 「……そうなのか?」 「お前らは…俺を何か、ハチみたいなおっぱい星人と勘違いしてないか?」 まぁ、ハチの場合はいい女だったら見境無しだから、おっぱい星人と言うのは 語弊があるのかもしれんが…。 「ただ、日頃頑張っている春姫にご褒美を、って話になって……。」 「…じゃあ、姫ちゃんの言う事が正しかったんですね?」 「……すももちゃん、だから私、最初からそう言ってたじゃない…。」 溜め息をつく春姫。 「…えーと。」 「……とりあえず、お前は後でお説教だ。」 「えーん、許して下さい兄さーん。」 「で、伊吹……恐らくすももに巻き込まれたんだろうが…納得したか?」 「……済まなかったな。」 「まあ、徐々にすももの扱いに慣れていってくれ。  …そうすれば、俺も楽が出来る。」 「……私はすももの飼い主か?」 「……すももに飼われるよりはいいだろう?」 「………努力しよう。」 とりあえず二人は良し。 …さて。 「……で、誰がいつそんな事したんですか小雪さん?」 「それは勿論、部室で後ろからケダモノのように。  誰も来ないように鍵を閉め、震える私を見て更に興奮して…ああ、これ以上は此処では言えません。」 「「「「「………。」」」」」 じーっ。 「全然違う!そんな事はまったくしてないから!  ……と言うか、最近は部室に全然行く暇無かっただろう!?」 みんながみんな、あちこちに俺を引っ張りまわすからな。 「……やはり、放課後の屋上にしておくべきでした。」 「でした、じゃ無いですよ小雪さん……勘弁して下さい。」 此処で魔法大戦とか……本気で嫌です。 「…ね、雄真。」 くいくい。 「ん?」 俺は、袖を引っ張る準の方を向く。 「杏璃ちゃん、さっきからぼーっとしてるけど……どうしたの?」 「……さぁ。」 準から目を逸らしつつ、知らない振りをする。 「…メリーゴーランドで、何かしたんでしょ。」 「べ、別に?」 「嘘おっしゃい。さぁ、吐きなさい雄真。吐かないと……ぴったり抱きついて、吐くまで  離れないわよ♪」 「って、そりゃ単にお前がひっつきたいだけだろうが!」 「もう、つれないんだから雄真ったら……。」 …ったく、相変わらず油断も隙も無い奴め。 「杏璃ちゃん、大丈夫?」 「……ふぇ?……は、春姫っ!?」 ずさっ。 「い、何時の間にあたしの前にっ!?」 「えっと……随分前から居たんだけど……杏璃ちゃん、何かあったの?」 「ええっ!?」 ちらり。 「な、何も無いわよ、本当よ!?」 ……えーと、杏璃さん。 俺に目を向けた時点で、何かあったのがバレバレです。 そして、声が裏返ってます。 「…雄真くん。何があったのか、詳しく聞かせてくれないかな?」 にっこり。 いい笑みの春姫。……でも、目が笑ってないのは何故かなぁ。 「あらあら、いい感じの修羅場ねー。」 「……やはり若いっていいわね…。」 「そこでのんびりお茶してないで、ちょっとは助けてくれかーさん、そして先生っ!!」 「で、次は……コーヒーカップか。」 「はい!わたしと伊吹ちゃんのリクエストです。」 ぎゅ。 「…良くは知らんが、すもものオススメらしいのでな。それにしておいた。」 ぎゅ。 にこにこしているすももと、ちょっと照れている伊吹。 そして俺は、両腕を二人に取られていた。 「すもも、さすがの兄も恥ずかしいのだが……。」 「大丈夫です、わたしは気にしませんから!」 「いや俺が気にするっての。」 ただでさえすももと伊吹は可愛い部類に入るのに、その二人が両腕を抱きしめている。 ……嫌でも目立つ。 「なんじゃ、お主はこの状況が嫌だと言うのか?」 「いや、周囲の視線がちょっとね…それさえ無ければ、この状況はとても嬉しいぞ。」 「…そうか。別に、腕を取っているのが嫌では無かったのか……。」 「そんな訳無いさ。…すももも伊吹も、可愛いからな。」 「…お、おだてても何も出ぬぞ、小日向雄真っ。」 顔を真っ赤にしつつ、そっぽを向く伊吹。 …そういうところが、凄く可愛いんだけど、気づいて無いのかな。 「……で、やっぱり二人とも別々?」 「うーん、わたしは伊吹ちゃんさえ良ければ、3人で乗りたいと思うんですけど……  伊吹ちゃん、どうかな?」 「…すももの願いを、私が断れる訳無かろう。好きにしろ。」 「わーい!伊吹ちゃん大好きですラブラブです愛してます〜。」 「だ、抱きつくまでにしろ!き、キスは無しだぞ、すもも!分かっておるな!?」 ……抱きつかれるのは諦めたのか。 鉄壁かと思っていたが、徐々にすももに攻略されてるな…。 その内、すももの行動を全て受け入れるんじゃ無かろうか、伊吹は……。 「な、何をそんなに生暖かい目で見つめているのだ小日向雄真っ!」 「あ、悪い。」 「ふむ……中々に楽しいではないか。」 コーヒーカップが回り始めてから、伊吹が呟く。 「でしょう?ここのコーヒーカップは動きとかも凝ってて、楽しいって書いてあったんです。  選んで正解でしたね、兄さん。」 「………。」  「あれ?どうかしましたか、兄さん?」 「あー、いや…。」 確かに楽しい。男の俺が乗ってもそう思う。 ただ、な…。 「…両脇に肩を抱いた女の子が居る状態でコーヒーカップに乗ってりゃ、嫌でも目立つよな。」 他のコーヒーカップに乗ってる人だけでなく、外で待ってたり見てたりする人からの視線も感じる。 ……大抵は親子連れかカップルだ、ってのが救いか。 「そうですか?でも、どうせ他の人もカップルとかですから、大丈夫ですよ。」 「……いや、普通カップルは1対1であって、二人も女の子連れてないから。」 「大丈夫です、兄さんなら問題ありません!」 「全然意味分からないぞ……。」 俺ならハーレムも大丈夫、って事かすもも? それはそれでどうかと思う…。 「気にするな小日向雄真。そのような事を気にしていては、将来はもっと大変じゃぞ?」 「…何故?」 そこで、伊吹は俺の胸に顔を埋め。 「…将来は、式守の婿になってもらうのだからな。」 「何!?」 「ああ、別に魔法を覚えよ、などとは言わぬ。別に作法とかも気にしなくて構わない。  そんなものは、些細な事だ。」 「いや、そうじゃなくて…婿?」 と言うか、いつの間にか結婚まで話が飛んでるんだけど……。 「……そうか。分かった。」 「え?何が?」 何かを決意したのか、伊吹は真剣な表情で俺を見上げる。 「ならば、私が嫁に来よう。  …式守の名は勿論大事だ。だが……その、それと同じ、いや、それ以上に……お主が好きじゃからな。」 「……伊吹。」 伊吹から目が逸らせない。 まるで、何かの魔法にかかったかのように。 「……その、私は他の者よりも意地っ張りな部分があるし、世間にも疎い。  でも、……小日向雄真、そなたを好きな気持ちでは、誰にも負けておらんと思っている。」 「う、うん。」 「じゃ、じゃから……もし、そなたが望むのであれば……この身を、捧げても良いと思っているのだぞ?」 どくん。どくん。 伊吹の胸が高鳴っているのが分かる。 そして、俺の胸の鼓動も、どんどん早くなっていた。 「……い、伊吹っ…。」 「…小日向、雄真…。」 「って、伊吹ちゃんずるいですーっ!」 「うおっ!?」 「なっ!?」 ぎゅっ。 俺の胸に、すももも飛び込んで来た。 「わ、わたしだって、兄さんの為ならお婿さんでもお嫁さんでも行っちゃいます!!  あ、あと、姫ちゃんには負けるけど少しぐらいなら胸だってあるんですからっ!」 「いや落ち着けすもも。明らかになんかおかしいから。」 すももの慌てっぷりを見て、逆に落ち着いてきた。 「…そ、そうですねっ。わたし、どっちにしても『小日向すもも』から変わらないんですよね。  ど、どうしましょう兄さん!?」 「いやそれ全然関係無いから!」 「とりあえず深呼吸だ、すもも。」 「すーっ、はーっ。すーっ、はーっ。」 伊吹に言われ、すももが深呼吸を始める。 「…落ち着いたか?」 「はい、何とか。  …でも、伊吹ちゃんがいきなり告白しちゃって、ビックリしちゃいました。」 「あ、ううっ……。」 自分が言った事を思い出したのか、伊吹は顔を真っ赤にして再び俺の胸に蹲る。 「…さ、最悪だ。勢いとは言え、何と恥ずかしい事を……。」 「……いや、その。俺としては、伊吹の素直な気持ちが聞けて、嬉しかったかな。」 「そ、そうか……。」 「もう、伊吹ちゃんってば可愛いっ。兄さんじゃなければ、わたしがお嫁さんに欲しいぐらいです〜。」 すりすり。 我慢できなかったのか、すももが伊吹に擦り寄る。 「こ、こらすもも!こんな所で引っ付くな!」 「うふふふふ、大丈夫ですよ伊吹ちゃん、わたしは何も問題無いですよ〜。」 「お主に無くても私に問題があるぞっ!?…あ、こらそこはっ…。」 「…えーと。」 すももタイフーン、コーヒーカップにて発動。 …こりゃ、暫く治まらないな。 「み、見てないで助けれくれ小日向雄真っ!?……ひゃんっ!?」 「……。」 …すもも。 本当にお前は、ノーマルなんだろうな……兄として、段々不安になってきたぞ。 「お帰り雄真。両手に花で、楽しかった?」 コーヒーカップから帰ってきた俺に、準が話しかけてきた。 「…楽しかったには、楽しかったんだが……。」 ちらり。 「伊吹ちゃんってばどうしてこんなにスベスベなのかな〜?」 「……すもも、もう勘弁してくれ……。」 これでもか、ってぐらいに密着しているすももと、ぐったりしている伊吹。 「…またすももちゃん?」 「……コーヒーカップの中で発動してね。」 「あ、あはは……。」 引きつった笑みを浮かべる春姫。 「……実は、すももちゃんってそっちの趣味だったりして。」 「「「「「……。」」」」」 杏璃の冗談に、みんなが台詞を失う。 「…って、否定しなさいよ雄真!?」 「いや…コーヒーカップの惨状を見てきた俺は、否定する自信が……。」 「どうかしたんですか、兄さん?」 「「うわぁっ!?」」 「な、なんですか!?何かあったんですか!?」 俺達の驚きの声に、びっくりするすもも。 どうやらすももタイフーンは治まったらしい。 「…いえ、もしかしてすももさんは……百合なのか、とのお話が出てまして。」 「……百合?」 「ちょ、小雪さんっ!?」 「すももさん、お耳を拝借。」 「はい?」 ごにょごにょごにょ。 「…と、言う訳です。」 「なるほど、分かりました…。」 そして、すももは俺の方に振り返り。 「す、すももきーっく!」 どごっ。 「ぐはっ!?」 「すももちゃん、綺麗なパンチねー。」 うんうん、と頷く準。 ってか、キックって言われて身構えてた分、回避出来なくて凄く痛いんですけど……。 「ひ、酷いです兄さん!そ、そりゃわたしは少し、いえ結構、いえとても伊吹ちゃんの事が  大好きでラブですけど……。」 「…だ、だからラブはよせすももっ。」 「い、伊吹様っ。あまりご無理はなさらず…。」 上条さんに介抱されている伊吹が、突っ込みを入れる。 これだけはどうも譲れないらしい。 「それと同じぐらい、わたしは兄さんの事が大好きなんです。  ……伊吹ちゃんが兄さんに告白した時だって、ホントは少し妬いてたんですから。」 「す、すまん……。」 「…本当に悪いと思ってますか?」 「悪かった。反省してます。」 「……じゃあ。」 きゅっ。 「す、すもも!?」 「キス、して下さい。今此処で、すぐに。」 俺に抱きつき、すももが上目遣いで見つめる。 「こ、此処で!?」 「はい。」 「今すぐに?」 「はいっ。」 「……えーと。」 春姫、目が笑って無い。 杏璃、左手を握り締めるのは…本気だな。 小雪さん、タマちゃんを向けるのは止めて下さい。 伊吹と上条さんは…良かった、普通だ。 「いっちゃえいっちゃえ♪で、次はあたしね。」 「好き勝手言うな準。」 「じゃあ、次はかーさんで。」 「だから人妻だって…。」 「……うふふ。」 「そこで待機しないで下さい先生!」 いかん。このままだとまた収拾がつかなくなる。 …ええい、仕方が無い。 「…目を瞑れ、すもも。」 「は、はいっ。」 素直に目を瞑るすもも。 …う、余計に恥ずかしくなってきた。 「……照れてますか、兄さん?  兄さんの胸、凄くドキドキしてますよ。」 「…当たり前だ。可愛い義妹にキスするんだぞ。」 「……兄さん。」 「ん?」 「……ずっと、ずっと……大好きです。」 「…ああ。」 そして。 そっと、俺は唇を重ねた。 「んっ…。」 「……ん。」 にゅるっ。 「んっ!?」 す、すもものやつ、舌入れて来たぞっ!? 「ん、んんっ!?」 「んっ…にぃさんっ…。」 口の中で動き回るすももの舌。 いつの間にか、すももの手が俺の頭を抱き寄せていた。 そして、俺も段々とぼーっとしてくる。 「んっ…すももっ……。」 「……ん、ふっ…。」 …どのぐらい時間が過ぎただろうか。 俺とすももはようやく、永いキスを終えた。 「…これで、少しはわたしの気持ち、分かってもらえましたか?」 「……ああ。すももが俺の事、とっても好きだって事が分かったよ。」 「…大好きです、兄さん。」 「…大好きだぞ、すもも。」 「…次は何処だ。」 すももとのキスの後。 俺は、みんなからの精神的プレッシャーでぐったりとしていた。 …まぁ、みんなの前でキスをすれば、そうなるか。 がしっ。 「…うふふ。今度はあたし達よ。」 準が俺の右腕を捕獲。 がしっ。 「もー、みんなばっかりラブラブでずるいわー。  でも、その分かーさんともいっぱいラブラブしましょうね、雄真くん。」 かーさんが俺の左腕を捕獲。 ぷにゅん。 「大丈夫、初めてはみんな不安なものよ。母さんもそうだったわ…。」 俺の背中に、御薙先生の胸が。 …いや、ちょっと待て。 「3人も参加なのかよっ!?」 「あら、雄真ってばあたし達はのけ者?酷い……。」 「…う。」 寂しそうな表情を浮かべる準。 …いや、騙されるな。今までこの表情に何度騙された事か。 「そ、その手にはもう引っかからないぞ。」 「…お願い。別に愛してなんて言わない。せめて、一緒に居させて……。」 そのまま、俺の胸を準の手が撫で回す。 「ぐっ…。」 「…ちょっとだけでいいの。もう、無茶言わないから……雄真。」 「………こ、今回だけだぞ。」 「……ホント?あーん、雄真大好きっ。愛してるっ。」 …はっ。 しまった!また引っかかった! 「なるほど、雄真くんを誘惑するにはこんな風にすればいいのね。  …かーさんも今度試してみなきゃ。」 「…あら、ならその時は是非呼んで音羽。  一緒に、雄真くんを堕としましょ?」 「そこ、さらっと恐ろしい事言わない!」 準だけでも厄介なのに、さらにかーさんと先生が加わったら大変な事になる。 …いや、すでに大変なんだけどさ。 「……で、3人は何処に行くつもりなんだ?」 「ふっふっふ、遊園地と言えば、勿論コレよっ!」 そう言って、準が指差した先にあったのは。 「…お化け屋敷?」 「そう!遊園地と言ったら、やっぱりお化け屋敷!  薄暗い部屋の中、きゃっ、と言って抱きつくあたし。  そして、雄真はそんなあたしをそっと抱きしめてくれるの。  絡み合う視線。そのまま二人は、深く、優しいキスを……。」 「……帰るか。」 「あーん、悪かったから逃げないで雄真っ。」 ぎゅっ。 再び準が俺に抱きつく。 「ちゃんと大人しくしてるから…。」 「…本当だろうな。」 「うん。だって、雄真に嫌われたくないじゃない。  …ちゃんと、おしとやかにぴったり引っ付いとくから。」 「……それはそれで、嫌だぞ。」 何度も言うが、準は正真正銘のオトコだからな。 「さて、雄真くんと準ちゃんのいちゃつきも終わったところで。」 「いやいちゃいちゃしてないしかーさん…。」 「ほら雄真くん、行くわよ?」 ずるずる。 「せ、先生!無理やり引っ張らないで下さいよっ…。」 と言うか、何だこの力!? 俺より遥かに力があるなんて…。 「ま、まさか魔法!?」 「ただ放つだけじゃ無くて、こう言う使い方もあるのよ、魔法って。  と言う訳で。とっとと行きましょうか。」 『グオオオオオッ!!』 「きゃんっ、怖いわ雄真〜。」 「いやんっ、かーさん怖いの雄真くん〜。」 ぎゅっ。 両腕にくっついた準とかーさんが、俺に擦り寄る。 「って、全然怖がって無いだろ二人とも…。」 「きゃー、とっても怖いわー。」 ぷにゅ。 「先生も背中に引っ付くの止めて下さい。」 「あら、折角二人には無い感触を提供してるのに。  ……あ、雄真くんはそっちの趣味なのかしら?」 「違いますっ!」 「…そうよね。思春期は音羽の家に居たんだから、どうしてもそっちの方向に  行かざるを得ない訳か……。」 「すーずーりー?ソレ、どう言う事かしらー?」 ごごごごごご。 俺の右腕から、嫌なプレッシャーが。 …と言うか、笑顔なだけに怖いです。 「あら、それは……ごめん、かわいそうで言えないわ。」 「ぷんっ、胸なんて別に無くたって困らないもん。そーよね、準ちゃんっ。」 「ええっ。別に胸なんて無くても、立派に雄真を誘惑してみせますわ、音羽さんっ!」 「いや誘惑するなよ。」 お前オトコだっての。 「…ところで雄真くん。結局、君の本命は……誰なのかしら?」 「あ、かーさんも知りたいわ〜。も・ち・ろ・ん、すももちゃんよね〜?」 かーさんと先生が、ぐっ、と身体を寄せてくる。 「いいのよ雄真…素直に、あたしだって言えば♪」 「って、お前を選んだ時点で色んな意味でゲームオーバーだ……。」 「失礼ね…世の中は『準にゃん萌え』って人がいっぱいなのよ?」 「なんだその怪しいジャンルは……。」 つーか、『準にゃん』ってどうよ『準にゃん』って……。 …何か?準にネコミミやネコしっぽとか付けるのか? そして、『にゃ〜ん♪』とか啼かせて、身体を擦り付けさせるのか? ………。 「……雄真、今あたしにネコ耳付けた姿を想像したでしょ。」 「そ、そんな事は無いぞっ!?」 「いや〜ん、雄真のえっちっ。……でも、雄真が望むなら…しちゃおっかな?」 すりすり。 まるで猫のように、雄真が俺に擦り寄ってくる。 「おいおい、準っ。」 そして。 「……にゃんっ♪」 「ぶふっ!?」 い、いかんっ!? 一瞬、準に何かイケナイ感情を抱きそうになったぞ!? 「にゃ〜ん♪」 「ぐ、ぐぅっ…!?」 すりすりすりすり。 「……うにゃんっ♪」 ぺろっ。 「!?」 鼻の頭を、準に舐められた。 …や、柔らかい舌の感触が……。 「…どう雄真?興奮したでしょ。」 「………う。」 …否定出来ません。 「むっ。かーさんも負けないんだからっ。」 「は?」 「…くぅんっ。」 ぺろっ。 「うぉっ!?」 今度は、かーさんにほっぺたを舐められた。 ……う、かーさんの舌も柔らかいっ。 「ふっふっふ、だてに雄真くんのかーさんをしてる訳じゃ無いのよ〜。」 「…いや、それは全然関係無いってば……。」 つーか、かーさんにそんな感情抱いたらマズイだろ。 「どう鈴莉?胸なんて、全然関係ないもーん。」 「…それは私への挑戦ね、音羽?」 「ふーんだ、ずっと魔法の研究ばっかりしてる鈴莉には、できっこ無いでしょ?」 「……言ってくれるわね。」 ばちばちばちばち。 かーさんと先生の間で火花が散る。 「…雄真くん。」 むにゅん。 「せ、先生っ!?」 背中に、先生の胸が押し付けられる。 そして。 「…大人の女の攻めを、教えてあげる。」 はむっ。 「っ!?」 耳を甘噛みされた。 そして、そのまま耳を舐めまわされ。 「……ふっ。」 「くぅっ!?」 最後に、吐息を吹き込まれた。 「どうかしら、雄真くん?」 「ど、どうかしらって……実の息子に、何してるんですか…。」 …勘弁して下さい。実の母親に欲情したら、人間としてアウトです。 「で、どれが一番良かったの雄真?」 「……は?」 一体、いきなり何を言い出すのか準は。 「あ、それ聞いてみたいわ。誰が一番だったの、雄真くん?」 「…いいのよ、素直に言って。音羽に遠慮しなくて構わないわよ?」 「…そうよ雄真くん。鈴莉のプレッシャーに負けないで、素直に言いなさい?」 「……いや、どれを選んでも駄目だろ。」 一人はオトコ、一人は人妻、そしてもう一人は実の母親。 ……どれ選んでもヤバイ。 「もう、雄真ってば一人じゃ満足じゃ無いって事ね?…悪い人。」 「…は?」 そう言って、準が正面から俺に抱きつき。 「あら、それならそうと言ってくれれば……かーさん、雄真くんの為なら頑張っちゃう。」 「…え?」 かーさんが、俺の頬にキスをして。 「…あら、それじゃ私も…母親として、頑張らないと駄目よね、雄真くん?」 「…へ?」 先生の手が、俺の上着の中に入ってくる。 「ちょ、ちょっと待て!?」 「だーめ。あたしの舌で、雄真をメロメロにしてあげるっ。」 「…か、かーさん!?」 「うふふっ、息子を誘惑する母親って、一回してみたかったのよね〜。」 「……た、助けてーっ!?」 「あら、此処はお化け屋敷よ?そんな風に叫んだって…無駄なのよ、雄真くん?」 「……うひゃああああああっ!?」 「…あ、雄真さん達、出てきたみたいですよ?」 ……小雪さんの声が聞こえる。 「…ゆ、雄真くん?顔色悪いけど…大丈夫?」 「……あ、あはは…。」 心配そうな春姫に、俺は精一杯の笑顔で答えた…つもりだ。 「…そんなに怖かったの?このお化け屋敷。」 「……いや、お化け屋敷はそんなに怖く無かったぞ。…お化け屋敷はな。」 杏璃に返事を返しつつ、俺は近くにあったベンチに腰を下ろした。 「大丈夫ですか、兄さん?一体何があったんですか?」 「…まぁ、色々だ。色々。」 …すまん、すもも。 兄さんは、ちょっと汚れてしまったかもしれない。 準とかーさんと先生の手によって……。 ……うう、二人の舌と一人の手の感触がまだ消えない。 「……ふむ。小日向雄真よ、少し此処で休んでおくか?」 「…そうさせてくれると有難いかも。」 「なら……沙耶。」 「は、はい?」 「お主が、面倒を見よ。我々は、暫く他の場所でも見て来よう。」 「…え?」 「え、では無い。…沙耶、そこに座れ。」 「は、はい…?」 言われるがままに、上条さんが俺の横に座る。 「…ふんっ。」 「うをっ!?」 そして、今度は俺を無理やり引き倒し。 ぽふっ。 「こ、小日向様っ!?」 「…よし。これで『ひざまくら』の完成だな。」 「か、完成だなって…。」 「暫しその状態で横になっておれ。そうすれば多少は落ち着こう。  ……他の者は此処に居るのは禁止だ。でなければ…また騒いでしまうからの。」 伊吹の言葉に心当たりがあるのか、他のみんなが一斉にそっぽを向く。 「良かったわね上条さん。暫く雄真を独り占めよ?」 「は、はいっ!?」 ……いや、一番俺を引っ掻き回したオトコ一名は欠片も気にしてなかったらしい。 「……沙耶。」 「い、伊吹様…?」 「お主もたまには積極的になれ。……私のライバルだろう?」 「で、ですが…。」 「すもも程、とは言わぬが……お主も小日向雄真が好きなのであろう?  好きならば…それを態度で示さねばならんぞ。  ……頑張れ。」 「い、伊吹様っ!?」 そう言い残し、伊吹は他のみんなを連れて何処かに行ってしまった。 「…あの、上条さん。」 「ははははいっ!?」 恐らく、膝枕なんて事はした事が無かったのだろう。 上条さんは、完全にパニック状態になっていた。 「……とりあえず落ち着こう。別に変な事はしないからさ。」 「は、はいっ…すー、はー。すー、はー…。」 「…落ち着いた?」 「な、何とか…。」 深呼吸をして、少し落ち着いたようだ。 でも、顔は相変わらず真っ赤だけど。 「えーと、もしかして…俺に膝枕するのって、嫌だったりする?」 「そ、そんな事ありませんっ!」 ぶんぶん、と物凄い勢いで首を横に振る上条さん。 「いや、そんなに首振らなくてもいいから…。」 「す、すみませんっ…。」 「……そう言えば、上条さんって、リクエストって書いたの?」 「…いえ、書いておりません。」 「どうして?」 「実は私、このような場所に来た事が無くて…。」 「…どれを選んで良いか分からなかったとか?」 「それもありますが……。」 そこで、上条さんはくすり、と笑い。 「伊吹様が楽しくしていただければ…それで私は十分に幸せですから。」 嬉しそうに、呟いた。 「…上条さん。」 恐らく、上条さんの台詞は本心だと思う。 だけど…。 「でも…。」 「はい?」 「上条さんも楽しんだ方が、伊吹ももっと楽しくなれると思うよ?」 「私も…楽しく?」 「うん。伊吹の笑顔を見て、上条さんが嬉しいと思うように、  伊吹だって、上条さんの笑顔を見れば、嬉しいと思うんだ。」 「…そ、そうでしょうか?」 「うん、きっとそうだと思う。  ……それに、俺も…。」 「?」 「……上条さんが楽しんでくれれば、俺も凄く嬉しいし、楽しくなると思う。」 「……小日向、様…。」 …はっ。 良く考えてみたら、俺はなんて恥ずかしい台詞を言ってるんだ? 「あ、いや、その…ごめん、変な事言って…。」 「…ありがとうございます。」 「え?」 「小日向様に、そんな風に思って戴けて……私、とても幸せです。」 にっこりと微笑む上条さん。 その姿に…思わず、俺は見とれてしまった。 「小日向様?どうかなさいましたか?」 「…あ、ごめん。ちょっと、上条さんに見とれてて…。」 「っ!?」 ぼんっ。 上条さんの顔が、一瞬にして真っ赤になる。 「そそそ、そんなご冗談をっ…!?」 「いや、その……本当なんだけどね。」 「……あぅ。」 「ご、ごめんっ。そんな事言われても、困っちゃうよね。」 「…あの、その……嬉しすぎて、困ってしまいます…。」 口元を手で隠しつつ、呟く上条さん。 …こんな可愛い仕草を見ると、逆にじっと見つめてしまう。 「……小日向、様?」 「……。」 じーっ。 「…その、あのっ…。」 「……。」 じーっ。 「は、恥ずかしいです……。」 「…はっ。」 いかん。上条さんを、思いっきり見つめてしまっていた。 …そろそろ起きるか。もう大丈夫だろうし。 「ごめん。あ、そろそろ起きるね。」 「……えっ。」 ぐっ。 上半身に力を入れる。うん、大丈夫そうだ。 そして、俺はそのまま……。 「え、えいっ。」 「え?」 ぽふっ。 …上条さんの手によって、再び膝枕状態になってました。 「か、上条さん?」 「が、頑張ります。」 「は?」 「み、見ていて下さい伊吹様。私は、沙耶は、積極的になってみせますっ。」 「……はい?」 な、なんか、上条さんが……変になった? 「あ、あの、上条さん…?」 「小日向様っ!」 「はいっ!?」 力強く俺の名を呼ばれ、反射的に返事をしてしまった。 「目を、瞑って下さい。」 「…目を?どうして?」 「…瞑って下さい。」 「……はい。」 素直に目を瞑る。 …決して、上条さんの表情がちょっと怖かったからでは無い。 「瞑ったけど…。」 「……。」 「かみじょ…っ!?」 言葉を続けようとした唇を、柔らかい何かが塞いだ。 「…っ!?」 「…ん……。」 …気持ちいい。柔らかい。そして、甘い香り。 頭の中に、そんな考えが浮かぶ。 「……。」 「……。」 もう、どのぐらいこの状態が続いてるのだろう。 この状況は……多分、……キスなんだろうな。 ぼんやりとしながらも、少しづつ理解していた。 「……っ。」 「……あ。」 柔らかい感触が離れる。 それが嫌で、思わず声を上げてしまった。 そして。 すっ。 「こ、小日向様っ!?」 顔を上げようとする上条さんの頬に、手を伸ばしていた。 「…あの、その、これはっ……。」 「……上条さんの気持ち、凄く伝わってきた、と思う。」 「あっ……。」 「それで、なんだけど。  ……俺も、同じ方法で、気持ちを伝えたいと思うんだけど……いいかな?」 びくっ。 上条さんの身体が震える。 「お、同じ方法ですか?」 「うん、同じ方法。  ……って、カッコいい台詞に聞こえるけど、本音を言えば…もう一回、キスしたい。  上条さんと。……大好きな、上条さんの柔らかい唇が味わいたい。」 「………。」 御互い、暫く沈黙した後。 「……はい。私も、キスしたいです。…大好きな、小日向様と……。」 そう呟いて、目を閉じてくれた。 ……そして、再び顔を近づけて――。 「……さて、ようやく最後か。」 あの後、上条さんともう一回キスをして、そのまま勢いで抱きしめようとした所で、 タイミング良くみんなが戻ってきた。 ……実は、みんなして様子を見ていたんじゃ無かろうか。 「最後は…。」 「はい、真打登場です。」 「いや、別に遊園地に真打も何もありませんし……って、小雪さん一人ですか?」 「ええ。何故か、希望のアトラクションが他の方と重なりませんでしたので……。」 にっこりと微笑む小雪さん。 …てっきり今回の件も何か企みがあるのかと思ったけど、どうやら違ったらしい。 「…では皆さん、雄真さんを暫くお借りしますね?」 「……でも、高峰先輩、何処に雄真くんを連れて行ったんだろう……?」 「んー…あたしは、この『ヴォルケイノ』ってジェットコースターだと思うけど。」 「で、でも……それじゃ、兄さんと二人っきりでも、どうしようも無いと思いますけど……?」 「……あら、そんなの簡単じゃない。この時間で行く場所って言ったら、一箇所しか無いわよ?」 「…む、お主は分かるのか、御薙鈴莉よ?」 「当然。…きっと此処よ。」 びし。 「…『超巨大観覧車』って……え?そんなの、あたしの貰った冊子には載ってないわ!?」 「え、準ちゃんも?……ちょっと鈴莉、あなたの冊子見せて?」 「ええ、いいわよ?」 すっ。 「……さ、最後の観覧車のページだけ、切り取られてる…。」 「…なるほど。だから高峰さんだけが、観覧車を選べた、って訳ね。  あ、ちなみにこの冊子、私の自前だから。」 「…た、高峰先輩っ!仕組みましたねっ!?」 「ゆ、許せないわ!絶対に許せないーーっ!?」 「行くぞすもも!あの小娘、きっちりと始末してくれるっ!!」 「あわわわわ、落ち着いて下さい伊吹ちゃんっ!?」 「お、落ち着いて下さい伊吹様っ!?此処には一般のお客様もいらっしゃいますからっ!」 「…ま、こうなったら仕方無いわね。帰ってきたら、雄真をきっちりと問い詰めないと。」 「……あら渡良瀬君……じゃなくて、準ちゃん。雄真に何を聞くつもり?」 「うふふ、それはもう……観覧車に二人っきり、そして素晴らしい夜景……。」 「そして手を取り合う二人、邪魔するものは何も無い……ああ、かーさんの知らないところで、  雄真くんは男になるのね……かーさん、嬉しいけどちょっぴり寂しいわ〜。」 「「「「「!?」」」」」 「へぇ、観覧車ですか……。」 「はい。この時間だと、街の夜景と遊園地が一望出来て、とても綺麗らしいですよ。」 少しづつ上に上っていく観覧車。 地上が、段々と離れていく。 「…でもこの調子だと、下に降りるまでに結構時間が掛かりそうですね……。」 「確か冊子には……40分程と書かれていたと思いますよ?」 「40分ですか…って、アレ?」 俺の貰った冊子に、観覧車の事って……書いてあったっけ? 「…えっと、観覧車、観覧車…っと。」 ポケットから冊子を取り出し、観覧車について探してみる。 …が、冊子の何処にも観覧車の事について書いてない。 「……あの、小雪さん。」 「なんでしょう?」 「観覧車の事、この冊子の何処にも載って無いんですけど?」 「……あらあら、それは不思議ですね?」 きゅぴーん。 小雪アイが光る。 ……ま、まさか。 「…小雪さんの持ってる冊子、見せてもらっても良いですか?」 「……別に普通ですよ?」 「なら見せて下さい。」 「…タマ」 「タマちゃんを此処で暴発させたら、間違いなくとんでも無い事になりますよ?」 「………こうして小雪は、雄真の欲望の餌食になるのであった。続く。」 「変なナレーション入れないで下さい!それに続くって何ですか!?」 「…ちぇ。」 舌打ちする小雪さんを無視し、小雪さんの冊子を見ると……。 最後のページに、ちゃんと観覧車の事が書いてあった。 ……って、もしかして。 「…みんなに配ったあの冊子って、まさか……。」 「……謎は全て解けましたか、雄真さん?」 ふっふっふ、と含み笑いをする小雪さん。 …しまった、すでにあの時点で小雪さんの策略にまんまと嵌っていたのか…。 「きっと今頃、みんな怒ってるかもしれませんよ?」 「……その時は、雄真さんに護ってもらう、と言う事で。」 すっ。 小雪さんが、俺の隣に座る。 「こ、小雪さん?」 「…雄真さんはモテモテですから。こうでもしないと、すぐに他の人に取られちゃうかも  しれませんし。」 「いや、別にモテモテって訳じゃ……。」 「じゃあ……他の方とどんな事があったか、今此処で事細かに説明しろって言われたら、  どうしますか?」 「……う。」 ……非常にまずい。 良く考えたら、春姫にキスされて、杏璃にキスして、伊吹に告白されて、すももとみんなの前でキス(ディープ) して、更には上条さんとは膝枕でキス。 ……準とかーさんと先生は除外。アレは黒歴史として永遠に封印する。 だって……堕ちかけた、なんて言えない……。 「……参りました。」 「はい、雄真さんは素直でよろしいです。」 なでなで。 頭を撫でられる。 …嫌じゃ無いのが、ちょっと悔しい。 「…それじゃ、素直な雄真さんには、ご褒美をあげちゃいます。」 「……ご褒美?」 「えいっ。」 ぐいっ。 「おわっ!?」 小雪さんに引っ張られ、俺は小雪さんの上に倒れこんでしまった。 「…っと、危ないじゃないですか小雪さんっ!?」 「大丈夫ですよ。それより……。」 ぎゅっ。 小雪さんが、俺の背中に手を回す。 俺のすぐ目の前には、小雪さんの顔があった。 「……ご褒美、欲しくないですか?」 「ご、ご褒美って……や、夜景ですか?」 「…夜景の方が、気になりますか?」 「………。」 そんな訳が無い。 だって、目の前には、少し頬を紅く染めた小雪さんの顔があって。 そして、小雪さんと俺の身体は、ぴったりと密着しているのだ。 気にならない訳が無い。 「雄真さんの身体、大きくて、あったかいですね……。」 きゅ。 小雪さんが、更に抱きついてくる。 「こうしてるだけで、ぼーっとしてきて……幸せな気分になってしまいます。」 「……うん。」 俺も一緒だった。 小雪さんの柔らかな感触、吐息、そして暖かさを感じて、ぼーっとなっていた。 ……勿論、凄く幸せな気分。 「…雄真さん。」 ぐいっ。 小雪さんの手が、俺の頭の後ろに回され。 そのまま、抱き寄せられた。 俺の顔は小雪さんの顔の横に埋められ、小雪さんの顔が見えない。 「こ、小雪さん?」 「……大好きです。私は、雄真さんの事が、大好きです……。」 ぎゅっ、と俺の頭を抱きしめたまま、呟く小雪さん。 僅かに、回された手が震えていた。 「……うん。俺も、小雪さんの事、大好きだよ。」 「…本当ですか?嘘、ついたりしてませんか?」 「嘘じゃ無いよ。だって、小雪さんに大好きって言われて、凄く嬉しかったし……。  それに、今だって……凄く、どきどきしてるんだから。  不安なら……俺の胸に、手を当ててみたら分かるよ。」 「……。」 小雪さんの手が、俺の頭の上から退けられる。 俺は少し身体を上げ、小雪さんが触りやすいようにする。 「……。」 どくん。どくん。 「…どう?」 「……凄く、どきどきしてます。」 「でしょ?……小雪さんに大好きって言われたからだよ。」 「…あ、ううっ……。」 俺に見つめられ、小雪さんの顔が真っ赤になっていく。 どうやら、恥ずかしさが出てきたらしい。 「…あ、照れてる。」 「うっ……。」 「顔、凄い真っ赤だよ小雪さん。……りんごみたい。」 「…意地悪です、雄真さんっ……。」 すこし涙目で見つめてくる小雪さん。 「ごめん。でも、そんな小雪さんも可愛くて好きだよ?」 「…っ。」 ぽこ。ぽこぽこぽこ。 余程恥ずかしかったのか、俺の胸をぽこぽこと叩いてきた。 勿論、全然痛く無いんだけど。 「ご、ごめん。ちょっと苛めすぎた…。」 「…うーっ…。」 「わ、悪かったから。」 「……じゃあ、お願い、聞いてもらえますか?」 「…お願い?」 「…お詫び、して下さい。」 じーっ、と俺を見つめる小雪さん。 「……なんか、杏璃の時と逆だな……。」 「………。」 「…ごめんなさい。こんな時に他の女の子の事を言うのはタブーでした。」 「……お願い事、二つにします。」 「…はい。」 素直に謝る俺。いや、本当に俺が悪いんだけど。 ついでに、小雪さんの髪を手で軽く梳く。 「……で、一つ目のお願い事は何でしょうか?」 「…キス、してください。」 「キス、ですか?」 「はい。……もうこれでもか、ってぐらい、情熱的なのをお願いしますね?」 「…え。」 俺の動きが止まる。 …いや、キスってのは予測がついてました。 と言うか、俺も正直、可愛い小雪さんにキスしたいな、なんて思ってました。 でも……じょ、情熱的って、何? 「具体的には、ディープなキスです。」 「…ですから、人の心を読まないで下さい小雪さん。」 「……すももさんにはディープなキスをしてたのに。」 「あ、あれはすももからであって、俺からじゃありませんっ!」 「…では、尚更の事たっぷりと情熱的なキスをお願いします、雄真さん。」 「……楽しんでますね、小雪さん。」 「……ぐず。」 「あああ、分かりましたから泣かないで下さい……。」 …ええい、こうなったら良く知らないけど適当にっ。 「…小雪さん。」 「…あ。」 小雪さんの顔を、俺の方へと向ける。 「……大好きです、小雪さん…。」 「私も、大好きです…雄真さん。」 ちゅっ。 「んっ…。」 「…ん。」 少しずつ、小雪さんの唇を啄み、緊張を取り除いていく。 「…ふぅ、んっ……。」 「………。」 …タイミングとか計ってたけど……なんか、どうでも良くなってきた。 ただ、小雪さんと……。 「…雄真、さん?」 「……ごめん。加減とか出来ないかも。」 「え…んんっ!?」 話の途中を遮り、無理やり舌を入れる。 「んー、んっ!?」 小雪さんの舌を絡め取る。 「…ん、んんっ……。」 背中に回された手が、俺の背中を掻き毟る。 でも、もう……止められない。 ただひたすらに……小雪さんの唇を、舌を貪る。 「……ふぅ、んっ…。」 その内、小雪さんの手の動きが止まり。 「…んっ。」 ぎゅっ。 逆に、俺を強く、抱きしめる。 それを感じ、更に俺は小雪さんへのキスを激しくする。 「んっ…ん、んーっ……。」 「……ぷはっ。」 息をするのも忘れていたらしく、俺は息苦しさを感じ、ようやくキスを止めた。 …って、それって小雪さんも息苦しかったんじゃ? 「…ご、ごめん小雪さん!俺、本当に何も考えずにずーっとキスしちゃって……。」 「………。」 その小雪さんは、何の反応も示さず、ただぼーっとしていた。 目も少し虚ろで、俺の声が聞こえてないかの様だ。 「小雪さん?大丈夫?」 「……あ、ゆう、ま…さん?」 「はい、雄真です。大丈夫ですか?」 「…すみません。ちょっと、ぼーっとしてて……。」 「いえ、こっちこそ、途中から何も考えられなくなって……。」 「……そんなに、良かったですか?」 「…へ?」 責められる、と思っていた俺は、小雪さんの妙な発言に戸惑ってしまった。 「私とのキス、雄真さんに喜んで貰えましたか…?」 「…正直に言うと、凄く良かったです。  でも、それで歯止めが利かなくなって、小雪さんの気持ちを無視して、  あんな強引に……。」 「……いいえ。」 ふるふる、と首を振る。 「私も、途中からぼーっとして、そして…ずっと、キスをしたいって…。  …多分、雄真さんが止められなければ、もっと…キス、してたと思います。」 顔を真っ赤にしつつ、呟く小雪さん。 …滅茶苦茶可愛い。 「そ、そうなんだ……。」 「で、ですから、余り気にしないで貰えると……。」 「…うん。こ、今度から気をつける。」 「……と言う事は、次回もあると…期待しても良いと言う事ですね?」 「う……。」 …まぁ、言ってしまった以上、責任を取らなくてはいけないよな。男として。 ……論理武装終了。 「…次回は暴走しません。」 「優しい雄真さんもいいですけど、暴走した雄真さんも、ワイルドで素敵ですよ?」 「……そ、そう言って誘わないで下さい。」 そんな事言われると…。 「…また暴走しちゃいそうになるから、ですか?」 「っ!?」 「くすくす……。」 …ああもう、小雪さんには勝てないなぁ。 「……で、もう一つのお願い事ってのはなにですか?」 あの後、小雪さんと俺は上下を逆にして、相変わらず抱き合った状態のままだった。 …いや、小雪さんが下だと、辛いだろうし。 ……少し不満げな表情を小雪さんが浮かべた気がしたけど、気のせいだろう。 「…聞きたいですか?」 俺の胸に擦り寄りつつ、小雪さんが聞いてくる。 「あー…聞きたいのが半分、聞きたくないのが半分です。」 小雪さんのお願いを聞いてあげたい、が半分で。 小雪さんが何をお願いするのかが怖い、が半分。 「…では、是非お教えしないといけませんね。」 そう言って、小雪さんが俺の耳元に顔を寄せ。 その『もう一つのお願い』を囁いた。 「え…ええっ!?」 「……どうでしょう?」 「ど、どうでしょうって……だ、駄目です!そんなの、簡単に決めちゃっ…!?」 「っ…。」 俺の言葉の途中で、小雪さんが俺にキスをする。 「…簡単になんて、決めません。  沢山考えて、沢山悩んで……それで、決めたんですから。」 「で、でも……。」 「…それとも、私じゃ嫌ですか?」 「そ、そんな訳無いじゃないですか!小雪さんだったら、喜んで…っ!?」 しまった。 こんな言い方したら……。 「…喜んで?」 「あ、ううっ…。」 「……じゃあ、『お願い』聞いていただけますか、雄真さん?」 「……だ、だけど……。」 「…雄真さんっ。」 ぎゅっ。 小雪さんが、俺の手を取る。 そして、自分の左胸に押し当てた。 「こ、小雪さんっ!?」 「……私の胸の音、聞こえますか?」 どくん。どくん。 「…聞こえる。」 「凄く、ドキドキしてるでしょう?」 「……うん。」 「…後悔するかもしれません。悲しくなるかもしれません。  でも……今のこの気持ちに、嘘を付くのは……もっと、嫌です。  だから…怖いけど、恥ずかしいけど…『お願い』したんです。」 「……小雪、さん。」 「…お願いです。雄真さん……。」 上に乗っている小雪さん。 満月の月明かりに照らされ、更に綺麗だった。 そして、そんな小雪さんが……涙を流している。 「……。」 幾ら俺でも、そこまで言われて断れる訳も無く。 「……いいの?」 「…はい。雄真さんだから。……お願いします。」 「……おいで。」 小雪さんをそっと抱きしめ、そして――。 観覧車を降りてきた俺達を待っていたのは……憤怒の表情を浮かべる女の子達だった。 「…高峰先輩?ちょっと、お話があるんですけど……?」 「あー…春姫?なんか、凄く…怖いんだけど…。」 「雄真くん…ちょっと黙ってて。」 ぎろり。 「うっ……。」 春姫に睨まれ、思わず半歩ほど後ろに下がってしまった。 「さーて小雪さん、小雪さんから貰った冊子の最後のページが切り取られていた件…  今からきっちりと話して貰いますからね?」 「……いたた。」 そんな杏璃の言葉も、今の小雪さんには聞こえていないようだった。 「あの、小雪さん?何処か痛むんですか?」 いち早く気づいたすももが、小雪さんの元に駆け寄る。 「す、すみませんすももさん……ちょっと、お腹が痛くて。」 「だ、大丈夫ですか……?」 「……演技かと思ったが……どうやら本当のようだな。  沙耶、済まぬが車の手配を頼む。」 「はい。」 上条さんが携帯を取り出し、何処かに電話している。 「だ、大丈夫ですか高峰先輩?」 「…ちょっと雄真、あんた小雪さんに変なモノ食べさせたんじゃ無いでしょうね?」 「そんな訳あるかっ!」 杏璃に言葉を返しつつ、内心ひやり、とする。 ……食べさせた、と言うか……食べてしまった、と言うか……。 「…本当に大丈夫ですか、小雪さん?」 小雪さんに肩を貸す。 小雪さんは、俺に掴まりつつ。 「……大丈夫です。確かに痛いですけど……。」 そこで、俺だけに聞こえるように小さな声で。 「…幸せな、痛みですから。」 「……っ。」 にっこりと笑う小雪さん。 逆に、顔が真っ赤になる俺。 ……結局、小雪さんは伊吹と上条さん、そして先生が車で送る事になり。 そのまま、現地解散となったのだった。 そして、数日後。 カフェテリア『Oasis』にて。 「……ねー、雄真くん?」 「ちょっと、話があるんだけど…いいかしら?」 「……なんですか?」 かーさん&先生。 この二人が笑顔で近づいてくる事に……俺は一抹の不安を感じていた。 「…かーさんと鈴莉、雄真くんの秘密を知ってるのよねー。」 「な、なんのだよ…?」 「……ヒントその1。遊園地。」 ぎくっ。 「…それで?」 「……ヒントその2。高峰さん。」 ぎくぎくっ。 「……べ、別に…?」 「……ヒントその3。下腹部の痛み。」 ぐっさぁっ。 「…更に言っちゃえば、あの日の雄真くんのパンツが何故かゴミ箱に捨てられてたりとか。  どーしてかなー?素直に洗濯籠に入れておけばいいんじゃないかなー?」 「……う。」 「私は車で高峰さんを送ったのだけれど……彼女、痛みが来る度に何故か嬉しそうだったのよね。  ……不思議ね。私も過去に同じ経験があるのだけれど……どんな時だったかしら?」 「………ううっ。」 ……駄目だ。このかーさん&母さん、まとめて『かーさんず』は全て分かってるっぽい……。 「…さて、どーしようかしら、鈴莉?」 「そうねぇ……とりあえず、ケーキセット注文していいかしら、雄真くん?」 「……好きにして下さい。」 この後、暫く『かーさんず』に弄ばれたり、更に準も加わって大変な事になったりしたけど、 それは別のお話。