「おーい、テント出来たぞー。」 「ありがと、雄真。ほらハチ、みんなの荷物を入れるわよ。」 「ふ、ふふふ、神坂さんの荷物〜…。」 めきょ。 「ぐぼぉ!?」 「ハチ、変な事しようとしたら……捻るわよ?」 「もう捻ってるだろ…。」 此処は、学園からだいぶ離れた所にあるキャンプ場。 林間学校と言う事で、俺達2年の連中はみんな、この行事に参加している。 この行事の間、他の学年はお休みなのだとか……なんか羨ましい。 「雄真くん……お疲れ様。」 「ありがとう、春姫。」 俺にタオルを手渡してくれたのが、神坂春姫。学園のアイドルで、才女。 勿論、春姫本人も努力に努力を重ねたらしい……しかも俺を憧れとして。 実際の俺はこんなのだからなぁ……何とも困った。 「ま、こう言うのは男の仕事、ってのが相場で決まってるのよね。」 「……少しは手伝ってくれてもいいと思うぞ。」 笑顔で俺達をこき使っているのは柊杏璃。 春姫の自称『永遠のライバル』。そして、最近俺とちょこっと色々あった女の子でもある。 「荷物入れ、終わったぞ…。」 「女性の方々の荷物はあちらのテント、で良かったのだな?」 捻られた手首をさすっているのが悪友その1、ハチ。別名は高溝八輔。 で、疲れも見せず平然と立っているのがキワモノメニュー大好きなシスコン漢、上条信哉。 「てゆーか、お前も手伝えよ準。」 「何言ってるのよハチ、乙女のあたしがそんな力仕事出来る訳無いじゃないっ。」 相変わらずオンナノコしてるこいつは渡良瀬準。立派なオトコノコだ。 「す、すみません、力が無くて……。」 「いや……上条さんはいいんだ。むしろゆっくり寛いでくれた方が有難い。」 そして、ちょっとおどおどしたこの子は上条沙耶。信哉の双子の妹さん。 ……おお、今回は人物説明が少なくて楽だ。 「…じゃあ、そろそろ晩御飯の準備をしなくちゃ。」 「やれやれ、テントが作り終わったら料理か……。」 「……大丈夫。みんなで頑張れば、きっと美味しい料理が作れるよ?」 慰めてくれる春姫。 「…でも、どうしても不安な要素が二つあるんだ……。」 「不安?」 春姫が首を傾げる。 「まず、一つ目……。」 「……って、なんであたしを見るのよ雄真!?」 俺の目線の先にいた杏璃が咆える。 「…お前、『Oasis』で作ったケーキとか、プルトニュームとか忘れてないよな?」 アレは酷かった。 前者はカレー粉が入ったし、後者は最後に爆発したし。 寮の部屋で出された料理はカップラーメンと来た。 ……ちなみに、最近杏璃の部屋にお邪魔する機会が増えたが、料理の腕前は相変わらずだ。 「……人間、得手不得手ってのがあるのよ!」 「じゃあお前は一人で調理禁止な。」 釘を刺しておく。 杏璃が料理をすると、どうなるか分かったもんじゃ無い。 「…なら雄真、あたしの横で、一緒に料理を作ってくれる……?」 「……う。」 杏璃が、上目遣いで見つめてくる。 「……いや、それは何とも…。」 「…雄真じゃ無いと、嫌。雄真がいいの。……雄真の傍に居たいの。」 「ううっ…。」 じーっ。 この前の一件以来、杏璃は俺に積極的に甘えるようになった。 いや、正直嬉しいし、出来るだけ一緒に居てあげたいとも思う。 だけど……。 「……小日向くん?」 「は、はいっ。」 ごごごごごご。 ヤバイ。『小日向くん』と来た。 最近、春姫が怒っている時は、無意識なのか意識的なのか、『雄真くん』では無く、『小日向くん』 と呼ぶようになった。 そして。 「…杏璃ちゃんばかり、ずるい。」 「えっと……。」 「……春姫、なら雄真を真ん中に置いて、あたしと春姫が両側でどう?」 「…杏璃ちゃん、ナイスアイディア!」 「ふふーん、この杏璃様の考えだもの。当たり前じゃない!」 「あのー、俺の意見とか、周りの意見とかは…?」 「……知らないっ。」 「春姫とあたしが決めた事に、文句があるの?」 事ある毎に、春姫と杏璃が結託して、手がつけられない。 前より積極的に、かつ大胆に迫ってくるのだ。 ……困った。 「そう言いながらも、顔がにやにやしてるわよ、雄真。」 「うをっ!?」 いつの間にか、背後には準が。 「ねー二人とも、たまにはあたしも雄真とラブラブしたいな〜。  ……おこぼれ頂戴♪」 「…うーん、準さんならいいかな?」 「準ちゃんには、日頃お世話になってるし…特別に許可してあげる!」 「や〜ん、ありがとう二人とも。愛してるっ。」 ちゅっ。ちゅっ。 春姫と杏璃のほっぺに、準がキス。 「やんっ。もう、準さんったら…。」 「くっ…準ちゃんの唇が柔らかいのが、ちょっと悔しいわ……。」 「ふっふっふ、毎日ちゃーんとお手入れしてるもの。負けないわよ〜。」 「……一応準はオトコなんだけど…二人とも分かってるか?」 全然オトコとして意識されてないのが凄い…。 「くっそー…準の奴、春姫ちゃんと杏璃ちゃんにキスだとぉっ!?  …お、俺も女装すればキス出来るのか!?」 「む……そうなのか、小日向殿?」 「えーと…とりあえずハチは攻撃してもいい、雄真?」 「許可。」 ごっばおぉぉぉん。 「ぎょへーーーっ!?」 どしゃ。 杏璃の魔法が炸裂し、ハチ撃沈。 「レジスト無しで気絶のみとは……鍛えれば立派な盾となる素質があるな、八輔殿は。」 「……いや、それ褒めてるのか信哉?」 「…?勿論だが?」 「そうか…。」 盾って……どうあがいても避雷針なんだな、ハチ。 まぁ、別にいいや。 「不安要素その2……信哉だ。」 「…俺が?」 不思議そうな顔をする信哉。 「…兄様。兄様は自覚が無いだけです。」 溜め息をつく上条さん。 「はて…さっぱり心当たりが無いのだが…。」 「…信哉、一番好きなメニューを言ってみろ。」 「決まっている、生ハムいちごパンだ。…最近は、生ハムいちごカスタードパンも好みだが。」 「………なるほど。」 「そりゃ駄目ね。」 「うーん、駄目そう。」 「な、何故だ!?」 春姫、杏璃、準に否定され、ショックを受ける信哉。 「…上条さん。信哉が味付けをしないように見張っててくれ。」 「はい。決して兄様に手を出させないように致します。」 真剣な表情で頷く上条さん。 「……そこまで言われる程なのか、沙耶……?」 ……まぁ、頑張れ信哉。 お米については任せて、俺と春姫と杏璃は残りの材料を受け取りに向かっていた。 「材料受け取りに行くだけだから、別に付いて来なくても良かったのに……。」 「……雄真くん、鈍いんだから。」 きゅ。 春姫が、俺の右腕を取る。 「まぁ、雄真だし。」 きゅ。 杏璃は俺の左腕を。 「一緒に居たいから付いてきたんだよ…雄真くん?」 「少しは女心ってものを理解して欲しいわよね…。」 「…ごめん。」 ちょっと照れつつ、目的の場所へと到着した。 そこには。 「いらっしゃいませ、『Oasis』林間学校出張所へようこそ〜。」 「って、なんで此処に居るんだかーさん!?」 「あら失礼ね。林間学校で使う食材を調達・吟味したのは、かーさんなのよ?  だから、此処に居ても全然おかしくないって訳なのよ。」 えっへん、と胸を張るかーさん。 「……春姫、杏璃…えっへん、って胸を張ってみてくれ。」 「…こうかな?」 「こんな感じでしょ?」 ぷるんっ。 ぷにゅん。 「…これが正しい胸の張り方だ、かーさん。」 「……ゆ、雄真くんの意地悪っ。食材あげないんだからっ!」 揺れる胸の無いかーさんが拗ねる。 「……まあまあ音羽さん。これも雄真さんの愛情の裏返し、と言う事で…。」 「小雪さん!?」 何故か小雪さんが、かーさんを励ましていた。 「こんにちは、皆さん。楽しんでますか?」 「…あの、高峰先輩……どうして此処に?」 「音羽さんに、お手伝いをお願いされまして……所謂バイトです。」 くすくす、と笑う小雪さん。 「……ところで、杏璃さん?」 「は、はい?」 「…急にラブラブになって……何か心境の変化でもあったのですか?」 きゅぴーん。 小雪アイが光を放つ。 「……ちょ、ちょっと素直になっただけです。  …そう言う小雪さんこそ、本当は雄真が居るから此処に来たんじゃないんですか?」 「………あらあら、バレてしまいましたか。」 ぺろっ、と舌を出す。 「なっ!?」 「…ちなみに、私達のテントは何故か雄真さん達の隣のテントだったりするんです。  不思議ですね?」 「ナンデスト?」 「……何時の間に…。」 呆然とする俺達。 「ですので、別に食材を取りに来られなくても、こちらから持って行こうと思っていたのですが…。  ……お二方とも、雄真さんとラブラブ……羨ましいです。」 じー。 「…だ、駄目です!今日は私達のイベントなんですから!」 「そ、そうよっ。幾ら小雪さんでも、譲らないわよ!」 ぎゅ。 春姫と杏璃が、俺を捕まえて小雪さんを威嚇する。 「あらあら、嫌われてしまいました。  ……でも私、障害があればある程……燃える性質なんですよ?」 「「……むっ。」」 ごごごごごごごご。 何故だろう。 何故林間学校まで来て、このプレッシャーの中に居なければならないのか……。 「あ、にいさ〜んっ。」 「……は?」 …遂に幻聴が聞こえるようになったか。 こんな所ですももの声が聞こえるとは……。 「入れ違いだったんですね。テント作りに行ったら、兄さんが居なかったから……。」 「……幻視まで始まったか。目の前に居ない筈のすももが居る……。」 「ど、どうしたんですか兄さん?」 ……あれ。ちゃんと返事してるぞ。 「…もしかして、本物のすもも?」 「わたしは本物ですけど……もしかして、他にもわたしが居るんですか!?あわわわわ……。」 「いや居ないから落ち着け。」 間違いない。この不思議な感覚を持った義妹さんは一人しか知らない。 「……なんか、凄く失礼な事考えませんでしたか、兄さん?」 「気のせいだ、気のせい。」 …勘の鋭いやつめ。 「もしかして、すももちゃんも……『Oasis』のバイト?」 「はい!わたしもお母さんのお手伝い……って……。」 むー。 すももがむくれる。 「姫ちゃんも杏璃さんもずるいです!そ、そんな兄さんに抱きついて……。」 「大丈夫ですよすももさん。春姫さんも杏璃さんも優しいですから、きっと私達にも  雄真さんを譲って下さいますから。  ……そうですよね?」 「ホントですか?嬉しいです〜。」 「「うっ……。」」 純粋に喜んでいるすももの笑顔。 そして、その後ろで目を光らせる小雪さん。 ……二人としては小雪さんを警戒しているのだろうけど、そうするとすももも一緒に 巻き添えになってしまう訳で……。 「……ちょ、ちょっとだけなら。」 「……そ、そうね。ちょっとだけなら。」 「良かったですね、すももさん?」 「はい!」 きゅぴーん。 ああ、また小雪アイが光ってる。 何事も起きない、のは無理だろうから……せめて、飛び火しませんように…。 「おかえりなさ〜い。…って、音羽さんに小雪さんにすももちゃん…?」 「『Oasis』出張所のお手伝いなんだと。」 出迎えてくれた準に答える。 …なんていうか、何時もの量の人数になってきたな…。 「ま、かーさんが居れば料理は大丈夫だろう。」 「あらやだ、かーさんは手伝わないわよ?こういう料理は自分で作るから意味があるのっ。」 「…かーさんがまともな事言った。」 「雄真くんが苛める……。」 地面にのの字を書き始めるかーさん。 「……まぁ、かーさんは暫く放っておいて。  で、米の方はどんな按配だ?」 「安心しろ、ちゃんと見張っておいた。信哉にも手は出させてないから、問題無かろう。」 「………いや、何故に当たり前のように其処に居るんだ、伊吹?」 俺の問いに、伊吹は溜め息を付き。 「…すももに無理やり連れてこられたのだ。全く、私も色々忙しいと言うのに……。」 「……もしかして、迷惑でしたか…?」 俺の背後に居たすももが、泣きそうな顔で伊吹を見つめる。 「あ、いや、別に迷惑と言っている訳では無いぞ!」 「でも、色々忙しいって……。」 「そ、それは本当だが……大丈夫だ、信哉と沙耶に任せておいたからな!  我々が帰る頃には、全て終わっている筈だ!だから心配するな、すもも!」 「い……伊吹ちゃ〜んっ!」 ぎゅっ。 「大好きですラブラブです〜!ん〜っ!」 「むぐぅっ!?」 ちゅ〜っ。 すももハリケーンは伊吹を巻き込み……うわ、思いっきりキスしてる。 しかもちゅーって音してるし…。 「……見なかった事にしよう。暫くすれば落ち着く筈だ。」 すももの攻撃が段々酷くなってるような気もしたけど、忘れる事にした。 ……後、信哉と上条さんは此処にいるのを気づけ、すもも。 仕事なんて出来る訳無いだろ。 「まぁ、食材来たし、料理始めるか……。  ハチと信哉はご飯の火の担当。地味に疲れるから女の子には辛いしな……。」 「うむ、了解した。」 「…えー。」 あっさり引き受ける信哉と、不満タラタラのハチ。 「あらハチ、肺活量が多い人って、女の子にモテモテなのよ?知らなかったの?」 「何っ!?よおおおおし、この俺の肺活量の多さ、じっくりと見せてやるぜっ!!」 ……うむ、相変わらずの馬鹿だ。 ってか、肺活量で惚れるってどんな状況だよ。 「かーさんは……まだいじけてるから除外。」 「…すももちゃんと伊吹ちゃんも省いた方が良さそうね……。」 珍しく汗をかきながら呟く準。 「じゃあ、残りで料理……って所か。」 春姫、杏璃、小雪さん、上条さん、準。 「春姫は言うまでも無く料理上手、と。」 「……別に料理が好きなだけだよ。」 「でも、春姫の弁当は本当に美味しかったから。今回も期待かな。」 「…うん。頑張るね、雄真くん。」 はにかみつつ、笑顔で答える春姫。 お任せで問題無いだろう。 「……俺と一緒?」 「…うん。一緒じゃなきゃ嫌。」 じーっ。 寂しそうな表情で、杏璃が見つめる。 ……ああもう。 「……ずっとは無理だけど、出来るだけ手伝う。それでいいか?」 「…約束よ?」 「約束する。」 「分かった……でも、出来るだけ傍に居てね?」 ……って、しまった。問題がありそうな人物がもう一人増えたんだった。 「…えーと、小雪さん?」 「カレーなら大丈夫です。」 「……逆に言うと、カレー以外はタマちゃ」 「雄真さんっ!」 「むぐっ!?」 小雪さんに口を塞がれた。 「それは、秘密です。言ったら……お仕置きですよ?」 「……はい。」 まぁ、カレーなら定番だから逆に有難いんだけど。 …でも、料理をするタマちゃんも見たかったな…。 「上条さんも料理は上手だったよね?」 「あの、別に上手と言う訳では……。」 「…大丈夫。少なくともとある二人よりは絶対上手だと思う。」 ちらり、とその二人を見る。 「……なによ。」 「……お仕置きしちゃいますよ?」 …怖い。 「まぁ、気にせず料理してくれ。食材は結構あるから。」 「わ、分かりました。」 うんうん、素直でいいなぁ…上条さんは。 「…で。俺、良く考えたら準の料理してる所なんて見た事無いけど……。」 「大丈夫、雄真のダーリンを目指して日々お料理の特訓してるからっ。」 「ダーリン云々は別として、そりゃ良かった。」 「あーん、雄真の意地悪っ。」 「引っ付くな!擦り寄るな!」 「そんな事言って……ちょっとは気持ちいいんでしょ?」 「……さ、料理作るか。」 あーあー聞こえない聞こえなーい。 「それじゃ。」 「いただきまーす!」×11 結局、いじけていたかーさんと落ち着いたすももも参加し、料理は非常に豪華な物となった。 ……伊吹はぼーっとした状態だったのでそっとしておいたけど。 「…あ、このカレー美味しい。」 「これ……小雪さんですか?」 「はい。カレーだったら任せて下さい。」 えっへん、と胸を張る小雪さん。 ぷるるん。 「ううっ、小雪ちゃんまでわたしを苛めるのね……うるうる。」 「お、お母さん……大丈夫です!兄さんは小さい胸も大丈夫ですからっ!」 「って、俺は関係無いだろ俺は!?」 「…ふむ、つまりお主は貧乳など問題外だと言うつもりか?」 ぎろり。 「………。」 じー。 睨む伊吹と、その後ろでこっそりと俺を見つめる上条さん。 ……どう答えろと。 「小日向殿……女性は胸では無く、心の清らかさで決めるものだと思う。  世の中には色香や策略で男の気を引こうとする者も居るようだが……言語道断。  そうは思わぬか、小日向殿?」 「……あー…。」 ……最初の一文だけなら、同意するんだけどなぁ。 「……いいわよ雄真。素直に言ったら?」 「…そうですよ、雄真さん。…うふふふふ。」 杏璃、拳を握るな。小雪さん、こっそりタマちゃんをこっちに向けないで下さい。 「……さて、他の料理にも手をつけようかな。」 「…誤魔化したわね、雄真。」 「五月蝿い。」 準のツッコミを無視し、次の料理に手を付ける。 「…んぐ。この唐揚げ……春姫?」 「うん。どうかな?」 「お世辞抜きで美味しいと思うよ。」 「良かった…。」 笑みを浮かべる春姫。 「…ホントに美味しい。あたしも料理頑張らないと…。」 「いやほら、適材適所って言葉があるぞ……。」 「……どう言う意味よ、雄真?」 「うおーん、神坂さんの手料理……上手いぞー!」 感激のあまり、涙を流すハチ。 …お前は静かに食え。 「兄さん、あーんして下さいっ。」 「んぐっ!?」 突然、口に何かが押し込まれる。 「…ん。………すもも、いきなり口に入れるのは勘弁してくれ。」 「あ、ごめんなさい…。」 「でも…今日も上手いな、『すももコロッケ』は。100点をやろう。」 「兄さん…。」 すももの頭を撫でてやる。 「…えへへ。」 嬉しそうに微笑むすもも。 「……さて。そろそろ勝負に出るか。」 そう言って、俺は目の前にある不思議な黒いスープに手を付ける。 …途中までは手伝ったとは言え、怖い。 「…とっとと飲みなさいよ。」 「……ちなみに、味見はしたか、杏璃?」 「……そんなのしなくても、この杏璃様のスープなんだから大丈夫よ!」 「不安なだけだろうが。」 「うっ。」 ……ええい、ままよ。 ごくり。 「……うっ。」 「ゆ、雄真!?」 「……あれ、普通に美味しい。」 「…って、変なリアクションするなーっ!!」 どごっ。 「ごふっ!?」 杏璃フックを受け、いい感じに吹き飛ぶ俺。 「すっごく心配したのに……雄真の馬鹿ぁっ……。」 「…ごめん。ちょっと杏璃をからかいたかったんだ。悪い。」 泣きそうになる杏璃。 俺は思わず、そんな杏璃を抱きしめた。 「…な?」 「……もう、苛めたりしない?」 じーっ。 「…約束出来ない。そんな可愛い杏璃を見たら……また苛めたくなるかも。」 「……馬鹿。」 きゅ。 胸に擦り寄ってくる杏璃。 ……こ、これが噂に聞くツンデレと言う奴か!?なんて破壊力だ! 「あらあら、雄真くんってば大胆〜。かーさん照れちゃうっ。」 「「……はっ!?」」 かーさんの声に、慌てて離れる俺達。 「「「「「………。」」」」」 ぎろり。 何も言わず、無言で睨む5人。 「や〜ん、雄真ってば大胆なんだから♪じゃ、次はあたしね?」 「じゃ、って何だ!」 にやにや笑いながら絡んでくる準。 「ゆーうーまぁー、貴様はなんと羨ましい事をおおおおっ!!  俺も杏璃ちゃんを抱きしめたいーっ!」 「……ハチ、殴られるのと魔法とどっちがいい?」 ごすっ。 ごっばおぉん。 「ぐほぉっ!?」 結局両方を杏璃から喰らい吹き飛ぶハチ。 「ふむ……伊吹様、八輔殿は良き従者になるかもしれないと思いますが…。」 「……アレがか?」 何故か真剣にハチを鍛えようとしているっぽい信哉。 そして、胡散臭い目をハチに向ける伊吹。 「……とりあえず、みんな落ち着いてご飯を食べよう。苦情批判は後で聞くから。」 俺の言葉に、とりあえず落ち着くみんな。 ……ううむ、ご飯すら落ち着いて食べれないのか俺は…。 「で、これが準の……って、刺身?」 「うん。中々上手でしょ?」 「…と、言うか……店で出てくるのと然程変わらないように見えるんだが…。」 試しに食べてみる。 「……うわ、美味しい。」 「ちなみに、余った部分で味噌汁も作ってあるの。どうぞ、雄真。」 「いただきます。」 ずずず。 「…マジで美味しい。」 「どう、こんなお味噌汁なら毎日飲みたい?」 「ああ。これなら毎日飲んでもいいかもなぁ……。」 ぴしっ。 何か、ひび割れたかのような音がした……気がした。 そして。 「……小日向くん。」 「……ゆーうーまー。」 「……雄真さん。」 「……にいさーん。」 「「……。」」 …えーと、何故にみなさんそんなに不機嫌なのですか? 「あらあら、雄真くんのお嫁さんは準ちゃんで決まりかしらー?」 「何故!?」 「だって、雄真くんは、準ちゃんのお味噌汁を毎日飲みたいんでしょ?」 「いやまぁ、この美味しさなら、毎日……。」 …待てよ。 お味噌汁を毎日飲みたいって……。 「……は、謀ったな準!?」 「いやーん、雄真にプロポーズされちゃった〜♪」 ぎゅっ。 「不束者ですが、よろしくお願い致します…あ・な・た♪」 「ちーがーうーっ!?」 「……ああもう、なんでこんなに疲れてるんだろう……。」 食後の一時。 俺は一人、テントの中でぐったりとしていた。 ……まぁ、杏璃を抱きしめたり、間違って準にプロポーズしたりで、 揉めに揉めまくったからなぁ……。 みんなの誤解を解くのだけで疲れた……。 「雄真、居る?」 テントの入り口の方から、杏璃の声が聞こえた。 「おう、居るぞー。何か用なら、入っても構わないけど?」 「…ううん、いい。  えっと、この後……特に用事とか無いよね?」 「ああ、別に無いけど……。」 「じゃあ、さ……少し、散歩に付き合ってくれない?」 「散歩か……よし、それじゃ行くか。」 起き上がり、テントから出ようとする。 「ちょ、ちょっと待って!別に、今すぐじゃ無いの!」 何故か慌てる杏璃。 「…折角だし、待ち合わせ、とかしてみたいじゃない?  それに、少しは綺麗にしておきたいし……。」 「……デートみたいだな。」 「……で、デートなのよっ。」 「…で、待ち合わせ場所と時間は?」 「んっと……1時間後に、此処で。」 すっ。 テントの入り口から、折りたたんだ紙が差し込まれる。 「待ってるからね、雄真!」 たったった。 走り去る音。 「お、おい、杏璃?」 慌ててテントから出てみたが、すでに杏璃の姿は無かった。 「…照れてるのかな。」 いや、俺だって恥ずかしく無い訳じゃないけど…別に顔見て話をしたって いいと思ったんだが……。 「……みんなには、見つからない様に行かないとな。」 またさっきの苦労を味わうのは嫌だし……。 「……あれ、春姫?」 「……雄真、くん?」 待ち合わせの場所。 そこに居たのは……杏璃では無く、春姫だった。 「…どうして、此処に?」 「…雄真くんこそ、何故此処に居るの?」 「いや、俺は……杏璃に、此処に呼ばれたんだけど…。」 「私は…高峰先輩に、用事があるって言われて……。」 …どう言う事だろう? 二人して、首を傾げる。 と、そんな時に。 ひゅーん。 「…なんか、聞きなれた音が……。」 「え?」 上を見上げる。 俺につられて、春姫も上を見上げる。 満月の夜、其処に見えたのは……。 「「タマちゃん!?」」 って、このコース……俺達に直撃するぞ!? 「春姫っ!」 「きゃっ!?」 春姫を抱きしめ、慌てて回避する。 ごすっ。 「……爆発しない?」 いつもなら、着地したタマちゃんは派手に爆発する筈だが……。 『兄さん、お届け者やで〜』 「は?」 かぱっ。 タマちゃんが真っ二つに割れる。 そして、タマちゃんの遺体(?)の中から出てきたのは。 「……手紙?」 「…どうなってるのかな?」 とりあえず、春姫と一緒に、手紙を読んでみる。 『これを読んでるって事は、計画の第一段階は成功って事よね?  雄真……騙してごめんね。  でも、あたしは……春姫にも幸せになって貰いたいから。  春姫はあたしのライバルだけど……それと同時に、かけがえの無い、  大切な親友だと思ってる。  だから……小雪さんにもお願いして、二人きりになれるように  してもらったの。  …ね、雄真。  もし、春姫の事を大好きなら……春姫を受け止めてあげて。  あたしと同じように、春姫を……抱いて欲しい。  多分、春姫もそれを望んでいると思うから……。』 「……杏璃。」 「杏璃ちゃん……。」 そのまま、暫く二人とも言葉を失う。 …確かに、俺は春姫の事を好きだ。 だけど…春姫の気持ちは……。 「………ね、雄真くん。」 「ん?」 春姫を見る。 「…杏璃ちゃんと、結ばれたの?」 春姫の顔は真っ赤。だけど……その表情は、真剣だった。 「……ああ。」 「いつ?」 「…この前の、お花見の時。」 「……私と杏璃ちゃんを寮まで送ってくれた時?」 「うん。」 「じゃあ……私が部屋で寝てた時に、隣の部屋で杏璃ちゃんとエッチな事してたんだ…。」 じー。 半目で俺を見つめる春姫。 「……その通りで御座います。」 「…ふーん。私の方が酷い状態だったのに……。」 「いや、それは春姫の飲みすぎが原因であって……。」 じろり。 「……何でもありません。」 春姫に睨まれ、俺は言葉を濁す。 ……その後、また暫く無言の時が続き。 「…ね、雄真くん。」 「……何?」 きゅっ。 「雄真くんは……私の事、好き?」 「春姫…。」 俺に抱き付く春姫。 「……ああ。春姫の事、大好きだよ。」 「…でも、私だけじゃ無いよね?」 「……う。」 「雄真くん……本当に女誑しなんだから。」 「反論出来ない…。」 確かに、女の子全員が大好きだ…なんて、普通に考えたら浮気の言い訳にしか ならないよなぁ……。 「でも、これは本心だから…嘘はつけない。」 「……もしかして、杏璃ちゃん以外にも……エッチな事をした人が居るの?」 「……小雪さんも。」 「…まさか、高峰先輩が観覧車でお腹が痛いって言ったのは……!?」 「…多分、春姫が想像している事で間違い無いと思う。」 ぎゅっ。 「あいたっ!?」 春姫に、腕を抓られた。 「か、観覧車の中でなんて……雄真くんのエッチ!変態!」 「ううっ……。」 確かに、観覧車の中ってのは……ちょっと変態入ってるかもしれないけど。 「…だけど、あの時の俺がした事は後悔してないし、言い訳する気も無い。  開き直りって言われそうだけど……俺も小雪さんも、幸せな気持ちになれたから。」 「………なら、私も……今、此処で抱いて欲しいって言ったら……。」 「…え?」 春姫が、俺を見つめる。 俺も、春姫を見つめる。 「……対抗心が無い、って言ったら嘘になっちゃうと思う。  でもね……それ以上に、大好きな雄真くんに……抱きしめて欲しい。  愛して欲しいの。」 「は、春姫……。」 「…駄目?」 春姫が、不安そうに俺を見上げる。 「……それとも、私じゃ嫌、かな…。」 「そんな訳あるか!」 ぐっ。 春姫を強く抱きしめる。 「雄真くん…。」 「…そりゃ、俺だって男だ。大好きな春姫にそんな事言われたら、抱きたいって思うに決まってる。  だけど……本当に俺でいいのか?  すでに二人に手を出してるってのに……。」 「……えいっ。」 ぎりっ。 「いたたたたたっ!?」 さっきより強く抓られた。 「そんな事は問題じゃ無いでしょ?  大事なのは、私が雄真くんをどう思っているか、そして、雄真くんが私をどう思っているか。  ……誰にどれだけ手を出しているか、なんて、今は関係無いのっ。」 「………すみません。」 「それに……そんな事言ったら、高峰先輩と杏璃ちゃんに失礼でしょ?」 …確かに。 うーん、前も杏璃に怒られたのに……反省。 「ね、雄真くん。素直な気持ち……教えて?」 「……分かった。」 少し、落ち着く為に間を置いてから。 「俺は、春姫が大好きだ。」 「…私も、雄真くんが大好き。」 「……本当に、いいんだな?」 「………。」 こくん。 ゆっくりと、頷いてくれた。 「……でも、初めてだから……優しくしてね、雄真くんっ……。」 「…出来るだけ善処します。」 頬に触れる。 「…どきどき、する……。」 「…俺もだよ。」 春姫が目を閉じる。 「……んっ。」 「……ん。」 満月に照らされた場所で。 そっと、俺は春姫にキスをした。 「……大丈夫?」 事の後。 俺は、春姫を抱きしめつつ聞いてみた。 「…不思議な感じ。  まだ、雄真くんが中にいるみたいで……。」 お腹を押さえつつ、はにかむ春姫。 「……あの時の高峰先輩、こんな気持ちだったんだ……。  だから、痛い筈なのに笑ってたのね。」 「…やっぱり痛い?」 「ううん、思ってた程は痛くない。  ……雄真くんが優しくしてくれたから。」 「それは良かった。」 「…それとも、3人目だから手馴れてるのかな?」 「そ、そんな訳じゃ……。」 「うふふ……冗談だよ、雄真くん。」 「…その冗談は勘弁してくれ。」 洒落にならん。 「あ……雄真くん、さっきの手紙、もう一枚あったみたい。」 「え?」 春姫が、タマちゃんの残骸の辺りから、地面に落ちていた紙を拾い上げる。 「どれどれ?」 『追伸:春姫、初めてはすっごく痛いから、覚悟してなさい?』 「…杏璃ちゃん、そんなに痛かったのかな?」 「いや、それを俺に聞かれても……。」 『もうひとつ追伸:雄真……帰ってきたら、覚悟しなさい♪』 「何故!?」 「…雄真くん……好きな人が他の女の子を抱いたって知ったら、こう言うと思うよ?」 「だって、こんな展開を希望したのは杏璃だぞ!?」 「……ファイト、雄真くん!」 「春姫も無責任な応援するな!」 『追伸その3:雄真さん、春姫さんは胸が弱そうですから、たっぷりと可愛がってあげて下さいね?』 「……何を書いてるんだ小雪さんは。」 「た、高峰先輩…。」 「まぁ、間違ってはいなかったけど。」 「雄真くんっ!」 『追伸その4:雄真さんは胸で挟まれるのに弱いですから、是非チャレンジして下さいね♪』 「………観覧車の中で?」 「……部室です。」 「つまり、一回きりじゃ無いんだ…。」 「……はい。」 「…杏璃ちゃんは?」 「……寮で。」 「ふぅーん……じゃあ私も、この一回だけ、って事は無いって事だよね?」 「…えーと、その……春姫にその気があれば。」 「ふふ……覚悟しててね、雄真くん?私……いっぱい雄真くんを悦ばせてあげちゃうんだから。」 「お、お手柔らかに…。」 あの後、暫く二人っきりでのんびりした後。 俺と春姫は、こっそりとテントまで戻って来た。 「うん…誰も居ないみたい。」 「よし、今の内に戻ろう。」 「…雄真くんっ。」 ちゅっ。 「……大好き。」 「…うん。俺も…。」 「あらあら、お二人とも大胆ですね?」 「へぇ…いい度胸ね、雄真?」 「「!?」」 慌てて声のした方向を見る。 そこには…小雪さんと杏璃が居た。 「…随分と遅いお帰りじゃない?」 「何があったのか……是非ともお伺いしてみたいです。」 「そ、それは……。」 「……その、色々と…。」 顔を真っ赤にして俯く春姫と、変な汗が止まらない俺。 「……良かったわね、春姫。」 「杏璃ちゃん……。」 「…あ、あたしだけってのも不公平だからね。  春姫とは、常に対等な立場で勝負したいし…。」 「…ありがとう、杏璃ちゃん。」 「…うん。」 顔が真っ赤な杏璃。どうやら照れているらしい。 「…うふふ。」 「…ど、どうしたんですか小雪さん?」 「いえ…春姫さんも遂に雄真さんの毒牙に掛かってしまったか、と思いまして。」 「し、失礼な事言わないで下さいっ。」 「……でも、春姫さんも幸せそうで、何よりです。」 「…そうですか?」 「ええ。雄真さんは、ちゃんと皆さんを幸せにしてますよ。  安心してください。」 「……はい。ぐだぐだ言っても仕方ありませんし、逆にそれはみんなの気持ちに対して失礼ですから。  気にしない訳じゃ無いけど……それ以上に、みんなが幸せなら、それで良いと思う事にします。」 「それでこそ雄真さんです。  そんな雄真さんには……ハーレムの称号を贈りましょう。」 「いりません。」 即座に否定する。 「…お気に召しませんか?」 「…現状を考えると間違いでも無い気はしますが、喜んで受け取ろうとも思いません。  お断りします。」 「……3人をはべらせて酒池肉林、とか出来ますよ?」 「…う。」 ぴくん。 「……反応アリ。興味を持ちましたね?」 「べ、別にそんな事はありませんっ。」 「部室なら邪魔は入りませんし……防音も完璧ですよ?」 「………。」 「…如何ですか、雄真さん?本当に、興味ありませんか?」 「……少しだけ、興味あります。」 「…へーえ。」 「そんな事考えてるんだ、雄真くん…。」 ごごごごごごごご。 背後から、物凄いプレッシャー。 「雄真……追伸にも書いてあったわよね?覚悟しなさいって。」 「書いてありましたね……。」 「うん、なら良し♪」 がしっ。 杏璃に袖を引っ張られ、そのまま引きずられる。 「さーて、今日の特訓は『上手に魔法を命中させる』で行こうかしら♪」 「か、勘弁してくれっ。」 「だーめ。春姫と二人っきりだったのと同じ時間だけ、特訓に付き合って貰うからね。」 「……は、春姫っ!?」 ずるずると引きずられながら、俺は春姫に助けを求める。 そして、春姫の答えは。 「…杏璃ちゃん、程々にね?」 「任せて春姫!このエッチな馬鹿にきっちりとお仕置きして来るから!」 「そ、そんな殺生なっ!?」 …その後、春姫を抱いた場所で。 飛んでくる魔法を必死に避け続ける俺と、俺を狙って楽しそうに魔法を放つ杏璃が居たそうな。