週末のカフェテリア『Oasis』。 今日はいつも以上に大盛況となっていた。 …まぁ、そりゃそうだろう。 「『Oasisファン感謝デー』と題打って、みんながメイドウェイトレスしてるんだもんなー……。」 ちびちびとコーラを飲みつつ、俺は周りを見回してみる。 「コーヒーとショートケーキですね?かしこまりました。」 笑顔で接客も完璧な学園のアイドル、神坂春姫。 「A定食が一つですね?ご飯は大盛りでよろしかったですか?」 『Ossis』の看板ウェイトレス、柊杏璃。 「オススメは『小雪特製激辛カレーEX』ですが……如何ですか?」 不幸占いのエキスパート、高峰小雪。 「はい、少々御待ち下さい!  伊吹ちゃん、注文伝票よろしく!」 「うむ、任せろすもも。  ……全く、相変わらずの人ごみだな……。」 元気な義妹、何処でも天然な小日向すもも。 すももに引っ張りまわされつつ嬉しそうな式守伊吹。 「あ、あの……ご一緒にこちらなど、いかがでしょうか……?」 大人しい大和撫子、上条沙耶。 今日は日頃を考えると物凄く積極的だ。 「いやー、まさに眼福ですなぁ。」 「日頃から見てるだろお前は……。」 「日頃も可愛いが、今日はメイド服だぞ、メイド服!  ……ああ、神坂さんもいいけど杏璃ちゃんも捨てがたい……。」 俺の横で、目をハートマークにしてウェイトレスさんに見とれているのがハチ。別名は高溝八輔。 「……むっ。あの男、沙耶に色目をっ!!」 「だから『風神雷神』握るな信哉!」 慌てて俺が羽交い絞めにしたのは、上条さんの双子の兄、重度のシスコン、上条信哉。 ……俺の役目は、今日一日この信哉を押さえ込む事だったりする。 「だ、だが小日向殿っ……。」 「此処で信哉が出て行ったら『Oasis』が滅茶苦茶だろう。  ……それに、自らウェイトレスを頑張ると決めた上条さんにも失礼だぞ?」 「む、むぅっ……。」 説得され、再び席につく信哉。 …ふぅ。 「お疲れ様、雄真♪飲み物の差し入れよっ。」 「……俺としては、なんでお前がウェイトレスをやってるのか聞いてもいいか?」 俺の目の前に新しい飲み物を持ってきたのは渡良瀬準。 どー見てもオンナノコだが、性別上立派なオトコだ。 「いやん、だってあたしは女の子だもんっ。」 「何度も言うが、お前はオトコだ。」 「もう、雄真のいけずっ。」 顔をぷー、と膨らませる準。 ……可愛いと思える自分が怖い。 「で、どうかしらこの衣装。似合うでしょ?」 「似合ってるのが恐ろしいな……。」 メイド服を着て違和感が無いのが凄い。 「……で、雄真は別の仕事があるんだって。」 「別の仕事って……信哉の件はどうするんだ?」 「そりゃ勿論……。」 準が目を向けているのは……。 「げ。まさか、俺とか言うなよ準?」 「そのまさかよ、ハチ。」 「やだ!俺は神坂さんや杏璃ちゃんや小雪さんやすももちゃんや伊吹ちゃんや上条さんの」 「何か言ったかな、高溝殿?」 「……最後のは無しにして、みんなのメイド服を堪能するんだっ!」 きっぱりと言い切るハチ。ある意味男だ。 ……駄目駄目ではあるが。 「でも、ちゃーんとお仕事できれば、きっとみんなに感謝されるわよ?  考えて御覧なさい、メイド服のみんながハチの周りに集まって……。」 「……むふ、むふふふふふ。」 準の囁きに、突然含み笑いを始めるハチ。 「……なあ準、仕留めていいか?」 「駄目。雄真の代わりをハチにして貰わないと困るんだから。」 「よーし、俺はやるぞ、やってやるぞーっ!」 「はい、じゃあよろしくねハチ。」 「おう、任せとけっ!」 何を考えたのかは知らないが、突然やる気マンマンのハチ。 ……どうせ下らない事を考えたんだろうけど。 「じゃあ、雄真はこっち来て。」 「いいけど……何させられるんだ?」 「音羽さん、雄真を連れて来ましたよ。」 「ありがとう準ちゃんー、もう大好きっ。」 ちゅっ。 「いやんっ。音羽さん、雄真に見られてるっ。」 「……帰っていい、かーさん?」 準といちゃつくかーさん。 ……本当に帰ってやろうか。 「もう、ちょっとしたスキンシップなのに……雄真くんは怒りっぽいんだから。」 「仕方無いですよ音羽さん。雄真ハーレムのみんなが周りの男に笑顔振りまいてるのを見たら、  雄真も機嫌悪くなっちゃいますよ。」 「あらあら、そうだったわ。ごめんね雄真くん。」 「誰がハーレムだ!」 「あら、違ったの雄真?」 「春姫ちゃん、杏璃ちゃん、小雪ちゃん、すももちゃん、伊吹ちゃん、沙耶ちゃん……。  もう、雄真くんったら女誑しなんだから。」 「ぐっ……。」 指折り数えながら言うかーさんの台詞に、押し黙ってしまう。 た、確かに6人の女の子と仲良しと言うのは、否定しようの無い事実。 しかも、その内3人とは、すでに一線すら越えてしまっている、と言うか……げふげふ。 「そ、それよりも用事って何だよかーさん。  厨房で皿洗いとか?」 「うーん、確かに厨房も大忙しなんだけど……雄真くんには、それよりも大事な仕事を  お願いするつもりなのよー。」 「……どんな?」 「ほら、あそこに空席があるでしょ?」 かーさんが指差す先。 カウンター席が2つ、何故か空いていた。 「『ご予約席』って……?」 「あそこに雄真くんは座って、待っててくれればいいから。」 「は?」 「言っておくけど、これはとっても重要なお仕事なんだから。手を抜いちゃ駄目よ?  わかった、雄真くん?」 「は、はぁ……。」 「言われるがままに、此処に座ったがいいが……。」 何をしていいのかさっぱり分からない。 かーさんに聞いても『座って待っててちょうだい』としか言わないし……。 「……横、よろしいですか?」 「え?」 声のする方向を見る。 そこには。 「春姫……?」 「えっとね、今休憩時間なの。」 「そうなんだ……。」 「でね……休憩時間は、雄真くんの席の隣で、一緒にゆっくりしていいって、音羽さんに  言われてたの……。」 「そう言う事か……。」 だから此処が空席になってて、俺は此処に座って待っていればいい、って訳か。 「どうぞ、春姫。」 「うんっ。」 俺の隣に、春姫が腰掛ける。 「どう、ウェイトレスさんは。」 「結構楽しいんだけど……みんな、私の胸に目が行くみたいで……。」 春姫の言葉につられて、俺も春姫の胸を見てしまう。 ……うん、こりゃ見るよな。 「……雄真くん。」 「はっ!?」 じー。 半目で睨む春姫。 「……えっち。」 「あ、いや……ごめんなさい。」 「もう……此処では駄目。後で、見たかったら見せてあげるから……。」 「……は?」 思わず聞き返してしまった。 「……見たくないの?」 「いや、そりゃ見たい、けど……。」 「あのね。別に、雄真くんだったら、その……見て、欲しいから……。」 「そ、そうなんだ……。」 「……そ、その後、そのまま、なんて事になっても……。」 真っ赤な顔で、俺を見つめる春姫。 「ね、雄真くんっ……。」 「春姫……。」 俺も春姫を見つめる。 「……。」 「……。」 春姫が目を閉じる。 俺も目を閉じ、春姫に――。 「ぷぎゃっ!?」 ……ぷぎゃ? 春姫、その変な鳴き声は何? 慌てて目を開けてみると。 「ほら春姫、休憩時間は終わりよ。」 「酷いよ杏璃ちゃんっ。私の顔の前にお盆を翳すなんて……。」 どうやら杏璃が、春姫と俺の間にお盆を差し込んだらしい。 「ふーん、自分はこっそり雄真を誘惑してたのに、そんな事を言うのかしら?」 「じゃあ、杏璃ちゃんは雄真くんに甘えないって言うの?」 「……さあ春姫、頑張ってらっしゃい!」 「答えてよ杏璃ちゃん!」 「春姫ちゃーん、3番テーブルお願いー。」 「ほら、音羽さんが呼んでるわよ春姫?」 「うーっ……。」 杏璃を恨めしそうな目で睨み、春姫はテーブルへと向かった。 「さーって、今度はあたしが雄真に甘える番よねっ。」 春姫の座っていた席に、今度は杏璃が腰掛ける。 「って、やっぱり甘えるのか。」 「……春姫とキスしようとしてた癖に。」 「う。」 じろり。 杏璃に睨まれる。 「どーせ、春姫の大きな胸に目が行ったんでしょ?」 「……ちょっとだけだぞ、ちょっとだけ。」 「否定しなさいよ……。」 「本当なものは仕方無いだろ。  ……まぁ、杏璃の胸も嫌いじゃ無いんだけどな。」 確かに春姫の胸は大きくて柔らかい。 だが、杏璃の胸も弾力があって、凄く揉み心地が良いと言うか……。 「……雄真、えっちな目してるわよ。」 「はっ!?」 またか、俺は……。 「雄真、もしかして欲求不満なの?」 「違う!」 「……あたしの胸を見てぼーっとしてた癖に?」 「……そう言われると困るな。」 そりゃあ、俺だって男だから、杏璃とえっちな事出来ると言われれば、したくなるだろうけど……。 「仕方無いわね……いいわよ。」 「……は?」 「雄真が、どうしても、って言うなら……あたしを、好きにしてくれても……。」 きゅ。 俺の手を、杏璃の手が握る。 「あ、あたしだって……別に、雄真だったら……。」 「杏璃……。」 「ね、雄真……あたしじゃ、嫌?」 潤んだ杏璃の瞳。 ……こんな時、女の子はずるいな、と思う。 こんな表情をされて、断れる訳が、無い。 「そんな訳あるか。杏璃だったら、俺だって……。」 「雄真ぁ……。」 「好きだぞ、杏璃……。」 杏璃の頬に触れると、杏璃は目を閉じる。 そのまま、俺は杏璃の唇に――。 「杏璃さん、残念ながら時間切れです。」 「「うわっ!?」」 背後からの声に、俺達は慌てて振り向くと。 「こ、小雪さんっ!?」 「あらあら、お二人とも慌てる程良くないコトでもしようとしてたのですか?」 くすくす笑う小雪さん。 それと対照的に恨めしそうな目で小雪さんを睨む杏璃。 「……小雪さん、わざとこのタイミングを狙ってませんでした?」 「……杏璃さん、春姫さんが呼んでましたよ?」 「ワザとですね?絶対ワザとですね小雪さんっ!?」 「さあさあ、急がないとフロアが大忙しですよ?」 「くっ……この話は後でね、雄真っ。」 ちゅっ。 頬にキスをして、杏璃は戦場へと戻っていった。 「さて、と。」 今度は小雪さんが腰掛ける。 ……相手は小雪さんだ。一体何をしてくる事やら……。 「大丈夫ですよ、別に春姫さんや杏璃さんの様に色仕掛けはしませんから。」 「……俺の心を読んだだけでなく、何故に春姫や杏璃の事を。」 「春姫さんは尽くすタイプですし、杏璃さんは甘えるタイプですから。  しかもお二人とも雄真さんの毒牙に掛かったとなれば……必然的に、お二人とも  そちら方面に向かうのではないか、と。」 「……実は占いではなくて心理学って事は無いですよね、小雪さん?」 「どうでしょうね……?」 きゅぴーん。 小雪アイが今日も光る。 ……触れないでおこう。聞くのが怖すぎる。 「……で、小雪さんは一体俺と何をしようと?」 「もうすぐ分かると思いますよ。」 ちらり、と小雪さんが厨房の方を見る。 すると。 「小雪ちゃん、お待たせー。」 かーさんが、何かを持ってきた。 「……げっ。」 その何かを見て、俺の動きが固まる。 「どうかされましたか、雄真さん?」 ……どうか、じゃありません小雪さん。 かーさんが持っているのは……どう見ても『ストローが2本刺さった』ドリンクなんですけど。 「いいわね〜、アツアツの二人って感じで。かーさんちょっと羨ましいなー。」 「音羽さんの休憩の時にでも、雄真さんとされたら如何ですか?」 「あら、それいいわね小雪ちゃん。」 「いいわね、じゃ無い!」 「もー、雄真くんのいけず……。」 ブツブツ言いながら、かーさんが厨房へと引っ込む。 そして。 「さて雄真さん、覚悟はよろしいですか?」 「……やっぱり一緒に飲まないと駄目ですか?」 「ストローが2本刺さった飲み物を一人で飲むのは、凄く寂しいと思いませんか?  ……それとも、私なんかと一緒には飲めませんか、雄真さん?」 じー。 「……参りました。一緒に飲ませていただきます……。」 観念して、ストローの1本を自分の所へと向ける。 「本当は、口移しが良いのですが……此処では出来そうもありませんから。」 「ええっ!?」 悔しそうに呟く小雪さん。 ……本気ですか? 「くすくす、大丈夫ですよ……それは今度部室でゆっくりと……ね、雄真さん?」 「……それは要相談、と言う事で。」 「……もう休憩は終わりですか。」 「え?」 「すももさんが嬉しそうにこっちに来ますから。きっとすももさんの休憩時間なのでしょう。」 小雪さんの見ている方向を見ると、確かにすももがこっちに来ていた。 ……って。 「すももも、何故かストローが2本刺さったドリンクを持ってるんですけど……。」 「音羽さん情報でしょうね。」 「かーさん……そんなに俺を苛めて楽しいのか。  ……いや、楽しいんだろうなぁ。」 「それでは、私は失礼しますね、雄真さん。」 「あ、はい。大変でしょうけど、頑張って下さい。」 「……。」 じー。 「……あの、小雪さん?」 何故か小雪さんは椅子から動かず、俺をじーっと見つめ続ける。 「な、何か?」 「……頑張れ、って言うだけですか?」 じーっ。 「……ご褒美、ですか。」 「はい。ご褒美、です。」 にっこりと微笑む小雪さん。 最近は小雪さんの部室にお邪魔した時、良くお手伝いをする事が多い。 その時は、小雪さんからご褒美を貰えるのだ。 ……どんなご褒美かは、その時によって色々だ。うん、色々。幅広く。 「……ちょっとだけですよ。」 「はい、ちょっとだけです。」 そう言って、小雪さんが目を瞑る。 「「……。」」 ちゅ。 「……これで、いいですか?」 「はい。これでこの後も頑張れます。」 頬を赤く染め、小雪さんが席を立つ。 「……では、確かに前金は頂きました。」 「前金!?」 「ちゃんとした報酬は、また今度部室でゆっくりと……。」 「ほ、報酬って何ですか小雪さんっ!?」 俺の問いかけに答える事無く、小雪さんはフロアへと戻ってしまった。 ……俺は一体何を払わされるんだろう。 「……どうしたんですか、兄さん?」 「あ……。」 いつの間にか、俺の目の前にはすももが。 「いや……なんでもない。」 「それならいいんですけど……えっと、座ってもいいですか?」 「ああ。」 今度はすももが椅子に座る。 「お母さんに二人で飲むドリンクを貰っちゃいました。  兄さん、一緒に飲んでくれますよね?」 「……すももは恥ずかしくないのか?」 「ちょっと恥ずかしいですけど、それ以上に兄さんと飲めたら嬉しいですから。  ……兄さんは嬉しくありませんか?」 「……聞くな。」 「……えへへ。」 「ったく……。」 さっきと同じように、ストローを1本、自分の方へ向ける。 「いただきまーす。」 「いただきます。」 ちゅー。 「美味しいです〜。」 「……何故コレを店に並べないのかが不思議だ。」 何故か『Oasis』メンバー専用メニューで、店には並ばないらしい。 材料費が高くて店で売れないとかだろうか……。 「あの、兄さん……。」 「ん?」 俺では無く、テーブルを見つめたままのすもも。 その表情は何故か固い。 「どうした?何か、嫌な客でも居たのか?」 「あ、いえ、そう言う訳じゃ無いんですけど……。」 「……?」 なんか……何時ものすももらしくない。 「具合でも悪いのか?もしそうなら母さんに言って上がらせて貰った方が……。」 「あ、そうでも無くて……えっと……。」 すももは何回か深呼吸をした後に。 「兄さんは、この後どうされるんですか?」 「この後……多分最後まで居て、みんなで片付けをするのまでは一緒だと思うけど?」 「そうですか……分かりました。」 かたん。 すももが席を立つ。 「そろそろ休憩も終わりなので、戻りますね。」 「あ、ああ……。」 「……あの、兄さん。」 「ん?」 「わたしって、魅力無いですか……?」 真剣な表情で、俺を見つめる。 一瞬言葉に詰まったが、俺もすももを見つめ返し。 「……そんな訳あるか。お前は俺の大切な義妹だし、それとは関係無く……大好きだぞ。」 「本当、ですか?」 「本当だ。と言うか、こんな事を嘘付いてどうする。」 「……そうですね。ごめんなさい、兄さん。」 俺の言葉を聞いて、ようやくすももが笑顔に戻る。 「じゃ、この後も頑張ってきますっ!」 「おう、頑張ってこい!」 そのまま、すももはオーダーを聞きに向かっていった。 だけど……。 「……どうしたんだ?すももの奴……。」 「何をぼーっとしているのだ?」 「……伊吹か。」 どうやらぼーっとしていたらしく、俺は目の前に居る伊吹に気が付かなかった。 「失礼な奴だな……。」 「いや悪い。ちょっと考え事をしていた。」 そう言いつつ、伊吹の為に横の椅子を引く。 「……小日向雄真、お主、もう少し下がれ。」 「は?」 「いいから、もう少しお主の椅子を引け。」 「あ、ああ……。」 言われるがままに、自分の椅子を引く。 すると。 「邪魔するぞ。」 ぽふ。 「うをっ!?」 伊吹が、俺の膝の上に座った。 「い、伊吹っ!?」 「ええい、騒ぐな!男であろう!」 「だ、だけど……。」 「わ、私だって恥ずかしいのだっ……。」 そう言う伊吹の顔は、すでに真っ赤になっていた。 「たまには、すもものように積極的になってみようと、思ってだな……。」 「……しかし、コレはいきなりすぎだろ、伊吹。」 「……嫌だったか?」 じー。 不安そうな目を俺に向ける。 ……だから、そんな目をされたら、男は断る事が出来なくなる訳で。 「ちょっと恥ずかしいけど、伊吹だから許す。」 「……小日向雄真……。」 くたり。 伊吹の身体が、俺にしなだれかかる。 「あらあら、雄真くんってばこんなところでラブラブね〜。」 「か、かーさん!?」 「お、音羽!?」 いつの間にか、カウンターの前にかーさんが立っていた。 「駄目でしょ息吹ちゃん。わたしの事はかーさん、って呼んでちょうだい。」 「か、かあさん……?」 「んー、ちょっと違うの〜。かあさんじゃ無くて、かーさん。おーらい?」 「か、かーさん……。」 「はい、良く出来ました〜。そんな偉い子の伊吹ちゃんに、羊羹の差し入れでーす。  雄真くんと二人で仲良く食べてね。」 あー忙しい忙しい、と呟きつつかーさんは厨房へと戻っていった。 「相変わらず良く分からない人だ……。」 「すももだけで無く、音羽にも何故か逆らえないのだが……。」 「うーむ……。」 やはり小日向の血なのだろうか? 「まぁ兎も角、ゆっくり羊羹でも食べようか。折角のかーさんの差し入れだし。」 「うむ、そうしよう。」 「……って、爪楊枝が一つしか無い。」 やっぱり忙しいから、かーさんが付け忘れたのかな? 「構わん。」 そう言って、伊吹は羊羹を一つ刺し。 「……あ、あーん。」 「なんですと?」 「く、口を開けろと言っているのだっ。」 「は、恥ずかしいな……。」 ぱくっ。 「ど、どうだ?」 「……羊羹以上に、雰囲気が甘い。」 「う、五月蝿いっ。」 顔を真っ赤にする伊吹。 おそらく、俺も結構顔が赤くなってると思う。 ……でも、やられっぱなしってのも癪だな。 「伊吹、爪楊枝貸して。」 「ん?」 半ば強引に伊吹から爪楊枝を取り上げ、羊羹を一切れ刺す。 「ほれ、あーん。」 「っ!?」 面白いように伊吹が固まる。 「な、ななななななっ!?」 「伊吹も食べなきゃ。甘いものは疲れにいいらしいぞ?」 「普通に食べれるわっ!」 「俺にあーん、ってしといて、自分はされない……なんて思ってないよな?」 「ううっ……あ、あーん……。」 ぱくっ。 「……どうだ?」 「……馬鹿。死ぬほど甘いに決まっておろう。」 ぎゅ。 伊吹の手が、俺の手と重なる。 「お主はずるい。いとも容易く、私の心をかき乱す……。」 「それを言ったら、伊吹だって俺を十分にドキドキさせてるぞ。  伊吹は可愛いからな。」 「……そんなお世辞は良い。  私はすもも程優しくは無いし、沙耶のようにおしとやかでも無い。  ましてや、胸の大きさは……。」 「伊吹は伊吹だからいいんだよ。別に他人と比較するようなものじゃ無いだろ?  俺は伊吹の事を好き。それで何か問題でもあるか?」 俺がそう言うと、伊吹は俺を見上げ。 「…大有りだ。そんな事を言われたら……尚更、お主を大好きになってしまうではないか。」 「嫌?」 「……お主は、意地悪だ。」 呟きつつ、伊吹は真っ赤な顔を逸らした。 「さて……名残惜しいが、そろそろ行くとするか。  まだまだ客は多そうだしな……。」 そう言って、伊吹が俺の上から降りる。 「この後は沙耶が来ると思うが……。」 ぎろり。 「……程々にな、小日向雄真。」 「……今まで散々甘えていた人間の言う台詞じゃ無いと思うんだが。」 「そ、それはそれ、これはこれだっ。  いいか、分かったな?約束だからな!?」 「伊吹ちゃ〜ん、助けて下さい〜。はわわわわー!?」 「って、またパニック状態かすももは……。」 慌てて、伊吹はすももの傍に駆け寄って行った。 ……なんだかんだ言って、伊吹も面倒見がいいからなぁ……。 「あの、小日向様……。」 「あ、いらっしゃい上条さん。お疲れ様。」 いつの間にか横に居た上条さんに、俺は声を掛けた。 上条さんはお辞儀をして、俺の席の隣に腰掛ける。 「余り人に慣れてない上条さんには……大変じゃ無かった?」 「確かに、殿方の多さにはビックリしましたが……それ以上に、兄様が大変で……。」 「もしかして……信哉が纏わり付いてた?」 「いつの間にか背後に居て……。」 「ハチめ……全然止めれて無いじゃないか。」 ハチは後で準に折檻して貰おう。 ……いや、逆にハチなら変な趣味に目覚めそうで怖いな。 「でも、少しでも『Oasis』のお役に立てればと思って……。」 「大丈夫。上条さんがウェイトレスさんをしたんだから、十分売り上げに貢献したさ。  上条さんは可愛いからね。」 ぽんっ。 俺の言葉に、上条さんの顔が赤く染まる。 「そ、そんな事ありませんっ……。」 「そんな事あるよ。上条さんは十分に魅力的だ。」 「……恥ずかしいです、小日向様……。」 真っ赤な顔のまま、俯く上条さん。 ……ああもう、可愛いなぁ。 「うん、ご褒美をあげよう。」 「……は?」 「いや、勿論みんなも頑張ってるんだけど、上条さんは更に頑張ってたから、ご褒美。  …と言っても、どうしようか全然考えて無いんだけどね。」 「あ、あの、でしたら、一つお願いが……。」 「なに?俺に出来る範囲でなら、聞いてあげるけど……。」 「……そ、その。私を……抱きしめてくださいっ。」 俺を見つめ、宣言する上条さん。 「……えーと。此処で?」 「はっ!?」 ……どうやら、上条さんは其処までは考えていなかったらしい。 「あああの、別に此処で、と言う訳では……。」 おろおろ。 わたわた。 「……。」 なんか、すももみたいだな。 パニック状態の上条さんを見ながら、ふとそんな事を考える。 って、眺めててどうする。上条さんを落ち着かせないと。 ……こんな時は、やっぱり。 「上条さん。」 きゅっ。 「ひゃっ!?」 上条さんを抱き寄せ、頭を撫でる。 「大丈夫だから、少し落ち着こう。」 なでなで。 「……落ち着いた?」 「は、はい。……すみません。」 「いいって。上条さんだったら、全然気にしないよ。  その……こんな上条さんを知ってるのは俺だけだ、なんて思ったり……。」 「っ……。」 再び顔を赤く染める上条さん。 ……多分、俺も真っ赤な顔になってるんだろうな。 「……あ。」 「ん?」 「願い……叶ってしまいました。」 「そう言えば、そうだね……。」 上条さんを落ち着かせる為とは言え、今の状況を見る限り、上条さんを抱きしめている訳で。 「……ふふ。」 胸元に顔を摺り寄せる上条さん。 「私……幸せです。小日向様に、こうしていただけるなんて……。」 「そ、そうかな……。」 「はい。……後は、その……キスしていただければ、もっと……。」 「え?」 「……はっ!?あ、あの、今のは……わ、忘れて下さいっ。」 「……駄目。しっかりと聞いちゃった。」 くいっ。 上条さんの顎を、そっと持ち上げる。 「ひゃっ!?」 「目、閉じてくれると嬉しいな、上条さん。」 「こ、小日向様……?」 「これは、ご褒美とかじゃなくて。俺が、上条さんにキスしたい。  ……駄目?」 「……駄目な訳、ありません。」 上条さんが、目を閉じる。 「……大好きです、小日向様。」 「……うん。俺も、上条さんの事、大好きだよ。」 「ゆーうま、そろそろ上条さんの休憩時間が終わるんだけどー?」 「!?」 「……こう言う時は二人が離れるまでそっと見守るもんじゃ無いのか?」 上条さんの背後に居た準に、文句を言う。 気づいてなかった上条さんは慌てて離れようとするが、俺が抱きしめているので 離れなれない。 「あの、小日向様っ……。」 「あ、ごめん。上条さんを抱きしめてると、妙に安心すると言うか、寛げると言うか……。」 惜しみつつ、上条さんを解放する。 「……では、失礼致します。」 「余り無理はしないでね。……後、信哉が何かしそうだったら、すぐ呼んで。」 「はい、畏まりました。」 俺にお辞儀をして、上条さんはフロアへと戻っていった。 「さて、今度はあたしが雄真を独り占めよ。」 「って、お前もか……。」 「もちろん。ケダモノの目線に犯され傷ついたあたしの心……雄真に癒して欲しいのっ。」 「って、いきなり抱きつくな!」 問答無用、と言わんばかりに俺に抱きつく準。 「だってだって、今までだってみんなに色々したじゃない。  あたしも雄真と一緒にジュース飲んだり抱きしめられたりキスしたりされたいのっ。」 「お前はオトコだっ!」 「大丈夫、雄真だったら全然オッケー♪」 「俺が気にするんだっ!!」 必死に離れようとはするのだが、準のハグの技が上で、離れる事が出来ない。 「うふふ、どんなに暴れても駄目よ。愛しい雄真を離さないっ。」 「うがあああ、何故だ!?この華奢な身体の何処にそれだけの力がっ。」 「やん、華奢だなんて、雄真……あたしの身体、何処で見たの?」 「体育の着替えの時とか、嫌でも見るだろうが!!」 「そんな、あたしの着替えをずっと雄真は見つめてたのね……えっち。」 「お前が俺の目の前でわざわざ着替えてるだけだ!?」 「でも、雄真だったら……あたしの全て、見せてあげてもいいのよ……?」 じっ。 準の熱い視線が、俺に向けられる。 「……いや、お前オトコだし。」 「一瞬言いよどんだわね、雄真?」 「ち、違うっ。」 全力で否定する。 否定しないと……色々と怖い。主に引きずり込まれそうな自分が。 「……うふふ。大丈夫よ、ゆっくりと染めてあげるから……。」 「誰を!?つーか、何に染める気だ!?」 「独り占めは駄目よ準ちゃん。かーさんも仲間に入れて〜。」 「って、仕事はどうしたかーさん!?」 背後から聞こえたかーさんの声に、振り向く事無く突っ込む。 と言うか、今振り向くと準が何をするか分からなくて振り向けない。 「ま、かーさんだけ休憩無しでずっと働けって事?  雄真くん酷いっ。かーさん悲しくて……雄真くんを抱きしめちゃうっ。」 「って、全然関係無いっ!」 「えいっ。」 ぺたり。 「「「……。」」」 座ってる俺を立ってるかーさんが抱きしめようとしたら、そりゃあ俺の頭は かーさんの胸の部分に来る訳で。 ……で、俺の頭にはかーさんの胸の感触がある訳……だけど。 「……下手したらすもも以下かも知れんな。」 「ち、違うわよ!すももちゃんよりは多分きっと恐らくある筈だものっ。」 「だ、大丈夫ですよ音羽さん!あたしとか伊吹ちゃんとかよりは間違い無くありますからっ。」 ……準、それは褒めてるのかトドメ刺してるのかどっちだ? 後、上条さんよりは無いのか?かーさんの胸。(※1) ※1:公式設定ではすもも77、沙耶76です。つまり……。 「ううっ、仲間だと思ってた準ちゃんがわたしを苛めるの……。」 「……トドメは準、と。」 「あたしなの!?」 「おーいすもも、そっちは終わったかー?」 「もう少しで終わります、兄さん。」 幾ら忙しくても、閉店時間はやって来る。 閉店後の『Oasis』で、俺とすももは後片付けを行っていた。 他のみんなは、かーさんが先に帰してしまったらしい。 『流石にみんな疲れちゃっただろうしね。後片付けまでお願いしちゃったら、悪いじゃない?』 とは、かーさんのお言葉。 「だからと言って、俺とすももに全ての後片付けをさせるのはどう言う事だ……。」 俺は兎も角、すももは凄く疲れてるんじゃないか? ……後、何故バイトの杏璃が居ないのか激しく疑問だ。 「すもも、疲れてるだろ?お前は休んでていいぞ。」 「いえ、兄さんに全てを任せる訳には行きません。  それに……これは私がお願いした事ですし……。」 「……は?」 「い、いえ!さぁ兄さん、頑張ってお片づけしましょうっ。」 最後の部分は良く聞き取れなかったが……何だったんだろう? そして、暫く後。 「……終わった。」 「お疲れ様です、兄さん。」 「お疲れ様、すもも。  ……はー、後片付けって結構大変だな……。」 厨房の中から、フロアを見渡す。 良く考えたら、学園の設備にしては大きいもんな、『Oasis』って……。 お客さんの量も多いし。 「そう言えば、かーさんは何処行ったんだ……?」 ふと気がつく。 確か、片づけを始めた時は居た筈なんだが……。 「なぁすもも、かーさん何処行ったか知らないか?」 だが、俺の問いに対し、すももの返事は無い。 「……すもも?」 背後に居る筈のすももを確認する為、振り返る。 「なっ……!?」 すももは、何故かメイド服を脱ぎ捨て、下着姿になっていた。 「お、お前一体何を!?」 「何、って……服を脱いでます、兄さん。」 ぱちっ。 ぱさっ。 俺が驚いている間に、ブラも外れて床に落ちる。 「ま、待て!一体何がどうなってるのか分からないけど待て!!」 「……駄目です。もう、待てません。」 するっ。 自らショーツも脱ぎ、服の上に置く。 「兄さん……わたしの身体、どうですか?」 「ど、どうですかって……。」 顔を赤らめつつも身体を隠す事無く、俺を見つめるすもも。 本来ならば目を逸らすべきだったのだろうが、相手が自分の好きな人間である以上、 その身体に目が行くのは仕方が無い事だと思う。 「……綺麗だ。」 「本当ですか?変なところとか、あったりしませんか?」 「無い。全然無い。……だから、早く服を着なさい。」 「……嫌です。」 そのまま、すももは俺の方に歩いて来る。 「ど、どうしたんだすもも?急にこんな事して……。」 「別に、急なんかじゃありません。……ずっと、考えてたんです。」 ぎゅ。 目の前まで来たすももが、俺に抱きつく。 「わたしも、兄さんと一つになりたい……兄さんのものにされたい、って。」 「……すもも。」 「でも、中々決心出来なくて、あれこれと考えてて……そしたら。」 じー。 「……兄さん。正直に答えてください。」 「は、はい。」 半目で見つめるすももに、思わず返事をしてしまう。 「兄さんは……誰に手を出したんですか?」 「え、あ、それは……。」 ぎろり。 「……兄さん?」 「……春姫と杏璃と小雪さんの3人です。」 「!?」 すももの目が見開かれる。 だが、それもほんの一瞬で……。 「に、兄さんはやっぱり胸の大きい女の人が大好物なんですね!?  きっと皆さんに……は、挟んで貰ったりとかして喜んだんですね!?」 「ひ、人聞きの悪い事を言うなっ!?  つーか全裸でそんな発言するんじゃありません、すもも!」 「わたしはどうでもいいんですっ!  今は、兄さんの歪んだ性癖の方が問題です!!」 「ゆ、歪んだって……。」 正直な話、すっぽんぽんで迫って来ておいて、俺に説教しても説得力無いと思うんだが……。 分かってるのかこの義妹さんは。 「そうです!姫ちゃんと杏璃さんと小雪さんの胸に欲情してたんですね!?  私が居ないところでずっと色々してたんですねっ!!」 「……欲情とか大きい胸だけとかは否定していいか?」 「……色々してたのは否定しないんですね、兄さん。」 「うっ。」 痛い所を突っ込まれた。 た、確かに、部室やら寮やら色々としてしまったけど……。 「でも……俺もみんなも、後悔はしてない。  今のこの状況をみんなが納得してるし、何よりみんな笑顔だし。  ……みんなが幸せなら、世間から多少外れててもいいかな、と思ってる。」 「うー、ずるいです……。  そんな言い方されたら、怒れなくなっちゃいます……。」 しゅんとしてしまうすもも。 「……いや、結局どっちつかずの俺が事の発端だし。  最終的に誰が悪い、って言われたら……俺だから。  ……こんな事言ったら、『私達の気持ちを無視するな』って怒られそうだけどな。」 ……いや、実際に杏璃と春姫には色々と怒られたけど。 「……すもも?」 「……じゃあ、後一人ぐらい増えても構いませんよね、兄さん?」 「はい?」 ぐっ。 俺の顔にすももの手が伸び。 そのまま引き寄せられ。 「んっ……。」 「……ん。」 半ば強引に、キスをされた。 「……本気か?」 「……この格好で本気と聞くんですか、兄さん?」 「流石にいきなりすっぽんぽんで迫られるのは初めてなんで……。」 「……普通の男の人は、複数の女の人を相手に交際しないと思いますよ?」 「相変わらず痛い所を……。」 「ずっと兄さんの妹をしてるんですから、当然です。」 えっへん、と胸を張るすもも。 すっぽんぽんなので、すももの胸の動きが全て見えた訳だが……。 「……やはり、小日向の血か。」 「ひ、酷いです兄さんっ。わたし、本気で傷つきました……。」 俺の胸に縋りつき、やはりおれの胸に『のの字』を指で書き始める。 「やっぱり、日頃大きい胸に慣れてるから、わたしの胸なんてどうでも  いいんですね……。」 「……いや、それは無いぞ。」 ぎゅっ。 俺は強引に、すももを抱きしめた。 「今だって、すももを抱きしめて凄くドキドキしてるし。  すももは十分に魅力的な女の子だよ。」 「……兄さん。」 「だから、無理に急がなくてもいい、と思うんだけど……。」 「……。」 俺の言葉に、暫くすももは無言だったが。 「……駄目です。待てません。」 ぎゅっ。 今度はすももが、俺を抱きしめる。 「昔から兄さんを見てきたんです。  もう、これ以上は……我慢できません。」 「すもも……。」 「だから……わたしを、抱いてください。  わたしを、兄さんのものに、して下さいっ。」 其処まで言い切った後、すももは俺の胸に顔を埋めてしまった。 ……よく見たら、肩が震えていた。 きっと、寒いのもあるんだろう。だけど……。 「……はぁ。  女の子に此処まで言わせるなんて……俺も駄目だな。」 「にい、さん?」 「俺も、すももが欲しい。すももとひとつになりたい。  ……いいか?」 「……後悔、しませんよね?」 「……後悔、しないな?」 お互いに確認する。 「……一応、痛くないようにはするつもりだけど。  それでも痛かったらごめんな。」 「大丈夫です。痛みも、きっと幸せの一つだと思いますから。  兄さんのものになったって言う……証ですから。」 上着を脱ぎ、テーブルに敷く。 そして、その上にすももを寝かせる。 「ごめんな、ちゃんとした場所じゃ無くて……。」 「こっちこそごめんなさい、あまり胸が無くて……。」 「「……。」」 二人とも言葉が止まる。 「……くっくっく。」 「……くすくすくす。」 暫くして、二人して笑い出す。 「……なんか、急に力が抜けちまったな。」 「そうですね。  でも、それがわたしと兄さんらしくていいと思いますよ?」 「そっか。そうだな。」 「はい、そうですよ。」 「んじゃ、気楽に行くか。」 「はい、気楽に行っちゃいましょう。」 すっ。 すももの頬に触れる。 それに合わせて、すももが目を閉じる。 「……大好きだぞ。すもも。これまでも、そして……これからも。」 「大好きです、兄さん。今までも、そして……この先も、ずっと。」 窓から僅かに入る月の光。 その中で、俺とすももは誓いのキスを交わした。 「……兄さんの嘘つき。」 家への帰り道。 俺は、背中におぶったすももに、文句を言われていた。 「痛くしないって言ったじゃないですか……。」 「つもり、ってちゃんと言っただろ?」 「……まだお腹が変な感じです。」 「そんな事言ったって……。」 「でも、皆さんも通った道なんですよね。……えへへ。」 俺の背中に顔を摺り寄せるすもも。 「……いやまぁ、そりゃ通る道だろうけど。」 「ちなみに、誰が一番気持ち良かったですか?」 「え。」 そ、そんな事言われてもなぁ……。 「そんなの、比べるもんじゃ無いだろ。」 「そうですけど……やっぱり気になりますっ。  皆さんと仲良くしたいですけど、でも……兄さんの一番でありたいですから。」 きゅ。 「だから、何でも言ってくださいね、兄さん。  わたし……兄さんの為だったら、どんな事でもしますから。」 「本当に?」 「はい、勿論ですっ。」 すももの事だ、本当に何でも聞きそうで怖い。 ……でも、その前に。 「……とりあえずは、お風呂かな。」 かーさんにこの事が知られるとマズイしな。 ……あれ?そう言えばかーさんは結局何処へ? 「……い、いきなりですかっ!?」 「は?」 「兄さん……その、気持ちは嬉しいですけど、でも……。」 何故か背中でくねくねと動くすもも。 ……一体どうしたんだ? 「だ、大丈夫ですっ。  こんな事もあろうかと、色々と勉強してありますから!」 「……いや、何の話だ?」 「で、でも、まだやっぱり痛いので、出来るだけ優しくして下さいね、兄さん……。」 「………。」 考える。 ……考えた。 …………ぬおおっ!? 「ち、違う!そう言う意味じゃ無いぞすもも!?」 「……え?」 「俺は母さんにばれない様に風呂に入ろうって言っただけだ!そう言う意味じゃ無い!」 「わ、分かりました。  つまりお母さんが寝てから夜中にこっそりとお風呂で、って事ですね?」 「それも違う!!」 いかん。 すももに上手く説明出来ない……。 「……あのね、すももちゃん。  二人ともいっぱい『運動』したから、汗掻いてるでしょ?  その状態で音羽さんと接したら、すぐに二人に何があったか、音羽さんにばれると思うの。」 「そうそう。  だから、風呂に入って、汗を流して、母さんにばれないように、って事だ。」 「な、なるほど。分かりました。」 「分かってくれたか、すもも……。」 ふぅ。とりあえずは一安心か。 「……って、アレ?」 何も考えず、俺は『俺以外の声』がした方を向いた。……向いてしまった。 「……お帰りなさい、小日向くん?」 ぎろり。 「は、春姫!?」 「姫ちゃん!?」 俺の横に、いつの間にか春姫が。 ……しかも、春姫は笑ってるつもりだろうけど……目が笑ってない。 「ちょうどお買い物の帰りだったんだけど……。  こんなに遅くまで、後片付けご苦労様、小日向くん?」 「……もしかして、結構怒ってますか?」 「……私の時の杏璃ちゃんの気持ち、今なら凄く分かる気がする。」 「そ、そうですか、それは良かった……。」 「あ、あの、姫ちゃん……。」 笑ってない笑顔を向ける春姫に、すももが声を掛ける。 「すももちゃん……良かったね。」 「姫ちゃん……。」 「ちょっぴり悔しい、って気持ちもあるけど。  でも、やっぱりすももちゃんも幸せになってもらいたいから。」 「……ありがとう、姫ちゃん。」 「どうしたしまして。  ……でも、私だけじゃなくて、きっとみんなが思ってる事だから。」 「……うんっ。」 にっこりと微笑みあう、春姫とすもも。 ……良かった。二人とも嬉しそうで。 「……だけど、小日向君にはきっちりお仕置きだよ?」 「……やっぱり?」 「うん。……杏璃ちゃんと一緒に。」 「それ、普通に死ねるから勘弁してくれ……。」 杏璃だけでも危ないのに、春姫が加わったらもう駄目です。 「……それは、明日杏璃ちゃんと話し合いの上決めます。」 「……すもも、明日はズル休みしていいか?」 「駄目ですっ。兄さんはみんなを幸せにしないといけないんですから。」 「うっ……。」 真横の春姫。背後のすもも。 ……そして明日は杏璃が春姫とタッグか。 『うふふ……放課後は私がお仕置きですよ、雄真さん?』 「!?」 「ゆ、雄真くん?」 「に、兄さん?」 慌てて周りを見回す。 ……気のせいだよな。気のせいだと思いたい。 「それじゃ、私は寮に戻るけど……。」 其処で、春姫はすももに近寄り。 「……お目覚めのご奉仕、とか……しちゃ駄目だよ、すももちゃん?」 「っ!?」 「……やっぱり。」 びくん、と身体が跳ねるすももと、溜め息を付く春姫。 「す、すもも……?」 「えーと、その……違うんですか?」 「……誰から聞いた、その知識。」 「じ、準さんです……。」 「アイツか……。」 準なら言いそうだ。そしてすももが鵜呑みにしそうだ。 ……明日にでもきっちりお話をしないとな。 「じゃあね、雄真くん、すももちゃん。」 「おやすみ、春姫。」 「おやすみなさい、姫ちゃん。」 「……そう言えば、かーさんの事すっかり忘れてた。」 家の玄関。 すももを背中から下ろしてから、俺はかーさんの事を思い出した。 もしかして、今頃『Oasis』に俺達が居なくて、ビックリしてるんじゃ無いか? 「あ、あの、お母さんだったら……。」 すももが何かを言おうとした、その時。 ばたんっ。 「おかえりなさい、雄真くん、すももちゃん〜!」 「か、かーさん!?」 突然玄関のドアが開き、かーさんが飛び出して来た。 「……あら?あらあらあら?」 呆然とした俺を無視して、かーさんは俺とすももの周りをぐるぐると回り始める。 「すももちゃん……もしかして。」 「……。」 こくん。 小さく、すももが頷く。 「おめでとう、すももちゃんっ。今夜はお赤飯だわ〜。」 「お、お母さんっ。それは違いますよ〜。」 「……え?」 どうなってるの、これ? くいっ。 「あ、あのですね兄さん……。」 顔を赤らめつつ、俺の袖を引っ張るすもも。 「実は、今日の事、お母さんに相談してたんです……。」 「……なんですと?」 思わず、かーさんの方を見る。 「すももちゃんが二人っきりになりたいって言うから、みんなを帰して、  私も途中で居なくなったんだけど……。」 そこで、かーさんは俺を見て、にやり、と笑い。 「まさか、『Oasis』でしちゃうなんて、かーさんビックリ。  もう、雄真くんてばケダモノさんなんだからっ。このこのっ。」 つんつん。 脇腹を突付かれる。 「うっ……こ、これは、その、かーさん……。」 「いいのよ。そりゃあ、自分の娘が女になって、かーさんちょっと寂しいけど……。  相手が雄真くんだもん。……もう、すももちゃんってば幸せ者っ。」 ぎゅ。 「ちょ、ちょっとかーさん?」 かーさんが俺の左腕に縋りつく。 「ねぇ雄真くん、かーさんにも幸せのお裾分け、ちょーだい?」 「だ、駄目ですっ。」 ぎゅ。 すももが俺の右腕に抱きつく。 「兄さんはわたしの兄さんですっ。幾らお母さんでも駄目なんですっ。」 「……じゃあ、この際二人で、ってのはどう?」 「……。」 「何故黙るかなすもも?」 4人でもアウトなのに、親子丼をさせるつもりですか、貴方達は? 「ってか、かーさん人妻。絶対駄目だから。」 「ちぇ。つまんないのー。」 くすくす笑いながら、俺から離れるかーさん。 やっぱり遊んでたか……。 「とりあえず、二人とも家に入りなさい。  頑張った二人の為に、今日のご飯は腕によりをかけて作ったんだから。」 そう言い残し、かーさんは先に家に入った。 「……あの、兄さん。」 「ん?」 きゅ。 「……わたしも、兄さんを幸せにしますから。  兄さんも……わたしを、幸せにして下さいね?」 「……ああ。一緒に、幸せになろうな……すもも。」 「兄さんっ……。」 そのまま、二人はもう一度、熱い口付けを――。 「って、ごめん雄真くん。」 「うわっ!?」 「ひゃっ!?」 「……あ、もしかしてお邪魔だったかなー?」 にやにや笑うかーさん。 ……絶対タイミング計ってたな。 「で、すももとのキスを邪魔するぐらいの話なのか?  返答しだいでは、流石に怒るとおもうぞ?」 「……お・か・あ・さ・ん?」 ごごごごごごごご。 「……すももがだけど。」 「あーん、ごめんなさいすももちゃんっ。  お詫びに、今日一日何が起きてもかーさん知らん振りするから……ね?  たとえ雄真くんのお部屋で何があってもかーさん何も知らないからっ。」 「……お母さん、ホントですか?」 「うんうん、全部、何もかーさんは知らないの。  もう、雄真くんに誰がどれだけラブラブしても秘密にしてあげちゃうっ。」 「お、お母さんっ。」 ひしっ。 「大好きです感謝ですすもも頑張っちゃいます〜。」 「って、無茶な事言うなかーさん!」 「だって、やっぱりすももちゃんを応援したいじゃない〜。」 抱きつくすももの頭を撫でながら、笑顔で言い切るかーさん。 気持ちは分かるけど……ソレはやりすぎです。 「……で、話ってのは?」 「あ、そうそう。  ……あのね、本当に言いにくいんだけど……。」 そこで、かーさんは一旦言葉を切り。 「『忘れ物があるから取りに戻るって』、杏璃ちゃんから電話があったのよね……。」 「……何時頃?」 「二人っきりにしてから30分後ぐらい?」 「……。」 そりゃあ……確かにマズイな。 ……真っ最中だ。 「……で。」 「まだあるの?」 「『占いで面白い結果が出たので、ちょっと『Oasis』に戻ります』って電話も……。」 「……。」 勘弁して下さい、小雪さん……。 で、次の日。 「ソプラノ、ちゃんと狙ってね!」 『ほ、本当に……いいのですか?』 「パエリア、今日も全力でいっくわよー!」 『流石に全力は如何なものかと……。』 「タマちゃん……今日は5連続攻撃です。」 『あいあいさ〜』×5 ごっばおぉぉん。 「うっぎゃああああああっ!?」 裏山で、今日も的になる俺だった。