「ふっふっふ……ついに、俺の力を見せる時が来た!」 「ハイテンションだな……。」 元気なハチとは逆に、俺はテンションが低かった。 「どうした雄真?今日は体育祭、男の見せ場じゃないか!  …そう、俺の凄さを女の子達に見せる時!」 「……そうだな。」 本来ならばハチに突っ込む所だが、俺はそれどころじゃ無かった。 何故なら……。 「雄真くん、頑張ろうね。」 「頑張るわよ、雄真っ。」 「頑張りましょう、小日向様。」 俺の両隣を確保している春姫と杏璃。 そして俺の後ろには上条さん。 逆に、グラウンドを挟んで目の前、敵側には。 「……絶対に勝ちましょう、小雪さん、伊吹ちゃん。」 「はい、すももさん。……絶対に。」 「無論だ。……絶対に勝つぞ。」 嫌な執念を燃やすすもも、小雪さん、そして伊吹が居た。 「……勘弁してくれ。」 「はぁ……あたしもブルマ履きたかったわ……。」 「無茶言うな。」 流石の準も、ブルマとは行けなかったらしい。 ちゃんと短パンで参加している。 ……しては、いるんだが。 「……無駄毛が全然無いわ。やるわね、準ちゃんっ……。」 「杏璃ちゃん……。」 じーっと準の脚を見つめる杏璃と、困った顔をする春姫。 「小日向様、飲み物をどうぞ。」 「あ、ありがとう。」 「いえ、伊吹様にもお届けしなければなりませんでしたから……。」 「……一応聞くけど、あっちの様子……どうだった?」 「それが……。」 そこで、上条さんは困った顔をして。 「どうやら皆さん本気のご様子で……。」 「どんな風に?」 「すもも様が皆さんの士気を上げ、伊吹様が行動の指針を出されておりました。  そして……小雪様が、占いです。」 「そうなんですか?てっきり、高峰先輩が色々戦略を練るのかと思ってたけど……。」 小首を傾げる春姫。 「……なんでも、こちら側の不幸を占うそうでして。」 しーん。 一瞬にして、沈黙が訪れる。 「こ、小雪さんが不幸を占うって……洒落にならないわよ!?」 杏璃の叫び。 そして、その場に居た全員が、反対側を見る。 「……。」 きゅぴーん。 占いの準備をしつつ、小雪さんが目を光らせる。 「…ありゃ、本気だな。」 「どどど、どうしよう雄真……。」 「だ、大丈夫よ杏璃ちゃん。そんなに都合良く、占いなんて出来ないから……。」 「そうだろうけど……もし嘘だとしても、小雪さんに言われたら、相当な  プレッシャーになるわよね……。」 ぼそり、と呟く準。 「だから、少なくとも小雪さんの不幸の占いは何とかしないと駄目ね。  例えば……小雪さんに何かを貢ぐ、とか。」 「……どうしてそこで俺を見るかな、準?」 「だって……ねぇ?原因を考えれば分かる事でしょ?」 「ぐっ……。」 くすくすと笑う準。 ……はぁ、仕方無い。 「向こうのご機嫌も取ってくるか……。」 「「……。」」 がしっ。がしっ。 「駄目っ。雄真くんは、私達の味方なんだから。」 「そうよ。雄真は、こっちで私達と一緒に居るのっ。」 春姫と杏璃が、俺の腕に抱きつく。 「あの、その……私も、お二人の意見に賛成です。」 きゅっ。 上条さんも、俺の背中に引っ付く。 「いや、気持ちは分からなくも無いし、勿論こちらの味方、なんだけど……。」 ちらり。 「「「……。」」」 ごごごごごごごご。 反対側からの物凄い視線。主に三つ。 誰とは……言わなくても分かるだろう。 「すももはともかく、伊吹と小雪さんが暴走したら洒落にならないから。  特に、不幸占いは止めてこないと……。」 「た、確かに式守さんが暴走するのは、困る、かな……。」 「うーん、小雪さんの占いも、確かに怖いわね……。」 「……それに、あっちの三人の気持ちも考えると、顔見せぐらいはいいかな、と思って。」 「……そうですね。」 上条さんの言葉と共に、三人が俺から離れる。 「…ありがと。それじゃ、ちょっと行って来る。」 「雄真くん……早めに、帰って来てね?」 「そうよ。それまでは、ハチを苛めて待ってるから。」 「…お待ちしております。」 「…見ろすもも。敵の小日向雄真が来たぞ。」 「…ホントですね伊吹ちゃん。敵の兄さんが来ましたよ。」 反対側のテントに着いたが……いきなり、すももと伊吹に先制攻撃を喰らった。 「えーと……敵?」 「無論だ。全く、大きな胸に惑わされよって……。」 「姫ちゃんと杏璃さんに両脇から抱きつかれて、デレデレしてましたっ。」 ぷいっ。 そっぽを向く二人。 こ、困った……。 「まあまあお二人とも。折角雄真さんがこちらにいらっしゃったのですから、お話だけでも  聞いてみてはどうでしょうか?」 傍で話を聞いていた小雪さんが、伊吹とすももを宥める。 「で、ですけどっ……。」 「しかし……。」 「……上手く行けば、雄真さんと更にラブラブですよ?」 「む、むむっ……。」 「むぅ……。」 くるり。 「は、話だけでも聞いてやろう、小日向雄真よ。」 「い、伊吹ちゃんと同じくですっ。」 「そりゃ助かった……。」 安堵しつつ、俺は小雪さんの方を見る。 「……。」 じーっ。 目線が語っている。『ご褒美、下さい』と。 まぁ、そう来るのは分かっていた事だし……今回は素直に従おう。 ……良く考えたら、何時も素直に『ご褒美』あげてる気がするけど、気にしない事にしよう。 こくん。 小雪さんに対し、小さく頷く。 「……。」 それに対し、小雪さんの右手の指が3本立てられる。 ……お願い事、三つですか。そりゃまた……。 「……占い。」 「は?」 「何ですか、小雪さん?」 ぼそり、と呟いた小雪さんの言葉に、すももと伊吹が振り返る。 ……従うしか無いって事ですね。 二人が後ろを向いている間に、俺は小雪さんに大きく頷き返す。 「……いえ、何でもありません。ちょっとぼーっとしていただけですので。」 「そうか……無理はいかんぞ、小雪?」 「そうですよ、小雪さん。」 「はい、有難う御座います。」 にっこりと微笑む小雪さん。 ……やっぱりこの人は策士だ。 「で、話とは何なのだ、小日向雄真?」 「何ですか、兄さん?」 「あー……。」 とりあえず、小雪さんの件は解決した。 後は……二人が暴走しないように、少しの間一緒に居てあげよう。 「いや、ずっと向こうに居ると、すももや伊吹に悪いかな、と思ってさ。  ちょっと様子を見に来たんだ。」 「……む、そうだったか。」 「兄さん……。」 少し顔を赤くする伊吹と、目がとろん、としているすもも。 ……いや、ちょっと待てすもも。 「兄さんっ。」 ぎゅっ。 「うおっ!?」 俺に抱きつき、胸に擦りつくすもも。 「嬉しいです……わたし、感激しちゃいました。」 「そ、そうか……それは嬉しいな。  ……嬉しいんだけどさ。」 一応、学園内な訳で。 日頃と違って、いろんな生徒が見ている訳だ。 しかも、すももと俺は兄妹だから……ちょっと、抱きつくのは不味く無いか? 「……鼻の下が伸びているぞ。」 「うっ。」 じろり。 半目で睨む伊吹。 ……そりゃあ、可愛い義妹が抱きついてくれば、多少は鼻の下も伸びます。 「あ、ごめんなさい伊吹ちゃん。伊吹ちゃんも、兄さんに抱きつきたいですよね?」 そう言って、すももが少しずれる。 「さあ、伊吹ちゃんも思う存分、兄さんに抱きついて下さいっ!」 「……い、いや、私は、別に……。」 「大丈夫です、兄さんも伊吹ちゃんに抱きついて欲しいと思ってますから!」 「何!?」 いきなり何を言い出すのか、すももよ……。 「……本当か?」 じーっ。 「いや、その……。」 「……。」 じーっ。 だから、そんな目で俺を見ちゃ駄目だって。 逆らえなくなるから……。 「……思ってました。」 「う、うむ。なら仕方が無いな。」 ぎゅっ。 少し照れつつも、伊吹が俺に抱きつく。 「両手に花、ですね……雄真さん?」 「ははは……。」 くすくす笑う小雪さん。 でも目が光っているのが怖いです。 三つの『ご褒美』が、恐ろしくて仕方が無い。 ……いや、嬉しくもあるんだけどな。色々と。 「兄さんに抱きついてると、凄く安心します……。」 「うむ。すももの言うとおりだ……。」 「そ、そうか?」 さっきまでの不機嫌はどこへやら、目を瞑って擦り寄る二人。 まぁ、これでこっち側も何とかなった……かな? つんつん。 ふと、誰かに背中を……って、この場合だと小雪さんな訳だが。 「雄真さん、残念なお話が……。」 「は?」 小雪さんが指差す先。 そちらを見ると。 「「「……。」」」 無言でこっちを見つめる反対側の三人。 そして、その後ろで黒こげになって突っ伏すハチ。 「……今度は向こう側か。」 「でも、向こう側へ行くとまたこちら側と……ご愁傷様です、雄真さん。」 ぴとっ。 「「「!?」」」 そう言いつつも、俺の背中にぴっとりと引っ付く小雪さん。 ああ、向こう側の三人の目が、更に鋭く……。 「今日の雄真さんは、幸せと不幸が隣り合わせ。気をつけて下さいね?」 「そう思うなら、不幸へ傾くように煽らないで下さい……。」 って言うか、ワザとそうしむけてませんか、小雪さん? ああ、一体向こうで何を言われるやら……。 『それでは、只今から借り物競争のプログラムを開始いたします』 「借り物競争か……確か、出ないといけないんだっけ?」 「そうよ雄真。さっきからあっちとこっちを行ったり来たりしかしてないんだから、  ちゃんと頑張るのよ?」 「……お前が生贄にした癖に。」 じと目で準を見つめる。 「でも、いい思いもしてるでしょ?」 「……ノーコメント。」 こっちでは春姫、杏璃、上条さんに抱きつかれ。 むこうではすもも、伊吹、小雪さんに引っ付かれる。 確かに、いい思いをしていると言えばしているが……。 「あ、1年からスタートするみたいね。」 「ん?」 準が見つめる方向。 其処には、1年女子が集まっていた。 ……あ、すももと伊吹も居る。 「すももちゃんと式守さんも参加するんだ……。」 「2年はアタシと春姫、上条さん……あ、準ちゃんもよね?」 春姫と杏璃が、参加者を確認していく。 「確か、小雪様も参加されるのではなかったでしょうか?」 上条さんが小首を傾げる。 「……ご丁寧に勢ぞろいだな。」 「まさか……誰かの策略、だったりしてね、雄真?」 冗談っぽく言う準。 「はっはっは、幾らなんでも、そりゃ……。」 「ふふふ……ばれてしまっては仕方がありませんね?」 「うわっ!?」 背後からの声に慌てて振り向くと、其処には小雪さんが。 他のみんなも、突然の登場にビックリしている。 「た、高峰先輩!?」 「何時の間にこっちに来たんですか、小雪さんっ!?」 がしっ。がしっ。 慌てて俺を両脇から抱きしめる春姫と杏璃。 よっぽど小雪さんを警戒しているらしい。 「あらあら、随分と嫌われてしまいましたね……。」 そう言いつつも、くすくすと笑う小雪さん。 「それよりも……策略って、一体何をしたんですか?」 捕獲されたまま、小雪さんに問いかける。 「実は……とあるコネを使いまして、今回のプログラムに少々細工を。  コネについては、秘密厳守ですので、私はお教えできませんが……。」 『兄さんに姉さん達、こっちやで〜』 タマちゃんの声がする方を、みんなして見る。 すると。 「「「……。」」」 にやり。 何故か職員席からこっちを見て笑みを返す三人が。 具体的にはかーさんと、御薙先生と、そして……高峰ゆずは学園長。 「あらあら駄目ですよタマちゃん。秘密を漏らしちゃいけません。」 『え、さっきねぇさんが向こうに目を向けさせろって』 「タマちゃん、GO♪」 『殺生なぁ〜』 ぱーん。 大空で炸裂するタマちゃん。 「……こほん。皆さん、この事はどうかご内密に。」 呆然とした俺達をそのままにして、小雪さんは立ち去ってしまった。 「……はっ!?  って、すでに小雪さん居ないし!?」 「い、いいのかな、こんな事して……。」 「いい訳無いでしょ。……と言っても、どうしようも無いけどね。」 困った顔をする春姫と、あっけらかんと言う杏璃。 「それにしても、一体何を仕組んだんだ……?」 「順位……とかではなさそうですね。先程から見る限り、どちらかに優位になっているとかでは  無さそうです。」 冷静に分析する上条さん。 「うーん……でも、あの人達が迷惑な事をするとは思えないわよ?」 「……一般人ならな。」 準の呟きに、思わず突っ込みを入れる。 ……そう、一般人なら、いたって普通の良い人々だろう。 ただ……。 ちらり。 「「「……。」」」 にやり。 俺を見て、いい笑みを返す『かーさんず』+ゆずはさん。 ……もしくは『かーさんず・改』。 あの人達の狙いは、絶対俺だな……。 「あ、次はすももちゃんの番みたい。」 春姫の声に、みんながグラウンドに注目する。 そのちょっと後、すもも達のグループがスタート。 「……へー、すももちゃんって結構早いんだ。  若いっていいわねぇ……。」 「そうよね杏璃ちゃん。  ううっ、やっぱり若さには負けるのかしらっ……。」 「……その台詞、物凄くオバサンっぽいぞ二人とも。」 「「なんですって!?」」 ごすっ。ごすっ。 「げはっ!?」 杏璃と準のパンチを喰らい、吹っ飛ぶ俺。 「だ、誰がオバサンなのよ!誰がっ!!」 「そうよ雄真!何処から見ても乙女のあたしを見て、オバサンとはあんまりだわっ!!」 「……そうだった。準はオジサン……。」 めきょ。 「っ!?」 「余計な事言っちゃ駄目よ、雄真♪」 ご丁寧に鳩尾に一撃の後、笑ってない笑みを向ける準。 ……怖い。そして痛い。 「だ、大丈夫ですか小日向様っ。」 「ううっ、酷い目にあった……。」 上条さんに介抱されつつ、俺は自分の席に座る。 「……でも、今のは雄真くんがデリカシーに欠けると思うよ。」 「反省してます……。」 やんわりと春姫に注意され、項垂れる俺。 うーん、気をつけよう。 「全く……次からは気をつけなさいよねっ。」 きゅ。 「これでも、雄真の為にいい女でいようって、頑張ってるんだから……。」 「杏璃……。」 俺の袖を掴みつつ、真っ赤な顔で呟く杏璃。 ……ううむ、可愛い奴。 「って、すももの方を全然見て無かった……っ!?」 グラウンドの方を向いた俺が見たものは。 「にーいーさぁぁんっ!!」 どどどどどど。 何故かこっちに向かって全力疾走するすももの姿。 そのスピードは、さっきなんか目じゃ無いぐらい速い。 そして、あっと言う間に俺達の前に到着する。 「さぁ兄さん、一緒に来て下さいっ!」 がしっ。 「うをっ!?」 有無を言わさず、俺の腕を掴むすもも。 「行きますよ兄さん、問答無用でゴール目掛けて一直線です!!」 「ちょ、ちょっと待てすももっ!?」 ずどどどどどどど。 俺を引っ張る……と言うより、むしろ引きずるぐらいの勢いで、グランドを走り抜けるすもも。 い、一体何があったんだ……? パーン! そのまま、すももは一位でゴール。 『はーい、それでは一位の方、紙の内容を確認します』 アナウンス担当の生徒が、すももから紙を受け取る。 『えーと……「貴方の大切な人」ですね。』 「はい!兄さんは、私にとって、とっても大切な人です!  大好きなんですっ!!」 ぎゅっ。 満面の笑みを浮かべ、俺に抱きつくすもも。 『あらあら、微笑ましい兄妹愛ですね。  ……審査員の先生方、これはOKですね?』 「いやーん、すももちゃんってば羨ましいわ〜。」 「うふふ……。」 「はぁ、いいわねー……。」 アナウンスの声に、○のプラカードを上げるかーさん、先生、ゆずはさん。 『はい、それでは小日向すももさん、一位決定です』 「ありがとうございますっ!」 ぎゅーっ。 「おいおい、すもも……。」 「いいじゃないですか、兄さん。  これで学園内で兄さんに抱きついても問題無しですっ。」 思い切り抱きつき、擦り寄るすもも。 ……いや、結構問題あると思うんだが……。 「…って、まさかっ!?」 仕組んだのって……こう言う事かっ!? 俺は慌てて、小雪さんの方を見る。 「……。」 きゅぴーん。 光る小雪アイ。 ……つまり、俺とみんなの関係を公にしたい訳ですか。 「そりゃ別に隠さなくても俺は構わないけど……。」 「え?どうかしたんですか、兄さん?」 俺を見上げるすもも。 ……まぁ、いいか。 それでみんなへの俺の気持ちが変わる訳でも無いんだから。 「……なんでもないよ。」 すももの頭を撫でつつ、俺は苦笑した。 「兄妹愛じゃ……仕方無いよね、小日向くん。」 「えーと、その……。」 「へーえ、それにしては随分とラブラブだったわよねー。」 「ううっ……。」 「……。」 じーっ。 「そ、そんな寂しそうな顔で見ないでよ上条さん……。」 針のむしろ。 席に戻った俺は、そう思った。 「みんなの前でデレデレして……もう。」 「春姫の言う通り。雄真はすぐに浮気するんだから。」 「……小日向様。」 じー。 半目で俺を見つめる三人。 「あらら、雄真ってば悪い人なんだから。  ……でも、そんな悪い雄真も大好きよ♪」 「どさくさに紛れて抱きつくな!」 こっそり……ともしてないけど、相変わらずマイペースに責めてくる準。 そして……ハチは復活したらしいけど、再び杏璃の魔法で沈んだらしい。 運の無い奴。 「ほ、ほら、次は伊吹が出る番だぞ。」 とりあえず、競技を見る事で誤魔化しにかかる。 「……今は許してあげる。」 「その代わり、後でちょーっとお話があるからね、雄真?」 そう言いつつも、俺の手を握る春姫と杏璃。 ちょっと可愛い。 「い、伊吹様……大丈夫でしょうか……。」 逆に、伊吹が心配でおろおろとする上条さん。 「えーっと……伊吹って、運動の方は?」 「誠に申し上げにくいのですが……見た目どおりです。」 「……そりゃ困った。」 その言葉通り、伊吹は一番最後に紙をゲット。 「……なっ!?」 そして、紙を開いた伊吹の顔が真っ赤に染まる。 「こ、これは……。」 ちらり。 「……え?」 何故か、こちらを見る伊吹。 「……こ、小日向雄真、来いっ!」 「な、何?」 グラウンドの中央から、伊吹が俺に声を掛ける。 「何度も言わせるな!こちらに来いと言っている!」 「いや……なんで?」 「か、紙に書いてある条件に合う人物だからに決まっておるであろう!!」 真っ赤な顔のまま、叫ぶ伊吹。 ……一体何が書いてあったんだ。 「駄目ですよ伊吹ちゃんっ。  呼ぶんじゃ無くて、その人を連れて来ないといけないんです。」 「そ、そうなのか?」 席に戻っていたすももが、伊吹の傍に近寄りアドバイス。 ……って、いいのかなぁソレ。 「そうなんです。  だから、さっきのわたしみたいに、兄さんと手を繋いでゴールして下さいね?」 「……は、恥ずかしいではないかっ。」 「大丈夫ですよ伊吹ちゃん。  兄さんもきっと、伊吹ちゃんに連れて行かれるのを待ってますよ?」 「なんでだっ!?」 いきなり何を無茶な事を言うのか、すももは。 「そ、そうか。小日向雄真が、私を待っている……。」 「そうですよ〜、兄さんが伊吹ちゃんを待ってますよ〜。」 「……うむ。行ってくるぞ、すもも!」 「はい、その意気です!頑張って下さいね、伊吹ちゃん!」 見事にすももに洗脳された伊吹。 意気揚々と、俺の元にやって来た。 「さあ行くぞ、小日向雄真!」 「さぁ、って……。」 ちらり。 グラウンドの向こう側を見ると、すももと小雪さんがにこにこと笑みを浮かべていた。 ……さっきのすももの行動も、小雪さんの差し金ですか。そうですか。 ああもう、こうなったらとことん付き合ってやろうじゃないか。 「よし、行くか。」 「うむ。」 ぎゅっ。 伊吹の手を握る。 「……とは言え、他にはもう誰も居なかったか。」 「いいんじゃないか?  スポーツってのは、参加する事に意義がある……って言ってたような気がするし。」 借り物競争ってスポーツだったか、って事は考えない事にする。 「ふむ。……なら、焦らずとも良いな。」 ぎゅ。 「い、伊吹っ!?」 伊吹が、俺の腕に抱きつく。 「別に走る必要も無いのだ。これくらい構わんだろう。」 「こ、これぐらいって……。」 さっきまで照れていた伊吹は何処へ? これもすもも催眠効果か……。 そして、腕に伊吹が抱きついたまま、ゆっくりとゴール。 『さーて、ラブラブでゴールした式守伊吹さん、紙の内容を確認します』 「うむ、これだ。」 「って、それは一位だけじゃ無かったのか!?」 思わずアナウンス担当の生徒に突っ込む俺。 『いえいえ、盛り上がりそうな方であれば、どんどん確認しますよ?』 「そうですか……。」 まぁ、確かに間違っては無いけど……。 『では、紙の内容は……「将来、夫としたい人物」ですか』 「どんな内容だそれは!?」 借り物競争だろコレ!? 「うむ。小日向雄真は、私の夫として十分に相応しい人物だ。  ……魔法云々は関係無く、な。」 顔を真っ赤にしつつも、堂々と言い切る伊吹。 『さて、審査員の先生方……如何でしょう?』 「良く言ったわ伊吹ちゃん、かーさん感動しちゃった。」 「流石式守さん、堂々としていていい告白だったわ。」 「伊吹ちゃん……カッコ良かったわ。」 ○のプラカードを上げる三人。 『はい、式守伊吹さん、見事ゴールです』 「まぁ、当然だな。  ……そうだな、小日向雄真?」 ちらり。 上目遣いで俺を見つめる伊吹。 「……そうだな、伊吹。」 俺はそう答え、伊吹の頭を撫でてやるのだった。 「……。」 席に戻った俺は、さっきより重苦しくなった雰囲気に心底困っていた。 「式守さんをお嫁さんにするんだ……小日向くんは。」 「……へーえ。」 じろり。 至近距離から、もはや睨む、と言った方がいい杏璃と春姫の視線。 それでも、俺の腕に抱きついて離れないのは……どう言う事やら。 「上条さんは、何も言わなくていいの?」 「そうそう。上条さんも、このエロ雄真に言っておいた方がいいんじゃない?」 「おいおい……。」 「いえ、あの、お二方には悪いのですが……。」 そこで上条さんは、少し頬を染めつつ。 「伊吹様と小日向様が結ばれると言う事は、その……必然的に、小日向様にも  お仕えできると言う事ですので……。」 「「!?」」 「あー……そう言う事になるのか。」 確かに、伊吹に仕えているんだから、俺が旦那さんになったら、そうなるよな……。 「ず、ずるい上条さんっ。」 「ええっ!?」 「だ、だって……式守さんと結ばれても、自分と結ばれても大丈夫って……。」 むー、とむくれる春姫。 「いや、あくまでも仕えられるだけだから……ね?」 「そ、そうですよ神坂様。特に、色々と出来る、なんて事は……。」 そこまで言って、何故か上条さんの言葉が止まる。 「……。」 「……上条さん?」 「……で、出来ない、と言う事で。」 「「「出来るの!?」」」 驚く俺、春姫、杏璃。 顔を真っ赤にしたまま俯く上条さん。 「い、いえ、別に夜伽などと言う事は決して!?」 「夜伽って……。」 「い、意外な所から敵が出てきたわね……。」 自爆する上条さんを見つつ、呟く杏璃。 「こ、こうなったら形振り構ってられないよ杏璃ちゃん!  雄真くんをこれでもか、って位に私達の虜にしないと!」 「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ春姫。まだ決まった訳じゃ無いんだから……。」 混乱する春姫を宥める杏璃。 ……なんか、春姫がすももっぽく見えてきたのは気の所為か。 いや、すももと春姫って、根っこの部分で繋がってるのかもしれない。 『それでは、2年女子の借り物競争を開始致します。  選手の皆さんは、集まって下さい』 アナウンスが流れる。 「ほら、みんな行かないと。」 「そうそう。頑張って来てね♪」 準と俺に見送られ、みんなはグラウンドの方へ。 「……はぁ、疲れた。」 「春姫ちゃんも、随分と変わったわね。  今まで、自分を溜め込んでたみたいだけど……表に出すようになったみたいだし。」 「……やっぱりお前は凄いわ、準。」 俺も余り気づいてなかった部分を、俺よりあっさりと気づける準。 認めるのも癪だけど、やっぱり心はオンナノコなのかな……。 「あら、ようやくあたしの魅力に気づいた?  いいわよ、今ならみんな居ないから……たっぷりと、愛してあ・げ・る♪」 「そう言って、すぐ抱きついてこなければ、なお良かったんだけどな……。」 いつも通り、準を引き剥がす。 「もう、あたしの気持ちに気づいてる癖に……雄真のいけず。」 「気づいてないし、気づいててもお前はオトコ!」 「……抱きつく動作見せても、止めなくなったのに?」 「!?」 そ、そう言われたらそうだ……。 抱きつかれてから引き剥がしてるけど、抱きつかれる前に止めれば良かったんじゃ!? 「ほーら、徐々に雄真もあたしの領域に入りつつあるのよ……。」 「うわあああ、ソレは嫌だぁぁぁぁぁっ!!」 「嫌よ嫌よも好きのうち、って言うわよね、雄真♪」 ぎゅっ。 「ほら、抱きつくまで気づかないっ。」 「うわあああああっ!?」 「うふふふふ、その内雄真もあたしを受け入れて、甘い一時を一緒に過ごすのよ?」 「そ、それは全力で遠慮するぞっ!」 「あら、そうかしら?  ……すでに引き剥がすのも忘れているのに?」 「っ!?」 慌てて離れようとするけど、何故か離れられない。 「無理無理、あたしに捕らえられたら、もう逃げられないわよ♪」 「な、何故だっ!?」 「そりゃあ……伊達に鍛えてないもの♪  運動と美容って繋がってるし、身を護るのにも役立つし。」 「ぬがああああっ!離れろ準っ!!」 「い・や♪愛しい雄真にたっぷりとハグしちゃうっ。」 「ぐおおおおおっ!?」 暫く、抱きつかれた俺と抱きついた準で争いを繰り広げていたが。 「……く、くそう……。」 「ようやく諦めた、雄真?」 「くぅっ……。」 全然外れない。ってか外れそうになっても、準の巧みな動きで再び捕らえられる。 「もう、雄真が嫌がりさえしなければ、こんなに無理して捕まえないのに。」 「オトコに抱きつかれるのを喜ぶ奴は居ないっ。」 「あら、外見上はオンナノコなんだから、全然大丈夫よ。」 「俺はお前をオトコと知ってるだろ。」 「雄真ってば、しぶといんだから……。」 すっ。 準の抱擁が解かれる。 「雄真に嫌われちゃ意味無いから、今日は許してあげる。  ……でも、絶対に堕としてあげちゃうんだから。覚悟してね♪」 「……絶対に負けるもんか。」 「と言う訳なので、こちらは終わりましたよ、小雪さん。」 「え?」 振り向くと、其処にはにこにこ顔の小雪さんが。 「準さん……ナイスファイト、です。」 ぐっ。 「はい、小雪さん。」 ぐっ。 互いにサムズアップ(手の親指を立てるアレ)をする二人。 ……こ、この二人は。 「で、ずっと俺が暴れるのを見て楽しんでたんですね……小雪さん。」 「いえいえ、準さんが雄真さんを攻略されているのを、邪魔するのは……同じ乙女として、  出来ませんから。」 「ほら雄真、あたしは乙女なのよ?」 きゅぴーん。 目が光る二人。 ……乙女どころか、どっちもトップレベルで『黒い』策士の癖に。 「……ゆーうま?」 「……何か、悪い事を考えられましたね?」 「い、いえ、そんな事は決して!?」 にっこり。 いい笑みを浮かべる二人。 そして。 「タマちゃ……じゃ無かった、準さん、ごー!」 「あいあいさー!」 「うわああああっ!?」 「すももさん、伊吹さん。敵陣から見事、雄真さんをゲットです。」 「よくやった、小雪。見事だ。」 「やりました、兄さんを手に入れましたよ!」 準に捕らえられた俺は、そのまま反対側……小雪さん達の方に連れて来られていた。 「さぁ兄さん、ここに座って下さい!」 「うむ。グラウンドがよく見えるぞ。」 そして、当たり前のようにすももと伊吹が両隣の席を確保。 ぎゅ。 ぎゅ。 「やっぱり抱きつかれるのか……。」 「当然です!姫ちゃんや杏璃さんの胸の大きさに惑わされた兄さんを、正気に戻すんです!」 「正気って……。」 「嫌とは言わせぬぞ、小日向雄真?」 どちらも聞く耳を持たないらしい。 「……小雪さんと準はどうするんだ?」 「いえいえ、私達は結構です。やはり、此処はすももさんと伊吹さんのお力が必要ですから。」 「うんうん。すももちゃんと伊吹ちゃんで、雄真をメロメロにして頂戴。」 にやり。 二人していい笑みを浮かべる。 ……まだ何か企んでるな、この二人。 こうもあっさり引き下がる筈が無い。 「……ふむ。どうやら2年の女子が始まるようだな。」 「あ、姫ちゃんが居ますよ。」 「ん?」 見てみると、春姫がスタートラインに居た。 ……そう言えば、春姫って運動も出来るんだよなぁ。 『よーうい』 パーン! 合図と共に、選手が一斉に走り出す。 が……やっぱり春姫が速い。後続をどんどんと引き離していく。 そして、一番最初に到着した春姫が、紙を一枚選び、中身を見る。 「……っ。」 ぼんっ。 紙を見た瞬間、春姫の顔が真っ赤になる。 だが、それも一瞬で、春姫は自分の席の方を見て。 「居ない!?」 珍しく、叫び声を上げた。 ……って、もしかして、探してるのって……。 ぐるり。 身体ごと、向きをこちらに変える春姫。 「………。」 にっこり。 そして、いい笑顔で微笑んだ。 ……ただし、やっぱり目は笑ってない訳だが。 「に、兄さん……。」 「……何だ?」 「……怖いです。」 「……怖いな。」 すももと恐怖を分かち合っている間に、春姫は猛スピードでこちらまで駆け抜け。 「どうしてこっちに居るのかとか、色々聞きたいけど……ちょっと、来てもらえるかな?」 「……俺、だよね。うん。」 「すももちゃんも、伊吹ちゃんも……いいよね?」 にっこり。 「も、勿論です姫ちゃん!」 「き、競技ならば仕方無いな!うむ!」 あっさりと俺から離れる二人。 ……まぁ、今の春姫を見たら、そうするよな。 「ありがとう。……それじゃ行こう、雄真くん!」 「ああ。」 そのまま、春姫と俺はゴールへと一直線。 他の選手を大分引き離したまま、一位でゴールした。 『一位でゴールしたのは、学園のアイドル、神坂春姫選手。  お相手は……あら、また貴方ですか?』 「は、はぁ……。」 非常に気まずい。 すももと言い伊吹と言い、実はかなり人気のある女の子……らしい。ハチ曰く。 なのに、今度は学園のアイドルである春姫と一緒だもんなぁ……。 『それでは、神坂さんの引いた紙を確認してみましょう。  内容は……あらまぁ、「貴方の好きな人」ですか』 ざわっ。 全校生徒から、ざわめきが起きる。 「は、はいっ。  小日向くん……いいえ、雄真くんは……私が、大好きな人です。」 顔を赤らめつつ、笑みを浮かべる春姫。 『さて、審査員の先生方、如何でしょうか?』 「んー、言葉だけだったら、好きなように言えるのよねー。」 「は?」 いきなり何かとんでも無い事を言い始めるかーさん。 「そうね……本当に大好きなら、何か証拠を見せて頂戴?」 「せ、先生!?」 しょ、証拠って? 「例えば……そうですね、キスなんてどうかしら?」 「はぁっ!?」 ナニを言ってるんですかゆずはさん!? 「ちょ、ちょっと待て!  幾らなんでも、そんな無茶苦茶な……。」 「ゆ、雄真くんっ。」 くいっ。 俺の袖を、春姫が引っ張る。 「春姫からも何か言ってくれ!  流石に、コレはちょっとやりすぎだ!」 「……いい、よ?」 「……ナンデスト?」 だが、当の本人は、何故か頬を赤らめつつ。 「こ、言葉だけだったら、幾らでも言えるし……。  やっぱり、ちゃんと態度で示すべきだと思うの。」 「……本気?」 「……うん。」 頷く春姫。 ……つまりは、みんなが見てるこの場所で、春姫にキスをされろと。 そう言う事ですか。 「……嫌?」 じー。 ……ああもう。だからそんな目で見たら逆らえないんだってば。 「……いいよ。  それで、証明になるって言うんだったら。」 そう言って、おれは春姫の方に頬を向ける。 ほっぺにキスすれば、それで証明になるだろう。 ……だが、俺の考えは甘かった。 「雄真、くんっ。」 すっ。 春姫の手が、俺の首に回され。 「んっ……。」 「んんっ!?」 俺は、春姫と唇を重ねていた。 そして、暫くの間、そのままキスを続け。 「……んっ。」 「……ん。」 ようやく、永いキスが終わった。 「は、春姫……?」 「……き、キスって言ったら、唇と唇、だから……。」 真っ赤な顔をしながら、俺を見上げる春姫。 ……いや、まぁ、そうなんだけどね。 『さて、私もビックリしてしまいましたが……審査員の先生方、どうでしょうか?』 「文句無いわ。アツアツね〜。」 「ええ。神坂さんがどれだけ大好きか、十分に理解できたわ。」 「ふふ、少々羨ましいぐらいですね。」 ○のプラカードが三つ上がる。 『はーい、神坂春姫さん、合格です!』 「ありがとうございます!  ……やったよ、雄真くんっ!」 嬉しさの余りか、俺に抱きつく春姫。 「……よ、良かったな、春姫。」 春姫を抱きしめつつ、俺はこの後の展開を考え……内心冷や汗が止まらなかった。 「た、ただいま戻りました……。」 「「……。」」 ぎろり。 無言のまま、俺を睨むすももと伊吹。 すももはまだしも、伊吹は元々の雰囲気も加わって……かなり怖い。 「なにか、言う事がありますか……兄さん?」 「我も鬼では無い。言う事があったら、聞いてやろう。」 ……すでに目の前に、鬼が二人居るんですが。 まあ、言ったらそれこそ本当に鬼になるので言わないけど……。 「……どのようにしたらお許しいただけるでしょうか。」 「つまり、兄さんはお詫びをする気があるって事ですね?」 「その通りでございます……。」 自分の妹に敬語を使う兄。なんとも情けない。 「……どうしましょう伊吹ちゃん。」 「ふむ、様子を見る限り、反省しておるみたいだが……。」 ぼそぼそと、相談を始める二人。 「それでしたら、私に良い考えがあるのですが……。」 「……げ。」 背後からの小雪さんの声に、思わず苦い顔をしてしまう。 ……一体何を言うつもりだろう。 「お昼の時間、雄真さんには一緒に食べていただくと言う事で……どうでしょうか?」 「……うーん。」 「……その程度で許すのか?」 あまり乗り気で無い二人。 「良く考えてみて下さい。お昼の時間、恐らくは激戦になります。  きっと皆さんが、雄真さんと一緒のお昼を……と考えられるでしょうから。」 「なるほど……。」 「一理あるな。」 「そこで、雄真さんが自ら、『俺は向こう側のみんなと一緒に食べるんだ』と言えば、  万事解決です。  それはもう……あーんしたり、膝枕したり、もしかするともっと凄い事も……うふふふふ。」 囁くように呟く小雪さん。 「……兄さんに、あーん……。」 「ひ、膝枕か……ふ、ふふふ……。」 案の定、見事に洗脳される二人。 ……そして、やはり二人は気づいていない。 『向こう側のみんな』と小雪さんが言った事を。 つまりは……小雪さんも俺と一緒に食べれるのだ。 「そうしましょう伊吹ちゃん!兄さんとラブラブお昼です!」 「うむ!小雪、お主の案を採用するぞ!」 「はい、良かったです。」 にっこりと微笑む小雪さん。 そして……こっそりと、俺にピースサイン。 「と言う事だから、ちゃんと向こう側に説明するのよ、雄真?」 「って、お前は向こう側の人間だろうが準!」 「あら、あたしは今回の活躍により、こちら側のおこぼれに預かれる事になってるもの。  ねー?」 「はい、準さんは私達と一緒にご飯ですよ〜。」 「良い働きをした者には、それだけの褒美が必要だからな。」 ううっ、ようやく落ち着けると思ったのに……。 「あ、次は杏璃ちゃんの番ね。」 準の声に、みんながグラウンドに目をやる。 「杏璃さん、速そうですよね。」 「……どうなのだ、小日向雄真?」 「うーん……運動神経は、結構良さそうなんだけどな。」 そんな事を言ってる内に、杏璃達がスタート。 ……やっぱり杏璃が速い。春姫よりも、もしかしたら速いかもしれない。 あっと言う間に紙の置かれた場所に到着し、その中から一枚を選ぶ。 「……。」 ぼんっ。 一瞬で、顔が真っ赤になる杏璃。 そして、何故か立ち尽くしてしまう。 「な、何だ?どうしたんだ?」 その間にも、どんどん後続がやって来て、紙を引いていく。 「……っ!?」 ようやく、杏璃が現状に気づいたらしい。 慌てて、駆け出す……んだけど。 「またこっちに向かって来るのは何でだ……。」 「……にーいーさーんー?」 「……小日向雄真?」 「俺を睨んでも仕方無いだろ!?」 俺だって聞きたい。どうなってるのかを。 ……いや、聞こうと思えば聞けるんだろうけど。 ちらり。 「……どうかされましたか?」 「……何でもありません。」 小雪さんに聞くのが怖くて、聞けません。 そうこうしている間に、杏璃は俺達の目の前へ。 「さぁ雄真、あたしと行くわよっ!」 「また俺かっ!?」 「アンタに決まってるでしょ!つべこべ言わず、来なさいっ!」 ぐいっ。 杏璃が俺の腕を取る。 「さぁ行くわよ雄真!ちゃんとついて来なさいよねっ!!」 「そう思うならスピード落とせ!」 お互いに文句を言いつつも、手を離さないのはお約束。 そのまま、杏璃が遅れを取り戻し、一位でゴール。 『さて、逆転劇を見せてくれたのはカフェテリア『Oasis』でおなじみの  看板ウェイトレス、柊杏璃さん。  そして……』 そこで、アナウンス担当は俺をちらり、と見て。 『……もう突っ込むのは止めにしたいと思います』 「悪かったな。ってか、俺だって何故か聞きたいんだっ!」 魂の絶叫。 だが、杏璃もアナウンス担当もあっさりと俺を無視。 『それでは、紙を拝見したいと思います』 「……あ、うん。」 それまで強気だった杏璃が、突然大人しくなる。 ……なんだ? 『えーと、紙の内容は……「もし貴方がメイドさんだとして、お仕えしたいご主人様」ですか』 「な、なんだそりゃ!?」 どんな内容だ、それは……。 『つまり柊さんは、小日向雄真さんに少なからず好意を……?』 「あ、そのっ……。」 ぼそぼそと呟く杏璃。 でも、その顔は真っ赤で……何も言わなくとも、分かる。 『さて、審査員の先生方、如何でしょうか?』 「んー……杏璃ちゃんが雄真くんが大好きでラブラブなのはすっごく伝わるんだけどー。」 「ら、ラブラブってかーさん……。」 「ほら、今回は『ご主人様』だから……ねぇ?」 そこまで言って、かーさんは先生の方を見る。 「そうね……此処は一つ、柊さんが雄真くんに『ご主人様』って言って貰えばいいかしら?  ただ言うんじゃ無くて、雄真くんがドキドキしちゃうぐらいの言葉付きで。  ……どう、ゆずは?」 そして、先生はゆずはさんに視線を向け。 「あらあら、可愛らしくていいですね。  ……是非見てみたいです。」 「って、それは自分が見たいだけじゃ無いんですかゆずはさんっ!?」 思わず突っ込む俺。 「ち、違いますよ。これはちゃんとした確認の為であって、決して私が見たい訳では……。」 「……訳では?」 「……さあ柊さん、思い切ってどうぞ。」 「ゆずはさん……。」 やっぱり見たいんじゃないか。 しかも、ドキドキする言葉つきって……どんなのだ? 「ゆ、雄真っ。」 ぎゅっ。 杏璃が、俺の胸に飛び込んでくる。 とっさに、俺は杏璃を抱きとめる。 「杏璃?」 「……あ、あのね?」 そこで、杏璃は一旦間を置き。 「あ、アタシは……ご主人様に仕えるメイドです。  どのような事でも……ご主人様が仰るなら、喜んで従います。  ですから……アタシを、何時までもお傍に置いて下さい。  そして、ずっと……アタシを、杏璃を、可愛がって下さい。  ……お願い、雄真っ……。」 「あ、杏璃っ……。」 目を潤ませつつ、俺にしなだれかかる杏璃。 その可愛らしさ、愛しさに、くらっ、と来る。 「……ああ。こんな可愛い杏璃を、手放す訳無いだろ?  むしろ……俺がお願いしたいぐらいだ。」 「……ホント?」 「嘘言ってどうする。……ずっと、一緒に居てくれ、杏璃。」 「雄真ぁ……。」 すっ。 杏璃が目を瞑る。 俺は杏璃の頬に手をそれ、そのまま――。 「……ん。」 「んっ…。」 軽く唇に触れる程度のキス。 そして、杏璃を抱き寄せる。 「……雄真、大好き。」 「……ああ。」 『……こほん』 「「っ!?」」 アナウンス担当の咳払いで我に返り、慌てて俺と杏璃は離れる。 『……そのまま見ていても面白そうですが、時間の関係上止めさせていただきました。  申し訳御座いませんが……それより後は、お二人の時にお願いしますね?』 「あぅっ……。」 「うっ……。」 俺も杏璃も、顔を真っ赤にして俯いてしまう。 『さて、審査員の先生方、どうでしょうか?』 「杏璃ちゃんてば情熱的で、かーさん熱くなっちゃった。」 「最後がご主人様、じゃ無くて雄真くんの名前を呼んでいたけれど……それもアリね。」 「まぁ、校内での交友は程々に、とだけは……仕方無く、学園長として、とりあえず言っておきますけど……。  可愛かったですよ、柊さん。」 全員○のプラカードが上がる。 ……と言うか、ホントは止めたくなかったんですかゆずはさん? 『はい、柊杏璃さん、合格です。おめでとうございます』 「あ、有難う、ございます……。」 まだ恥ずかしいのか、真っ赤な顔の杏璃。 ……そして、暫くして、何故かこちらを睨み。 「あ、アンタの所為だからね、雄真っ。」 「む、無茶言うなっ!?」 「アンタがあんな事言わなきゃ、こんな風にならなかったんだから。  しかも、全校生徒の前で……キスまで。」 「じゃあ、杏璃はキスするの嫌だったのか?」 「……そ、そんな事は無いわよ。  むしろ、雄真になら、もっといっぱい、キスして欲しいし……。」 ちらり。 こちらを見上げる杏璃。 ……いや、だからさ。その表情はワザとなのか、杏璃? 「杏璃……。」 ぐっ。 再び杏璃を抱き寄せる。 「……。」 何も言わず、目を閉じる杏璃。 そして――。 『……こほん。申し訳ありませんが、それ以上は此処ではご遠慮願えますか?』 「「っ!?」」 再びアナウンス担当に止められた。 「……ぷんっ。」 「……ふんっ。」 「ううっ……。」 席に戻った俺は、ずっとすももと伊吹にそっぽを向かれていた。 ……いや、それでも俺の両腕は二人に抱きしめられていたんだけど。 「なぁ、そろそろ俺の話も聞いてくれないか……?」 「ぷーん、ですっ。人前でキスしちゃう兄さんなんか知りませんっ。」 「って、お前遊園地での一件を忘れてないか?」 お前こそ、堂々と人前で俺にキス……しかもディープなのをしただろうに……。 「そんなの知りません。とっくに時効ですっ。」 「知らないのか時効なのかどっちだよ……。」 溜め息を付きつつ、今度は伊吹を宥めにかかる。 「なぁ、伊吹……。」 「ご主人様、などと言う言葉に惑わされよって……。」 「うっ。」 「……もしかして、お主……従わせる嗜好があるのか?」 「え?いや、そんなつもりは……。」 多分、無い。……無いと思う。 「……一瞬、迷ったな。」 「ち、違う!」 「……なら、だ。」 そこで、伊吹は俺を見上げ。 「わ、私が……ご主人様、と言って尽くすと言ったら……どうする?」 「……え?」 伊吹が? ちょっと想像してみる。 『……ご、ご主人様……くっ、恥ずかしいっ……。』 『あ、あーん、だ……わ、笑うなっ。いいから口を開け!』 『ちょ、ちょっと待て!身体を洗うのはお主だけだ!  私はお主を洗うのが役目で……ひゃんっ!?』 『……わ、分かった。小日向雄真が……いや、ご主人様が望むのなら……。  だ、だが……優しく、してくれ……。』 「……良すぎる。」 思わず、素直な感想を口に出してしまった。 「お、お主、何を想像したっ!?」 「え!?あ、いや、それは……。」 「言え!素直に全部白状しろ、小日向雄真っ!!」 「……い、言えるかっ!?」 「言えない事を考えたのかっ!?」 お互いに顔を真っ赤にしつつ、叫びあう俺と伊吹。 「あのー、上条さん、出番みたいだけど?」 「か、上条さんか……。」 「さ、沙耶の出番か……見なくてはなるまい。」 準の一言で、二人ともグラウンドの方に目をやる。 良かった、とりあえずは落ち着いたか……。 「……後で何を考えたのか、きっちりと問い詰めるからな、小日向雄真。」 ……本当にとりあえず、らしい。 とは言え、今考えた事を言ったら、本気で怒るだろうからなぁ……。 「ところで伊吹ちゃん、上条さんって、走るの得意なの?」 「そう言われてみると、私も沙耶が全力で走っているのは見た事が無いな……。」 「そうなのか?」 スタートラインに立つ上条さんを見つつ、三人で話す。 「でも、信哉の双子の妹って事は、意外と運動出来るかも……。」 「ああ、それは否定しない。……否定しないのだが。」 そこで、伊吹は頬を掻き。 「……沙耶は、ああ見えても意外とドジが多かったりするからな。  今回ももしかすると……。」 「「……え?」」 『よーうい』 パーン! 「きゃっ!?」 どしゃっ。 「……やったか。」 スタートの合図と共に、選手は一斉に走り出し……上条さんだけは、見事に転んでしまった。 それを見て、深く溜め息をつく伊吹。 「って、上条さん……。」 「ち、血が出てますよっ!?」 「む……。」 どうやら転んだ時に切ってしまったのか、上条さんの脚からは血が流れていた。 上条さんも顔を歪めている。 それでも一生懸命に走り、紙のあるところまで進み。 「……ぁ。」 こちら側……正確には俺を見つめ、走る……と言うよりは、早歩きで向かって来る。 遠くでは然程でも無かったように見えたが、近づくにつれ……傷が結構大きいのが分かった。 「い、伊吹ちゃん。上条さん、保健室に……。」 「連れて行きたいところだが……沙耶は頑固だからな。  競技を途中で抜ける事はするまい……。」 「……伊吹と一緒で、不器用って事か。」 そう呟きつつ、俺は席を立つ。 「流石にこの状況なら、手伝っても問題無いだろ。」 「……問題あったらどうする?」 伊吹の問い。 その問いに、俺は振り向く事無く。 「勿論、無視。」 そう言い残して、上条さんの方へと向かう。 「……兄さん、カッコいいです。惚れ直しちゃいます……。」 「……当たり前だ。小日向雄真なのだからな。」 「上条さん、大丈夫?」 「小日向様……。」 グラウンドの真ん中辺り。 俺は、上条さんのところへと駆け寄っていた。 「……結構酷いね。傷。」 「別にこの程度……痛くはありますが、競技が出来ない訳ではありませんから……。」 「うん。そうなんだろうけどさ……。  やっぱり、好きな女の子が痛そうな顔をしてるのを見て、ぼーっとする事は出来ないから。」 「小日向様……ありがとうございます。」 にっこりと微笑む上条さん。 「ところで……一応確認するけど、その紙の内容で探してたのって……やっぱり俺?」 「はい。小日向様です。」 「そっか。なら問題無し、っと。」 「きゃっ!?」 俺は有無を言わさず、上条さんを抱っこ……正確にはお姫様抱っこ、で抱きかかえる。 「こ、小日向様っ!?」 「上条さん、悪いけど少し大人しくしててね。」 そのまま、ゴールへ向かって歩き出す。 勿論、上条さんの身体を最大限に気遣いながらなので、遅いのは言うまでも無い。 他の選手が次々とゴールするが……まあ、どうでもいいか。 「あ、あの、小日向様……。」 「……上条さんの事だから、途中棄権なんてのは意地でもしないでしょ?」 「あ、う……。」 図星だったのか、俯く上条さん。 「ルール上は『一緒にゴール』なんだから、これでも問題は無い筈だよ。」 「で、ですが、これは……。」 「恥ずかしい?」 「……はい。」 「いや、俺も恥ずかしく無い訳じゃ無いけどさ。  ……今は、上条さんを早くゴールさせて、保健室に連れて行く事の方が大事だからね。」 そう呟きつつ、俺はゴールへと到着。 『上条沙耶選手、お姫様抱っこでゴールです。  それでは』 「……悪いんだけど。紙の確認とかは勝手にしてくれ。  こっちはそれよりも上条さんを保健室に連れて行かなきゃ。  上条さん、紙渡して。」 「は、はいっ。」 アナウンス担当の生徒に、上条さんが紙を手渡す。 「じゃあ、そう言う事で。」 そのまま、俺は上条さんを抱きかかえたまま、保健室へと急いだ。 『……えーと。どうしましょう、審査員の先生方?』 「とりあえず、紙の内容は?」 『は、はい……「愛する人」です』 「……ばっちりじゃない。ねぇ、鈴莉?」 「そうね。雄真くん、ちょっと怖いぐらいに目が本気だったもの。」 「……異議無し、ですね。」 『りょ、了解しました』 「本当にありがとうございました、小日向様。」 「いいって別に。当たり前の事をしただけだし。」 保健室に上条さんを連れて行った俺は、そのまま上条さんの手当てをして、 自分の席に戻っていた。 「上条さん、傷はどんな具合なの?」 「いえ、本当に大した事無いですので……。」 「それなら良かったけど……無理しちゃ駄目よ。」 「ありがとうございます、神坂様、柊様……。」 心配してくれる二人にも、頭を下げる上条さん。 「……でも、ちょっと上条さんが羨ましいかな。」 「お姫様抱っこ……ねぇ雄真、今度あたしにもお願いね?」 「いや、アレは脚の傷を考えたらの事であって……。」 「じゃあ、傷が無ければ上条さんをお姫様抱っこしたくは無いの?」 「え?」 杏璃の問いに、ふと、さっきの状況を思い出す。 「……上条さんの身体、柔らかくてすべすべだったなぁ。」 「こ、小日向様っ……。」 「……はっ!?」 どうやら口に出していたらしく、顔を真っ赤にして俯く上条さん。 そして。 「……そんな事考えてたんだ、小日向くん?」 「随分と余裕なのねぇ……雄真?」 どうやらお怒りの様子の春姫。『小日向くん』と呼んでるし。 そして左拳を握り、笑みを向ける杏璃。 「……ごめんなさい。」 「今度、私もお姫様抱っこしてくれるなら許してあげる。」 「勿論、あたしもね、雄真。」 「……了解です。」 あ、そう言えば。 「結局、上条さんの紙の内容って何だったんだ?  俺、保健室に行っちゃったから、知らないんだけど……。」 「!?」 「えっとね、雄真くん、上条さんの紙には」 「か、神坂様っ!?」 ぎゅっ。 「むぐぐっ!?」 春姫の口を、背後から上条さんが手で塞ぐ。 「は、恥ずかしいですから!言わないで下さい!」 「む、むぐーっ!?」 「……そんなに変な内容なの?」 「い、いえ!決してそう言う訳ではありません!」 「むぐぅっ!」 春姫が、杏璃を目で見る。 ……あ、この後の展開が読めた。 「……そうよね。だって上条さんの内容は、『愛する人』だったんだもの。」 「柊様っ!?」 あっさりと内容を口にする杏璃。 ……やっぱりこうなったか。 「そうだったんだ……。」 「うっ……。」 俺の目線を受け、顔を真っ赤にする上条さん。 「その、ちょっと恥ずかしいけど……嬉しいかな。」 「……本当ですか、小日向様?」 「勿論。上条さん程の可愛い女の子に慕われて、嬉しくないなんて事は無いよ。」 「か、可愛いだなんて、小日向様っ……。」 ぎゅーっ。 「むぐぐーーーっ!?」 「あ……す、すみません神坂様っ!?」 照れた上条さんが、自分の手に力を入れる。 ……当然、その手は春姫の口を更に締め付けた訳で。 「……酷いよ、上条さん。」 「す、すみませんっ……。」 涙目で訴える春姫と、平謝りをする上条さん。 まぁ、春姫も本気で怒ってる訳じゃ無いみたいだけど。 ……しかし。 「意外と、上条さんっておっちょこちょいだったのか……。」 「……あたしも結構そうだと思ってたけど、上条さんも結構そうみたいね。」 「……自覚あったのか。」 「……殴るのと魔法と、どっちがいい?」 「杏璃のその台詞は『両方』って意味だろ。」 「あら、察しがいいじゃない?」 にっこり。 「……悪かった。」 「気をつけなさいよ、もう……。」 ぎゅ。 春姫と上条さんをよそに、俺に寄りかかる杏璃。 「ま、たっぷりと甘えさせてくれる事で許してあげる。」 「いつも甘えてるだろ。」 「……じゃあ、いつも以上に甘えても……いい?」 じー。 俺を見上げる杏璃。 ……いかん。この目線はどうやっても抗いきれない。 「ほ、程々にな。」 「うんっ。」 きゅ。 「……お前の程々って言うのは、俺の腕を抱きしめる事を言うのか。」 「何よ……これくらい当然でしょ。」 「ま……今更だし、いいけど。」 ……本当に、今更だしなぁ。 「……小日向くん?」 「……小日向様?」 じろり。 ……そして、杏璃を構うと春姫と上条さんに睨まれるのも、今更か。 「「……。」」 反対側からは何か物凄い気配がするし。 恐らくは、『なんでそっち側に戻ってるのか?』って事なんだろうけど……。 ……って、あれ? 「反対側に、小雪さんが居ないな……。」 「そりゃ当然よ雄真。だって次、3年女子の番よ?」 「……当たり前の様に背後に居るんだな、準。」 「愛しい雄真の傍には、必ずあたしが居るのっ。」 微笑む準。 ……準の場合はどちらかと言うと、自分の所に俺を無理やり引き寄せてるような 気がしないでも無いんだが。 「雄真くん、次、高峰先輩だよ。」 「ホントだ。」 春姫の声で、みんながグラウンドを見る。 そこには、小雪さんが……のほほんと突っ立っていた。 みんなは、走る準備してるのに。 「……や、やる気が感じられないわね。」 「き、きっとすでに準備を終えられているのでは……?」 苦笑いの杏璃と、フォローをする上条さん。 そんなこちら側を他所に。 『よーうい』 パーン! とてとてとてとて。 「……えーと。」 「高峰先輩……走ってる……んだよね?」 「……こ、小雪さん的には走ってるんじゃ無いかしら。多分だけど……。」 どう見ても早歩きにしか見えない。 ……いや、一応頑張っているようにも見える、けど……。 とてとてとてとて。 「……いやまぁ、小雪さんらしい、と言えばそうなるけど……。」 颯爽と走る小雪さんって……想像出来ないし。 勿論、他の選手の方が早く紙置き場に到着して、小雪さんは最後に残った紙をゲット。 「……。」 紙の内容を確認し、またさっきの走り方……と言うか、歩き方でこちらに向かってくる。 「……もしかして、また雄真くん?」 「最初に仕組まれた、と言っておられましたから……恐らくそうでは無いかと。」 「今度は一体どんなので俺は連れて行かれるんだ……?」 そんな俺の不安を無視するかのように、小雪さんが俺のところまでやってきた。 「参りましょうか、雄真さん。」 「……分かってはいましたけど、やっぱり俺ですか。」 「はい、勿論雄真さんです。」 にっこりと微笑む小雪さん。 「と言う訳で、雄真さんをお借りしますが……よろしいですよね?」 「……変な事しませんか、高峰先輩?」 「あらあら、変な事とは……具体的に、どのような事でしょうか、春姫さん?」 「そ、それは、そのっ……色仕掛け、とか……。」 「まぁ……頬じゃ無くて唇にキスをした春姫さん、何か仰いましたか?」 きゅぴーん。 「あぅっ……。」 光る小雪アイ。 そして、痛いところを突かれ、顔を真っ赤にする春姫。 まさに薮蛇。 「あらあら、初心で可愛いですね、春姫さん。」 「……って小雪さん、春姫を苛めてどうするんですか。」 このままだとずっと続きそうだったので、小雪さんに突っ込む。 「……そうでした。それでは行きましょうか、雄真さん。」 「お手柔らかにお願いします……。」 「はい、勿論です。」 ぎゅ。 ぷにゅん。 言葉とは裏腹に、小雪さんが俺の腕に抱きつく。 そして、俺の腕には小雪さんの大きな胸の感触が……。 「こ、小雪さんっ……。」 「……お願い、一つ目です。」 「な、ナンデスト?」 「このまま、ラブラブでゴールして下さいね……雄真さん?」 じー。 俺を見つめる小雪さん。 ……策略だと分かっていても、逆らえない俺が憎い。 「了解しました……でも、お願いは残り二つですからね?」 「はい。分かってますよ……うふふ。」 そして、抱きついた所為で更に俺と小雪さんの歩みは遅くなる訳で。 ……まさに、みんなに見せ付けるかの如く、ゆっくりと俺達はグラウンドを歩く。 「「「……。」」」 じろり。 「「……。」」 じろり。 「……どっち側からも視線が痛いですね。」 「そうですか?別に私は何ともありませんよ?」 ぴと。 俺の肩に頭を乗せる小雪さん。 もう完全に、俺に密着です。 「「「「「……。」」」」」 ぎろり。 ……ああ、両側からのプレッシャーが一段と強く。 「……そんなに俺を苛めて楽しいですか、小雪さん。」 「雄真さんですから。」 「そうですか……。」 そうだった。 この人は、こう言う人だったよ……良くも悪くも。 そんなこんなで、一番最後に俺達はゆっくりとゴール。 『さて、最後にゴールしたのは高峰小雪選手。  言わずとしれた高峰ゆずは学園長の娘さんであり、その占いは不幸を呼ぶと』 「あらあら?」 きゅぴーん。 『……そ、その占いは非常に高確率で当たると評判であり、カフェテリア『Oasis』の  一角で占いを行っているのは皆さんもご承知の通りだと思います』 引きつった笑みを浮かべ、小雪さんの説明を続けるアナウンス担当。 ……逃げたか。 『それでは、紙の内容を確認させて頂きます』 「はい、どうぞ。」 小雪さんが紙を手渡し、アナウンス担当が紙の内容を確認する。 『……へ?』 アナウンス担当の動きが止まる。 そして、首をぎぎぎ、と機械のように捻り、審査員席の方に目をやる。 『……読んで、いいんですか?』 「って言われても……かーさん達、紙の内容知らないし。ねー?」 「ええ。それに競技なのだから、読んでも問題無いでしょう?」 言葉を返すかーさんと先生。 「……。」 きらんっ。 ぐっ。 無言で何故かサムズアップをするゆずはさん。 ……ああ、ゆずはさんの目も怪しく光っている。 これは、ゆずはアイとでも呼べばいいのか? と言うか……もしかして紙の内容を知ってるんですかゆずはさん? 『じ、じゃあ、読み上げます……高峰小雪さんが持ってきた、紙の内容は……』 暫しの沈黙。 学園の全生徒、教師が注目する中、アナウンス担当が読み上げた言葉は。 『……「婚約者」、です』 「……は?」 なんですって? ……ああ、おでんには欠かせない、アレですか? 「それはこんにゃくです。惜しいですね。」 「……って、人の心に突っ込み入れないで下さいよ小雪さん。  と言うか、何でむぐぅっ!?」 「あらあら雄真さん、照れているのですか?」 突っ込みを入れようとした俺は、それより早く小雪さんに口を塞がれた。 そして、小声で囁かれる。 「……お願い、二つ目です。」 「むっ!?」 「嘘でも構いませんから、今だけ合わせて下さい。  ……それとも、嘘でも私と婚約者になるのは……お嫌ですか?」 寂しそうな目で俺を見つめる小雪さん。 ……うう。そんな目で見ないで下さい。 「むぐぅ……。」 「……。」 じー。 「……むぐ。」 小さく、小雪さんに頷く。 ……負けました。どうも、俺は見つめられるのに弱いらしい。 「ありがとうございます、雄真さん。  ……大好きです。」 小さく微笑む小雪さん。 そして、俺の口を塞いでいた手をどける。 『あの、この紙で連れて来たのが、彼と言う事ですが……』 会話が終わったと判断したのか、アナウンス担当が話を進める。 そこで、アナウンス担当は俺をじろり、と睨み。 『……相当の女誑しですね』 「そ、そんな事は、無い……と思っているのですが。」 「そうですよ。雄真さんは、私の婚約者、ですから。  ……ね、雄真さん。」 すっ。 にっこりと微笑みながら、小雪さんが俺に抱きつく。 「そ、そうですね……小雪さん。」 「……。」 じー。 不満そうな目で俺を見つめる小雪さん。 ……えっと、俺は何かマズイ事をしましたか? 「呼び捨てですよ、雄真さん。」 小さな声で俺に囁く小雪さん。 ……そ、それはちょっと。 「小雪、です。」 じー。 「……そ、そうだな……小雪。」 「はい、雄真さん。」 にっこり。 俺に呼び捨てにされ、嬉しそうに微笑む小雪さん。 ……ちょっといいかも。 『ええっと、審査員の先生方……どうしましょうか?』 助けを求めるかのように、アナウンス担当が問いかける。 ……が。 「ゆ、ゆずはちゃん、コレはどう言う事!?」 「そうよゆずは!私、何も聞いて無いわよ!?」 「あらあら、音羽さんも鈴莉さんも落ち着いて下さい。  生徒の前ですよ?」 ゆずはさんに言い寄るかーさんと先生。 悠然としているゆずはさん。 ……な、なんなんだコレは? てっきり、三人とも共犯だと思ってたのに? 「あ、あの、小雪さん?」 「……。」 ぷいっ。 そっぽを向く小雪さん。 ……どうしても呼び捨てじゃ無いと駄目って事ですね。 「……小雪。」 「なんですか、雄真さん?」 「今回って、三人とも共犯じゃ無いの?」 「途中まではそうです。  でも、最後は美味しい所を持っていくのが、策略の基本であり醍醐味ですから。」 つまりは、この部分はかーさんも先生も知らなかった、って事か。 「……言われてみれば、観覧車の時もそうでしたね。」 「はい。……思い出すと、やはり照れてしまいますね。」 「うっ……。」 頬を赤く染めてはにかむ小雪さん。 それを見て、俺もつられて赤くなってしまう。 「……でも、この事態、収拾付かないんじゃ?」 「大丈夫ですよ。お母様ですから。」 ちらり。 小雪さんが、審査員席を見る。 つられて、俺も見てみると。 「……如何ですか?」 「そう言う事なら……鈴莉は?」 「本当に、これ以上何も企んで無いでしょうね、ゆずは?」 「……うふふ。」 きらりっ。 「……非常に怪しいけど、今回は引いてあげる。」 「はい、それでお願いしますね。」 うふふふふ、と凄く嫌な笑みを浮かべる三人。 ……なんか、お互いがお互いを信用して無いような。 「流石はお母様。見事な纏め方です。」 「そう見えますか、アレ……?」 「音羽さんと御薙先生を対立させてますから。  これでますます、お母様が策略をし易くなっていますよ。」 「……そう言う事ですか。」 うーむ、流石は小雪さんのお母さん、って事か。 『あの、えーと……』 置いてきぼりのアナウンス担当。心なしか寂しそう。 「あら、ごめんねー。こっちの話は纏まったから。」 かーさんが、声を掛ける。 『そ、そうですか……では、如何でしょうか、審査員の先生方?』 「今回は小雪ちゃんに免じて、かーさん許してあげちゃいます。  ……でも、今回だけね?次はすももちゃんなんだからっ。」 「音羽に同じ。  ……あら、私は誰を推せばいいのかしら?」 「小雪さん、見事に雄真さんを陥落しましたね。私は嬉しいです。」 全員が○のプラカードを上げる。 ……いや、とりあえずかーさんとゆずはさんには突っ込みたいんですけど? 『よ、よく理由や意見が分かりませんが……高峰小雪さん、合格です』 「はい、ありがとうございます。」 そして。 「いっぱい、幸せにして下さいね……雄真さん。」 俺の顔を見て、問いかける。 「……勿論です。一緒に、幸せになりましょうね……小雪。」 「はい。一緒に、ですね。」 俺の返事を聞き、小雪さんは嬉しそうに微笑んだのだった。 「……さーて、申し開く事があったら今のうちに言っておきなさい、雄真?」 「……素直に言ってくれないと、もしかしたら怒っちゃうかも。」 ごごごごごごごご。 ああ、何故かこっち側にも鬼が居る……。 「あ、あの、きっとこれも小雪様の策略かと思うのですが……。」 事情を冷静に判断している上条さんが、鬼となっている杏璃と春姫を宥めようとする。 「それは分かってるけど……でも、やっぱり納得行かないわ!」 「とっさの嘘なのは分かるけど、それでもみんなの前で『婚約者』って言われたら……  怒っても仕方無いよね、小日向くん?」 「ううっ……。」 全く反論できません。 「それに上条さん……上条さんは怒ってないの?」 「それは、その……。」 春姫の問いに、上条さんの動きが止まる。 「そうよ上条さん。いつも優しいだけじゃ、雄真が付け上がるわよ?」 「……。」 杏璃の言葉に、上条さんが俯く。 そして。 「……そうですね。」 「え?」 ごごごごごごごごごごごご。 「殿方として小雪様をかばったとは言え、やはりあの嘘は宜しくないと存じます。」 「あ、あぅ……。」 更に、鬼が一人増えてしまいました。 ……どうしよう。 ただでさえこの状態なのに、『お昼は向こうで食べます』って言わないといけないんだけど……。 「……小日向くん?」 「ゆーうーまー?」 「……小日向様。」 「うううっ……。」 前方からの物凄いプレッシャーに、どんどんと追い詰められる俺。 「まぁまぁ三人とも落ち着いて。  別に雄真を取られた訳じゃ無いんだから。」 「だけど、準さん……。」 「そーよ準ちゃん。コレは納得行かないわ!」 「そ、その通りです。」 「あら、『婚約者』って言っても、小雪さんが勝手に名乗ってるだけでしょ?  だったら、みんなも雄真の『婚約者』って名乗ればいいじゃない。」 「な、何!?」 突然準が、とんでもない事を言い出した。 「ゆ、雄真くんの……婚約者……。」 「わ、悪くないわね……。」 「……こ、小日向様の婚約者……。」 準の言葉に、顔を赤くして動きを止める三人。 なんか、目線も若干怪しい。何処見てるんだみんな? 「そして何好き勝手言うかな準。」 「あたしは雄真のピンチを救ってあげただけじゃない。  雄真ってばひどーい。」 「この収拾を付けないといけない俺の身にもなってみろ!」 ああもう、どうしよう……。 とりあえず、トリップしてる三人に声を掛けよう。 「あの、みんな?」 「……はっ!?  な、何かな雄真くん?」 「あ、あたしは別に普通よ?」 「いや、誰もそんな事聞いてないぞ。」 どうやら、無事現実世界に帰って来たっぽい。 婚約者騒動も忘れてるみたいだから、このまま話を進めよう。 「えーと、もうすぐお昼、なんだけど……。」 「あ、あのね、雄真くんっ!」 きらーん。 春姫の目が光る。 ……もしかして。 「雄真くんの為に、お弁当作ってきたの。  良かったら……一緒に、どうかな?」 「え、ええっと……。」 「ちょ、ちょっと春姫!  お弁当なら、あたしも作って来たんだから!」 「「ええっ!?」」 驚きの表情を見せる俺と春姫。 「……その驚きはどーゆー意味なのかしら?」 「ど、どうって……なぁ、春姫?」 「え、ええっと……どうなのかな、雄真くん?」 以前の惨状を知っているだけに、何とも言いがたい。 「あのね、あたしだってちゃんと料理の特訓をしたのよ。  ……そりゃ、春姫には見劣りするだろうけど。  そ、その分、いっぱいあたしの愛が詰まってるんだからっ!!」 ずいっ。 顔を真っ赤にしつつ、杏璃が俺に弁当箱を差し出す。 「ゆ、雄真……一緒に食べてくれる?」 「ず、ずるい杏璃ちゃんっ!」 すっ。 杏璃に触発され、春姫も俺の前に弁当箱を差し出す。 「雄真くん……私と、一緒にお昼、どうかな?」 「あー、いや、その……。」 非常に気まずい。気まずいけど……約束は、向こうが先だから。 「ごめん。実は……お昼は、向こうのみんなと一緒に食べるって、  すでに約束してるんだ……。」 「え……?」 「そ、そうなの!?」 呆然とする春姫と、ビックリする杏璃。 「ああ。二人の気持ちは、凄く嬉しいんだけど……。」 「……うん。なら、仕方無いよね。」 「そっか……先に約束してるんじゃ、そっちを優先しなきゃ駄目よね。」 「本当に、ごめん。」 「ううん、いいの。  ……でも、ちょっと羨ましいかな。」 「ま、まぁ……でも仕方無いわ。  こうなったら、一緒に食べましょ、春姫!」 「……うん、杏璃ちゃん!」 良かった。どうやら、納得してくれたようだ。 「……あの、小日向様。」 「ん?」 後ろで話を聞いていた上条さんが、俺に声を掛ける。 「約束されたのは、『向こう側のみんなと一緒に食べる』と言う事ですよね?」 「そうだけど?」 「……やはり、小雪様ですか?」 「……ばれた?」 「小雪様なら、あらかじめお昼の予約をされそうですから。  小日向様と、皆様一緒に居たいでしょうし。」 「そんなもんかな……。」 俺の呟きに、上条さんは答える事無く。 何か、考え事をしてるようだ。 「……どうしたの、上条さん?」 「いえ、少し……考えておりました。」 「何を?」 「……このまま、小雪様のペースに流されるのは、伊吹様にとっても宜しくない事かと  思いまして。」 そのまま、上条さんは春姫と杏璃のところへ。 「神坂様、柊様。少しお話が……。」 「え?」 「なになに?」 ごにょごにょごにょ。 「……問題無いと思いますが。」 「確かに……うん、そうしよう、杏璃ちゃん。」 「でもいいの上条さん?それって、言わなかったら、その……。」 「確かに、ライバルは減ったと思いますが……やはり、皆様で楽しくした方が  良いかと思いまして。」 「上条さん……ありがとう。」 「あ、あたしもお礼言わなくちゃ。ありがと、上条さん。  今度、ちゃんとお返しするからね。……雄真を使って。」 「俺かよ!?」 と言うか、一体上条さんは何を言ったんだ……? 「すもも、伊吹、お待たせ。」 「遅いではないか、小日向ゆう……ま?」 「遅いです、にいさ……ん?」 俺の声に振り向く二人。 だが、その台詞は俺達を見た瞬間に止まる。 「ひ、姫ちゃん?」 「柊杏璃?」 「うふふ……私達も、一緒にご飯にしようと思って。」 「そういう事なのよ。」 「こ、小日向雄真!?」 「に、兄さん!?」 「いや、これは……。」 「すもも様、伊吹様。別に、問題は無い筈ですが?」 すっ。 俺の前に、上条さんが立つ。 「小日向様との約束は、『こちら側の皆様と一緒にお昼を取る』事。  ですから、神坂様と柊様がご一緒でも、全く問題はありません。」 「た、確かに……。」 「そ、その通りです……。」 「それに……皆様で仲良くお昼にした方が、楽しいと思います。」 「……む。」 「……う。」 上条さんの言葉に、伊吹とすももの言葉が止まる。 「……そうだな。それが一番だと言う事を、忘れていた。」 「はい。私達、悪い子になってました……。」 しゅんとする二人。 「落ち込まないで二人とも。……それを言ったら、私達だって、ね……杏璃ちゃん?」 「そ、そうね……あたしも春姫も、雄真の為にこっそりお弁当作ってたし。」 「そ、そうなのか?」 「そうなんですか?」 春姫と杏璃の言葉に、すももと伊吹が顔を上げる。 「では、此処は御互い様、と言う事で。」 「「「「「……。」」」」」 じろり。 五人の目線が、騒動の発端である小雪さんを睨む。 「……雄真さん、皆さんが苛めます。」 じー。 「……今回は駄目です。助けません。」 「高峰先輩?」 「小雪さん?」 「小雪さん?」 「小雪?」 「小雪様?」 ぎろり。 「……ごめんなさい。ちょっとやりすぎました。」 「と、小雪さんも謝ってるし。  それに、根本的な責任は俺にあるので……小雪さんは、これで許して貰えないかな?」 俺の台詞に、みんなの顔が元の穏やかな表情に戻る。 「もう……あまりやりすぎは駄目ですよ、高峰先輩。」 「そうですよ小雪さん。……その、全然しちゃ駄目、とは言わないけど。」 「みんな仲良しが一番ですね。あ、伊吹ちゃんはちゃんとラブラブですよ〜。」 「い、いや、それは全然関係無いと思うぞすも!?」 「……皆様ご一緒が、一番です。」 良かった。どうやらいつも通りになったみたいだ。 「さーて、みんな仲良くなったところで、お昼にしましょ♪  もう、お腹ぺっこぺこー。」 「……そう言えば、小雪さんと一緒に暗躍していた奴がもう一人居たな。」 「「「「「……。」」」」」 じろり。 「……あ、あら?」 五人の目線が今度は、準に。 「ゆ、雄真、助けてっ。」 「駄目。小雪さんと同罪。」 「そんなー。あたし、雄真のピンチも救ってあげたのにー。」 「それは事実だが、それ以上に悪化させたのも事実だろ?」 「うっ。」 俺の指摘に、準が言いよどむ。 「準さん……女の子の嫉妬、準さんなら凄く分かってるよね?」 「準ちゃーん、覚悟はいいかしらー?」 「じゅ、準さんっ。わたしに変な知識を教えましたねっ?」 「素直に罰を受けよ、準。」 「準様……お覚悟を。」 そのまま、みんなが準を取り囲む。 そして。 「き、きゃああああっ!?」 数分後。 俺達は、みんな仲良くお弁当タイムと相成っていた。 「ううっ、酷い……。」 「って、みんなに全身をくすぐられただけだろ?」 「そーよ準ちゃん。準ちゃんだから、あの程度で許してあげたんだからね?」 自分のお弁当を食べつつ、杏璃が準に突っ込む。 「でも、準さんの肌、凄くつやつやでした……うう、なんか負けた気分です……。」 特製『すももコロッケ』を食べつつ、ちょっと落ち込むすもも。 「うん。……準さん、何か特殊なお手入れとかしてるのかな?」 「別に、特殊な事なんて何もしてないと思うけど……。」 「それでこれ程とは……本当に羨ましいな。」 なでなで。 準の肌を撫でる伊吹。 「そう言う伊吹ちゃんだって、こんなにお肌白くて綺麗じゃない。  しかも、若くて瑞々しいし……。」 「そ、そうなのか?」 「……やっぱりオジ」 ぎろり。 「……何でもありません。」 「よろしい。」 全部言い切る前に、準に睨まれた。 相変わらず鋭い奴め。 「それにしても、結構接戦だなぁ……。」 行ったり来たりしてて、余り競技内容を見てなかったから気づかなかったけど、 得点ボードを見る限り、差は殆どついてない。 何かあったらすぐ逆転、と言った感じだ。 「午後で主要な種目と言ったら……対抗リレーでしょうか?」 「リレーかぁ……。」 上条さんの言葉を受け、ふと考える。 ……そう言えば、信哉はリレーの選手だった筈なんだけど。 「そう言えば上条さん、信哉はまだ到着しないのか?」 何気なく聞くと、上条さんは非常に気まずそうな顔をする。 「本当に申し訳ありません。  今度こそは大丈夫と言う、兄様の言葉を信用してしまったばかりに……。」 「全く、一体何処まで行っているのやら……。  そもそも、ちゃんとした道を歩いているのだろうかが、怪しいな……。」 「いや、そんなに酷いのか……?」 「開会式から本家の応援を借りて探させているが、見つからないのがその証拠だな。  ……獣道とか山中とか、そんなところでは無いのか?」 奴の事だから心配は無いが、と伊吹が付け加える。 ……物凄い扱いだな。 「まぁ居らぬものは仕方があるまい。  ……それよりも、ちゃんと食事をしろ、小日向雄真。  お主、先程から殆ど手をつけておらぬでは無いか?」 「……あ、いや。それは、その……。」 別にお腹が空いていない訳じゃ無い。 むしろ、色々とありすぎて物凄くお腹が空いている訳なのだが……。 「「「「「……。」」」」」 迂闊に『当たり』手を付けると、残りの全ての『当たり』料理にも手を付けなければならなくなる。 それが怖くて、俺は確認しながらゆっくりと食べていたのだ。 ……とりあえず、コロッケとカレーは『当たり』。間違い無く。 「……じゃ、じゃあ……。」 俺は箸を、タコさんウィンナーの方へと向ける。 「っ。」 「……うーん。どれにしようか迷うなぁ。」 ……やっぱりコレも春姫の『当たり』か。 箸を逸らしつつ、無事に食べれそうな……具体的には、かーさんが作ってくれたであろう 食材を探す。 「えーと……。」 「……ああもう、まどろっこしいわね雄真っ!」 がしっ。 「杏璃!?」 俺の右腕を杏璃が抱きしめる。 「準ちゃん!」 「うふふ、こっちはあたしが確保よっ。」 がしっ。 「何っ!?」 俺の左腕は準が抱きしめる。 「い、一体何を?」 「どうせ雄真の事だから、『迂闊に食べると大変な事になる』とか考えてたんでしょう?」 「うぐっ。」 「駄目よ雄真。折角みんなが雄真の為に作ってくれたんだから。  ちゃーんと、全部味あわないと悪いわよ?」 「……いや、コレを全部ですか?」 あの、軽めに見ても10人分ぐらいありませんか? 「何も全部食べなくったっていいわよ。  ……ただ、雄真に美味しいって言ってもらえれば、それで凄く幸せなんだから……。」 「そ、そうか……。」 顔を真っ赤にして呟く杏璃。 「そう言う事だから……はい、雄真くん。」 タコさんウィンナーを箸で摘んだ春姫が、俺に微笑む。 「はい、あーん。」 「あ、あーんですか?」 「だって……雄真くん、両手が塞がってるでしょ?」 「……だそうだから、離れろ二人とも。」 「駄目に決まってるじゃない。春姫だけじゃ無くて、みんなが雄真に食べさせたいんだから。」 「勿論、あたしもね、雄真♪」 ふと、みんなを見てみると。 何故か、みんなが箸で色々摘んでいた。 カレーまんとか、コロッケとか、佃煮とか、煮物とか色々。 「……お腹壊しそうだな。」 「そんなの気合で何とかしなさいよ。……みんなを幸せにするんでしょ?」 「……其処でそれを言うのは反則だぞ、杏璃。」 それを言われてしまっては、引き下がる訳には行かない。 「了解。覚悟できました。」 「じゃあ……雄真くん、あーん、して?」 「……あーん。」 ぱくり。 「……どう、かな?」 「……物凄く美味しい。と言うか、それ以外の言葉が思いつかない。」 「良かった……。」 満面の笑みを浮かべる春姫。 「それじゃ、次はこのフライ、食べて貰える?」 「あ、ああ……。」 ……保健室に、胃薬ってあるかなぁ。 次々と運ばれる料理を口にしつつ、俺はそんな事を考えていた。 「……どうした、雄真?物凄くゲッソリとしてるぞ?」 「……聞くな。俺は必死に戦ったんだ。」 午後の部。 いつの間にか復活してたハチに、俺はなんとかそう答えた。 「まさか、全部平らげるとは思って無かったわ。さっすが雄真、男前♪」 「そう思うならお前は手加減しろよ!」 「やーよ。あたしだって乙女だもんっ。」 「……。」 準に何か言い返そうかと思ったが、そんな余裕も無く。 自分の席でぐったりとするのが精一杯。 「雄真くん、大丈夫……?」 「……ごめん、結構駄目かも。」 「だらしないわねぇ……。」 「いや、無茶言わないでくれ杏璃。アレは無理だ。」 杏璃の料理も含め、全部美味しかったんだけど。 問題は量だな……。 「今度から、すももの料理は見張る事にしよう……。」 俺に色々食べて欲しいという気持ちは分かるが、豪華7段弁当って……。 しかも俺専用のおかずだけで。 ……伊吹分が3段あったからな。伊吹も引きつってたし。 「ふむ、小日向殿はすもも殿の料理に何か不満でも?」 「いや、味は文句無いのだが、量が問題で……って、信哉!?」 「む?どうかされたか、小日向殿?」 振り向くと、其処には全身ボロボロになった信哉が。 「兄様!一体今まで、何処に行っていらしたのですか!?」 「すまぬ沙耶。若干道を誤ったようだ。  ……しかし、この街にはあのような獣が住んでいるとは……訓練には  もってこいの場所であった。」 「け、獣って……。」 ……一体何処の街に行ったんだ?と言うか、街に獣ってどう言う事? 「ところで、伊吹様は何処に?」 「えっと……式守さんなら、向こうだよ?」 信哉の問いに、春姫が答える。 「そうか。かたじけない、神坂殿。」 「って、アンタはあっち行っちゃ駄目でしょ!」 そのまま向こうに行こうとするのを、慌てて杏璃が止める。 「む?」 「あの、兄様……今回は、伊吹様と我々は敵なのです。」 「な、なんと!?」 驚いた顔をする信哉。 ……いや、大分前から分かってる筈、なんだけど。 「だ、だが、伊吹様に仕える身として、敵となる訳には……。」 「駄目よ信哉君。伊吹ちゃんだって、変に手加減される事、望まないと思うけど?」 「むむっ……。」 準に指摘され、信哉が目を瞑り、暫く黙る。 そして。 「……確かに。  ならば、伊吹様の為にも全力で持って、この戦いに勝たねばならぬ!!」 ちゃきっ。 「……って、何で『風神雷神』構えるっ!?」 「止めるな小日向殿!伊吹様相手と言えど、全身全霊を持って迎え撃たねばならぬ!」 「何を勘違いしてるんだ!?  ……みんな、信哉を止めろっ!!」 大分勘違いした信哉を止める為、その場のみんなが総動員される。 結果。 「『体育祭』とはスポーツで勝負を決めるのであったか……。」 「……か、上条さん。」 「ほ、本当に申し訳ありませんっ!  兄様には、きつく、本当にきつく言っておきますので……。」 「いや、まぁ……被害は全然無かったけどね。ハチ以外。」 杏璃の放った『ハチロケット三号』により、信哉の『風神雷神』を吹き飛ばす事に成功。 後はみんなで、信哉を取り押さえ事なきを得た。 ……まぁ、ハチはお約束通り、そのまま校舎に激突して、今いい感じに……。 「……はらほろひれはれ〜……。」 「……流石にマズイんじゃないか?」 「大丈夫よ。だってハチだもん。」 さらっと流す準。 「それに、残る種目は対抗リレーだけだし。ハチは用無しね。」 「……お前も酷いよな。」 あっさりと言う杏璃。日頃のハチの扱いが見えるな。 「兄様、名誉挽回のチャンスです。頑張ってきて下さい。」 「うむ。遅れてしまった分を取り戻してこなくては。」 「頑張って来て下さいね、信哉くん。」 「頑張りなさいよっ!」 春姫と杏璃の声援を受け、信哉は選手が集まる場所へ。 「信哉が居れば、大分有利になったかな。」 「まぁ、あれだけタフで元気ならそうかもね。」 「……コレでルールを全然知らなかったり、なんてあったら大笑いだけどね。」 しーん。 準の一言に、みんな押し黙る。 「あ、あの……此処、一応笑うところだと思うんだけど?」 「……そこら辺、どうなのかな上条さん?」 引きつった笑みを浮かべつつ、俺は上条さんに問いかける。 「た、多分、それは、無い……と、思いたいです。」 「お、思いたい、なんだ……。」 上条さんの答えに、春姫の顔も引きつる。 「ま、まぁ、此処はみんなで見守りましょ!」 「そ、そうだね杏璃ちゃん!」 「……だ、大丈夫ですよね、兄様?」 結論から言おう。 信哉は、ぶっち切りで速かった。それはもう、他の選手など全く寄せ付けないぐらい。 ただし。 「うおおおおおおっ!俺は、負ける訳にはいかないのだっ!!」 どどどどどどどどどど。 「……あ、あの馬鹿、バトンを持ったままひたすら自分だけ走ってどうしようってのよっ!?」 「お、落ち着いて杏璃ちゃん!」 「落ち着ける訳無いでしょ春姫っ!」 「す、すみません柊様っ!平に、平にご容赦をっ……。」 完璧に切れた杏璃を必死に押し留める春姫と、ひたすら謝り続ける上条さん。 「……あー、本当にお約束通りの動きをするとは思わなかったわ。」 「……コレも策略、って事は無いよなぁ……。」 「違うわね。……だって、小雪さんが唖然としてるもの。」 準に言われ、向こう側を見ると。 「……っ!!」 「……〜っ……。」 恐らく怒り狂っているのであろう伊吹を、必死に宥めるすももと。 「……。」 目をまんまるにして、信哉を見つめる小雪さんが。 更には。 「し、信哉くん、面白いわー。かーさん、お腹、ちょっと痛い……。」 「くっ……だ、駄目よ鈴莉。笑っちゃ……駄目っ……。」 「……っ。……っ!」 お腹を抱えて大笑いしてるかーさん。 必死に笑いを堪えてる御薙先生。 そして……完全に机に突っ伏し、ぴっくんぴっくんと震えてるゆずはさん。 どうやら、先生方にはかなりツボだったらしい。 「……まぁ、これで二つの事は確定な訳だけど。」 「二つ?なになに?」 「……俺達が負けたって事と、この後、恐らく信哉が大変な事になるって事だ。」 溜め息を付きつつ、俺は準に答えた。