「…凄いお屋敷だな。」 車から降りた俺は、目の前にそびえたつ屋敷を見て、呆然としてしまった。 今回、俺達は伊吹のお願いで、式守家で使われて無い家に、連休の間滞在する事と なった。 使わない家は傷む為、一定期間毎にこのような事が行われていたらしいのだが、 今回はそれを俺達で行おう、という訳だ。 「でも、これだけの家を誰も使ってないのは……勿体無いかな。」 「そう?あたしの実家もこんな感じの屋敷が、結構あるみたいだけど。」 ちょっと落ち着かなさそうなのが神坂春姫。学園きっての優等生であり、アイドル。 だけど、最近は本来のちょっとおてんばで勝気な春姫を表に出すようになった。 そして、その横で平然としているのが柊杏璃。学園きってのトラブルメーカー。 自称春姫のライバル、らしいけど……最近は春姫の良きパートナーな事が多い。 「迷子にならないか、心配です〜。  ……伊吹ちゃん、一緒に居てくれますよね?」 「む……し、仕方あるまい。すももが迷子になっては困るからな。」 隣と腕を組んでるのは、オトボケな義妹さんな小日向すもも。 …最近お隣の女の子へのアタック度が凄い事になってきたので、兄として少し心配だったりもする。 そのすもものアタックの対象である、式守伊吹。 毎回、結構凄い目にあいながらも隣に居るのは、やはりそれだけすももを好きなのだろう。 「これだけ広ければ、中で何が起きても外には伝わりませんね。……うふふ。」 「……あ、あの、小雪様…?」 なにやら不穏当な発言をされているのは高峰小雪。 杏璃じゃ無いけど……『小雪さんの居るところ、策略アリ』とか思ってしまう。 で、隣で発言を聞いてオロオロしているのが上条沙耶。 ある意味この中で一番の良心。彼女が居るだけで、癒される。 「伊吹様、荷物を下ろし終わりました。」 「伊吹ちゃん、荷物は何処に運べばいいのかしらー?」 「うむ、とりあえずは入ってすぐの部屋にでも置いておけば良かろう。」 「信哉は伊吹の従者だからまだしも、当たり前の様に居るよな、準……。」 「勿論よ。雄真の居る所、常にあたしが居るに決まってるじゃない♪」 「なるほど、準殿は雄真殿の従者と言う訳か。」 「いや、全然違うからな信哉…。」 俺にすきあらば付け入ろうとしてるのは渡良瀬準。 姿格好は女の子だが、正真正銘、れっきとしたオトコノコだ。気をつけろ。 その少し後ろでみんなの荷物を運んでいるのは上条信哉。 伊吹の従者であり、上条さんの双子の兄だ。その行動、精神は武士を彷彿とさせる。 ……だからさ、人物説明だけで一苦労なんだけどな作者。 「おい、俺を忘れてないか雄真っ!!」 「あ、居たのかハチ。」 こいつはハチ。高溝八輔と言う別名もある。 外見はそこそこいいんだが……言動と行動に難アリ、って所か。 …これでようやく、全員だな。 「伊吹様、とりあえずは広間に荷物を置きましたが……それぞれの部屋に置いた方が、  良かったのではありませぬか?」 「言ったであろう、とりあえず、とな。」 ばさり。 伊吹が、一枚の大きな紙をみんなの前に出す。 其処には、屋敷の簡単な部屋割りが書いてあった。 「……どうせ、皆が小日向雄真の近くの部屋を狙うのであろう?」 その言葉に、みんなが身体をぴくり、と振るわせる。 「そこで、だ。此処には7つの部屋と、離れに小屋がある。  まあ小屋と言っても、こちらの部屋と寸分変わらぬ設備らしいが……。」 「…雄真さんの部屋を真ん中にして、そのまわりを誰が取るか、で競おうと言う事ですね?」 小雪さんの言葉に、伊吹が無言で首を縦に振る。 「へぇ……面白そうじゃない。その案、飲んだわ!」 いち早く、杏璃が名乗りを上げる。 「あ、杏璃ちゃん、まだ勝負の方法も分からないのに……。」 「…あ、そっか。」 「あの、伊吹ちゃん……わたしにも参加できる方法ですか?」 唯一魔法を使えないすももが、伊吹に問いかける。 「……ぬかった。  肝心の勝負方法を考えるのを、忘れていた……。」 「って、駄目だろそれ。」 思わず、伊吹に突っ込みを入れてしまう。 「…あの、此処はサイコロとかで決めてはいかがでしょうか。  それなら、皆さんの運次第、となりますし……。」 そう言って上条さんが差し出したのは、2つのサイコロ。 「出目の大きかった方から、部屋を選んでいく、で……如何ですか?」 「…うん。それなら、変な策略とか入りそうにないから、安心かな?」 じろり。 春姫が、策略をしそうな人間を半目で見つめる。 「…春姫さんに、そんな風に思われていたなんて……。」 「そ、そんな目で見ても駄目ですよ、高峰先輩っ。」 「……ちぇ。騙せませんでしたか。」 くすくすと笑う小雪さん。…本当に、この人は。 「…ちなみに、勿論俺も参加していいんだよな、そのサイコロのやつ。」 「何?」 「いや、意外と楽しそうだなと思って。なんか、修学旅行のノリだよな、こう言うの。」 「…あー、確かにそんな感じよね。」 俺の言葉に、杏璃が頷く。 「……皆は構わないか?」 伊吹の言葉に、全員が同意する。 「では、サイコロを……。」 「伊吹ちゃん、ちょっと待って!」 「……む?」 「信哉くんとハチは離れなのは、雰囲気的にも分かるんだけど…。」 「げ、俺達そうなのか!?  …やだっ!俺だって女の子に囲まれたいぞ〜〜っ!!」 「…ふむ。俺は逆に離れの方が落ち着けて有難いのだが……。」 信哉はともかく……ハチ、お前は何を勘違いしているんだ。 別に部屋が囲まれているだけで、部屋の中では一人だぞ……。 「……あたしも、離れなの?  信哉くんはまだしも……ケダモノのハチと一緒なのは、あんまりじゃない?」 「ってコラ、変なこと言うんじゃ無い準!  幾ら俺だって、準を襲うほど追い詰められて無いぞ!」 「…じゃあ、あたしがとなりで着替えるけど、大丈夫よね?」 「……。」 一瞬、ハチの動きが止まる。 多分、準の着替え途中を想像したんだろう。 「……だ、大丈夫だ!」 「………伊吹ちゃんっ、あたしをケダモノの檻に入れるつもりなのっ!?」 「む、むぅ……流石に、そなたを離れに置くのは、マズイか…。」 準の猛抗議に、ハチを睨みながら伊吹が呟く。 「ちょ、ちょっと待て!準は男だっつーの!  なあ雄真!お前だって、準に変な気持ちを持ったりしないだろ!?」 「そ、そりゃ……。」 ちらり。 「……♪」 準が、凄くいい笑みでこっちを見てる。 そして、声は出さずに、口だけを動かす。 『お』 『ふ』 『ろ』 『ば』 「……俺は違うけど、お前はふとしたきっかけでやりかねんな。」 「な、なんだとぅ!?」 すまん、ハチ。 準に狙われている以上、下手すると、お前より俺の方が危ないかもしれん。 だが……弱みを握られている以上、逆らうことは出来ないんだ。 「と言う訳で、準と俺が入れ替わる、と言う事で……。」 「……。」×7 ぎろり。 準も含めて、みんなが俺を無言で睨む。 「じゃ、じゃあ、一体どうするんだ?」 すっ。 「私に、一つ考えがあります。」 小雪さんが、手をあげる。 きゅぴーん。 …うわ、小雪アイが光ってる。 今度は一体、何を思いついたんだろう…。 「部屋は7つ。私達も7人。  ですので、まずは雄真さんを除いて部屋の割り振りをします。」 「えっと、それで兄さんはどうするんですか?」 「その後、無作為に雄真さんがどの部屋に入るかを決定する、と言うのは……如何ですか?」 「な、何っ!?」 それは、また……とんでもない案を出してきたな。 「ゆ、雄真くんと一緒の部屋……。」 「…雄真と、二人っきり……。」 「に、兄さんと一緒のお布団……。」 すでに半分トリップしている春姫・杏璃・すもも。 …一体、何を考えているのだろうか。 「ふむ…中々に悪くないな。どうだ、沙耶、そして準?」 「…それでよろしいかと。」 「うん、あたしもオッケー♪」 「いや、みんなは別としても……いいのか、信哉?」 上条さんの事になると、まさに人が変わったようになるからな、信哉は。 「…伊吹様が望まれる以上、俺は何も言う事は無い。」 「……いや、『風神雷神』を握り締めて言われても困るんだが。」 無意識なのか?それは。 相変わらずのシスコンぶりだな、信哉…。 「おい、雄真!俺の意見は聞かないのぐふぁっ!?」 どさっ。 「よし、これで問題無しね♪」 ハチの倒れた所の後ろには、いつの間にか準が。 「さっすが準ちゃん。相変わらず見事な攻撃ねー。」 「ありがと、杏璃ちゃん♪」 「いや、其処は褒める場所でもお礼を言う場所でも無いからな、二人とも…。」 まだハチだから良かったものの、意見を聞かずに実力行使は良くないぞ。 「……さて、全員の意見も聞き終わった事だし、部屋割りを決めるとしよう。」 「…ええ。」 「あたしの実力、見せてあげるわっ。」 「…うふふ。」 「あ、伊吹ちゃんと一緒でも良かったかな…。」 「雄真と二人っきりで、ラブラブな夜……待っててね、雄真♪」 「……あの、皆様、高溝様はいいのですか?」 …どうやら、ハチの心配をしているのは上条さんだけらしい。 意外とみんな、いい性格をしてるよな……。 「よいしょ、っと。」 どさ。 俺は、自分の荷物と、もう一人分の荷物を、部屋の中に下ろした。 「……済まぬな、小日向雄真。」 「いいって、どうせ同じ部屋なんだし。一緒に持ったぐらい、気にするな。」 「う、うむ……。」 サイコロによる結果、俺は伊吹の部屋にご厄介になる事になった。 「…あ、うぅっ……。」 そわそわ。 「……どうした、伊吹?」 「な、なんでも無いぞ!?」 …そんなに上ずった声を出しておいて、なんでも無い、って事は無いだろう。 「…やっぱり、俺が居ると邪魔じゃないか?」 「いや、それは全く問題無い!…問題は、無いのだが……。」 「ん?」 「……気づかんのか?」 「……何が?」 伊吹は顔を真っ赤にしたまま、ある一点を見つめている。 俺も、其処に目を向けてみると。 「…ベッドだな。」 「ああ、ベッドだ。」 「もしかして、伊吹は布団じゃ無いと寝れないとか?」 「違う!私は別にどちらでも構わん!  と言うか、実は気づいていてからかっているのでは無かろうな!?」 じろり。 「いや、俺には至って普通のベッドに見えるのだが……?」 「…その、だな。」 「うん。」 「……今夜、私とお主はこの部屋で寝るのだろう?」 「その筈だけど?」 「……つまりは、このベッドに二人で一緒に寝る事になる訳だ。」 「………なるほど。」 だから、伊吹はさっきからおろおろしてたのか。 「いや、俺は床に転がるからいいよ。  ……あ、さすがに毛布ぐらいは余ってるかな?」 「……。」 すっ。 伊吹が、突然ビサイムを持ち出す。 「?」 「……ふんっ!」 ごすっ。 「あいたっ!?」 「そんなに私と寝るのは嫌なのか、小日向雄真!」 「だ、誰もそんな事言って無いだろ!?」 「ならば、何故床で寝るなどと言う!」 「いや、だって……伊吹、俺と一緒に寝るのが嫌なんじゃ無いのか?」 「そんな訳があるか、馬鹿者!」 ごすっ。ごすっ。 ごすごすごすごすごすっ! 「いたたたたっ!?だからビサイムで殴るのは止めろって!?」 ホントに痛いんだから。 それに…マジックワンドって基本的に自我があるんじゃ無かったか。 それなのに、それを使って容赦無く殴ってもいいのか? 「…はーっ、はーっ。」 息を荒くしながら、俺を睨みつける伊吹。 「……じゃあ、一体何を気にしてたんだ?」 「…そ、それは、だな……。」 「……?」 さっきまでの威勢は何処へ行ったのか、あっと言う間に大人しくなってしまった。 「…伊吹?」 「……私は、皆の様に女性っぽくないからな。  体型も、性格も……だから、一緒に一晩を過ごして、幻滅されないだろうかと……。」 「………伊吹。」 ぎゅ。 不意打ちで、伊吹を抱き寄せる。 「な、なななっ!?」 「あのな、伊吹。一度しか言わないからな。」 「な、何だっ!?」 「……伊吹は、十分に女の子らしいし、魅力的だ。  でなければ、好きになったりしないぞ?」 「…ほ、本当か?」 伊吹の問いに、俺は顔を伊吹の耳元に寄せて。 「……愛してるぞ、伊吹。」 「っ!?」 くたり。 「おっと。」 力の抜けた伊吹を、慌てて抱きとめる。 「……だ、大丈夫か?」 「…大丈夫な訳、無かろう……。  ……もはや、天性の女誑しとしか思えんぞ、小日向雄真よ…。」 「な、何気に酷い事言うな…。」 「…他の者にも、似たような事をしているのだろう?」 「そ、そんな事は……。」 えーと、みんなが居る前では……していない、と思う。 ……寮の部屋とか、部室とか、家の自室とかは今の事以上をしている気もするが。 「……そんな事は?」 「…してない、と思います。」 「……まったく。」 深く溜め息を付く伊吹。 「……少し間違えば、皆に刺されかねんな、お主は。」 「……いや、世間的に見れば間違いなく刺されるだろうな。それはもう。」 「………それでも、お主は皆を選んだのだろう?一人では無く。」 「最初は、誰かを選ぼうと思ったんだけどな……。  …やっぱり、みんなが幸せ、ってのがいいな、って思って。  そうすると……誰か一人、ってのは出来なかった。  じゃあ、どうするか?……なら、みんなを選べばいい。」 「…ふむ。」 「……まあ、みんながみんな魅力的過ぎて、選べなかったと言うのもあるけど。」 「…そうか。」 俺の胸の中で、くすくすと笑う伊吹。 「な、なんだよ。此処は笑うところじゃ無いぞ?」 「いや、悪い。  ……余りにも単純な考えだなと思っただけだ。」 ぐさり。 「…お、俺のピュアなハートが傷ついたぞ。」 「嘘を付け。多少の事では動じないであろうに。」 「……いや、まあね。」 最近は特に、色々としたりされたり策略やら策略やら、あと策略やら。 ……策略しか思いつかん。具体的には小雪さん。 「だが、その考えを実際に行い、実行できるのは、お主の魅力…外見だけでは無く、  内面的なものがあるからだ。  だから、安心しろ。」 「……そうかなぁ。俺は至って、普通の生徒のつもりなんだが。」 「普通の生徒は、女を六人も従える事はするまい。  …更に言えば、男も一人従えているか?」 『ゆ〜うま♪』 「……アレは考えるな。俺は考えたくない。」 って言うか、奴はどうしたらいいものか……。 この前の体育祭の後から、更にアタックが激しくなった気がするし…。 こんこん。 「伊吹ちゃん、兄さん。  夕食の時間ですよー。」 「…あ、もうそんな時間なのか。」 「……小日向雄真、少し屈め。」 「ん?」 「いいから、早くしろっ。」 「あ、ああ…?」 ちゅ。 ほっぺたに、そっとキスをされた。 「……伊吹。」 「す、すももに負けてはいられないからな。  これぐらいは、しても問題無かろうっ。」 「…ありがと。」 「れ、礼など良い。  ……逆に、恥ずかしくなるでは無いか……。」 「では、いただきます。」 「いただきます。」×9 広間に集まり、みんなで夕食。 「んぐ……うわ、何この魚の塩焼き。すっごい美味しいじゃないっ!」 杏璃が、驚きの声をあげる。 「……うむ、確かに美味い。  これは、一体誰が作ったのだ?」 「そう言えば、俺と伊吹は荷物運びとかしてたから、夕食は全然関わって無いんだよな……。」 とりあえず、一番ありそうなのは…春姫かな? 「ええっと……。」 だが、その春姫は、俺の視線を受けて目を泳がせる。 「…神坂殿では無かったのか?」 「え、春姫じゃ無いの?あたし、てっきり春姫だとばっかり……。」 信哉と杏璃も、同じ考えだったようだ。 「あの、その、……なんて言ったらいいのかな、すももちゃん?」 「ひ、姫ちゃん!?なんでこっちに振るんですか!?」 「だ、だって……すももちゃんだって、一緒に見てたでしょ!」 「で、ですけど…事実として認めたくありませんっ!」 「…それは、そうだね。」 「…手際といい、味付けといい、完璧に負けてますから……。」 何故か遠い目をしている二人。 しかも、何故か物凄く落ち込んでるし。 ……あ、もしかして。 「……まず確認したい。  この夕食を作った人、手を上げてくれ。」 俺の言葉に、手を上げたのは…春姫とすもも、そして。 「………そう言う事ですか。」 「…はい?」 小雪さんでした。 「小雪さん、こんなにお料理が上手だったんですね。  あたし、小雪さんに色々習っちゃおっかなー?」 「あらあら、準さんは口がお上手ですね。」 くすくすと笑う小雪さん。 …準、騙されるな。 この料理を作ったのは、ある意味では小雪さんだが、正しくは小雪さんじゃ無いんだ。 「…そうか。二人はアレを見てしまったのか……。」 「……え?」 「兄さん、知ってたんですか?」 「…部室でお料理をご馳走して貰ったりしてるからな。  当然、目の前で料理を始めたりもする訳だ。」 ………タマちゃんがな。 「こ、小雪先輩と二人っきりの部室で、しかも手料理だとおっ!?  ゆ〜う〜ま〜、何故、何故にお前ばっかりがそんなにモテるのだぁっ!!」 「……お前みたいに暴走しないからじゃ無いのか?  と言うか、今回の夕食は春姫・すもも・小雪さんの手料理なんだから、文句言うな。」 「…はっ!?た、確かにそうだ!  こ、これは落ち着いて食べて、味を何時までも記憶しなければ……。」 相変わらず訳の分からない事を言っているハチは放置して。 「この後、何か予定はあったっけ……?」 「いえ、今日は皆様もお疲れでしょうから、特に予定等はありません。  ですので、ご自由に過ごしていただければ……。」 俺の質問に、上条さんが答えてくれた。 「そっか。  それじゃ、お言葉に甘えて、部屋でゆっくりとさせて貰おうかな。」 「っ!?」 びくんっ。 何故か、伊吹の身体が大きく震え。 「そ、そそそそうだなっ!  へ、部屋でゆっくりするとしようかなっ!?」 またもや、上ずった声をあげる伊吹。 「……。」×5 ぎろり。 その不思議な動きに反応し、俺を睨む五人。 「やーん、雄真ってば……だ・い・た・ん♪」 「な、何っ!?ゆ、雄真、お前ってやつは……こんなロリコン」 「高溝殿?」 ちゃきっ。 「……可愛らしい式守さんに、何をするつもりだっ!」 …ハチ、ロリコンとか言うな。 そして信哉、今……本気だっただろ。 「…式守さんに、何をするつもりなのかな……小日向くん?」 「何故俺なんだ春姫っ!?」 しかも、小日向くん、って言ってるし。 滅茶苦茶怒ってる!? 「へー、雄真は式守さんと一緒の部屋で、何をゆっくりとするつもりなのかしらねー……?」 「ず、ずるいです兄さんっ!  ……わ、わたしも伊吹ちゃんと一緒がいいですっ!」 「いやいや、ちょっと待ってくれ!?」 とりあえず、すももは特に落ち着け。 一緒って……一体どうしろと言うのか。 「む、むぅっ……。」 「…兄様。小日向様でしたら、きっと伊吹様を幸せにしていただけると……。」 「……そうか。  なら、この上条信哉、伊吹様の幸せの為に、ここは目を瞑るとしよう……。」 「って、其処も勝手に暴走するなーっ!?」 い、いかん。 これは収拾が付かなくなる……。 「……。」 つんつん。 「…お助けしましょうか?」 いつの間にか、背後には小雪さんが居て、俺の背中を突っついていた。 「……タダ、って事は無いですよね?」 「あらあら、お金は取りませんよ?」 「…『ご褒美』ですか。」 「はい。……と言っても、もう随分と溜まっていますけれど。」 ひーふーみー、と指を折りつつ数える小雪さん。 ちなみに『ご褒美』とは、小雪さんのお願い事を聞いてあげる事を指す。 でも、消費より供給の方が多いので、一方に『ご褒美』の数が減らない…どころが、増えているのが 現状だったりする。 ……もっとも、その『ご褒美』も、お姫様抱っことか、腕枕とか、そんな事ばかりだから、 俺も嬉しかったりするんだけど。 ………後は、部室で……『色々』して下さい、とかな。まぁ色々だ。うん。 「…今回は、幾つですか?」 「いえ……今回は結構です。」 「…何故に?」 「それは、その内分かりますよ。うふふ……。」 くすくす笑いつつ、小雪さんはこっそりとタマちゃんを取り出し。 小さく呟いた。 「タマちゃん特殊閃光弾、ごー。」 『あいあいさ〜』 どぱーん! 物凄い音と閃光が、広間が包む。 「……すみません、何故かタマちゃんが暴走しまして。」 「た、高峰先輩っ!」 「ビックリするじゃないですか小雪さんっ!」 「め、目が、目が……はわわわわ〜。」 とっさに回避したらしい春姫に杏璃。 そして、まともに光を見てしまったらしいすもも。 「…大丈夫ですか、伊吹様?」 「お怪我は?」 上条さんと信哉は、伊吹をかばっていた。 流石は伊吹の従者。 「いや、平気だ。  ……小雪、そのタマちゃんとやら、少々危なくないか?」 「すみません。タマちゃんには、ちゃんと言っておきますので……。」 『え!?ね、ねぇさん、今のだって……』 「タマちゃん♪」 『…す、すんませんでしたねぇさんっ!』 …弱いぞ、タマちゃん。 いや、この場合は小雪さんが強すぎるだけか。 「……ところで皆さん、やはり雄真さんと二人っきり…を、お望みですよね?」 きゅぴーん。 小雪アイが怪しく光る。 「かと言って、ずっと、ある人と二人っきりだと意味がありません。  そこで…今回も、遊園地の時と同じでどうでしょう?」 「と言うと……順番に、雄真くんと二人っきりって事ですか?」 「はい、神坂さんの言うとおりです。  一人三十分ぐらいでしたら…早めの夕食でしたので、寝る時間も其処まで遅くはならないかと。  待っている間は…折角ですから、みんなでトランプとか、如何ですか?」 いつの間にか、小雪さんの手にはトランプが。 「…それならば、伊吹さんが今晩雄真さんと一緒の部屋でも、我慢できますよね?」 「……小雪さん、今回は策略とか無しですよね?」 杏璃が、疑わしそうな目で小雪さんを見つめる。 あ、春姫も一緒だ。 「大丈夫ですよ。今回は何もありません。  …むしろ、警戒すべきは……別に居るのでは無いでしょうか?」 ちらり。 小雪さんが見つめる先に居たのは。 「わ、わたしですかっ!?」 「伊吹さんは、すももさんのお願いに弱いですから。  ……伊吹さんと雄真さんと三人で寝れたら、とか考えませんでしたか?」 「うっ!?」 …考えたのか。実に分かりやすいリアクションだ。 「…すももちゃん?」 「ひ、姫ちゃん、これはですね、その……で、出来心なんですっ!?」 「今日はすももちゃんを要チェックね、春姫。」 「そうだね、杏璃ちゃん。」 「あうぅ……。」 春姫と杏璃のタッグに睨まれ、完全に押されているすもも。 …まぁ、結局はみんな仲良しなんだけどな。 「信哉さんとハチさんも、ご一緒にトランプされますよね?」 「とらんぷ……見た事は何度かあるが、実際に遊ぶのは初めてだな。」 「え、俺も混ざって良いんですか?  …よおっし、勝って勝って勝ちまくってやるぞ〜〜〜っ!」 相変わらずハイテンションのハチ。 そして信哉、遊ぶのは初めてって…。 「兄様、ちゃんとルールをお教えしますから…。」 「む、すまんな、沙耶。迷惑を掛ける。」 「……いえ。もう慣れました。」 「む、むぅ……。」 手厳しい台詞を言う上条さん。 …どうやら、体育祭での一件を、まだ怒っているらしい。 「……伊吹さんと上条さんは、それでよろしいですか?」 「わ、私もですかっ!?」 「何を言うのだ、沙耶。  お主も小日向雄真を好いている以上、当然二人っきりになる時間を取るべきだろう。」 「で、ですがっ……。」 「何度も言わせるな。  小日向雄真を好きである事に、従者も主も関係ない。  ……それとも、小日向雄真を諦めるつもりか、沙耶?」 「っ…。」 伊吹の言葉に、上条さんが一瞬動きを止める。 だが、それもほんの一瞬で。 「…いえ。小日向様への気持ちは、誰にも負けません。  ……例えそれが、伊吹様が相手だとしても。」 真正面から、自分の主である伊吹をに睨み付けた。 「うむ。それでこそ、私のライバルだ。  …と言う訳で、沙耶も問題無しだぞ、小雪。」 「はい、了解です。」 「……はっ!わ、私は、何て事をっ……。」 こっそりとアイコンタクトを交わす小雪さんと伊吹。 どうやら、上条さんを炊きつける為の芝居だったらしい。 「…えーと、一応聞いてもよろしいでしょうか?」 「はい、なんでしょうか雄真さん?」 「つまり、これから俺は…約三時間程、拘束される訳ですね?」 「伊吹さんは最後ですから、準さんを含めて六人…そうなりますね。」 「……最初、俺はゆっくりしたいって……いえ、何でもありません。」 …まだ睨みつけられるならまだしも、そんな縋るような視線を受けて断れるほど、 俺は鬼でも悪魔でもありません。 「…では、最初に二人っきりになる人は、食後のトランプで決めるとしましょうか。」 食後。 俺は、最初に二人っきりになる人の部屋の前に居た。 こんこん。 「どうぞ、雄真さん。」 「失礼します。」 がちゃり。 「……お待ちしておりました。」 部屋の中には、恐らく四次元エプロンから取り出したであろうテーブルが。 そして、ワインとワイングラスを片手に、にっこりと微笑む小雪さんが居た。 「…この状況は、飲めと言う事ですか?」 「……嫌、ですか?」 じー。 …ああもう。 そんな目で見られたら断れないと、分かっててしているからな、この人は。 「…素直に飲ませていただきます。」 「はい。雄真さんなら、きっとそう仰ってくださると思ってました。」 なみなみとワインの注がれたワイングラスを渡される。 「…では、乾杯。」 「乾杯。」 ちん、と小気味良い音。 グラスを鳴らした後、ワインを飲み干す。 「……美味しい。」 「とっておきを、出しましたから。」 俺の言葉に、嬉しそうに微笑む小雪さん。 そのまま、俺の肩に自分の頭を乗せてきた。 「こ、小雪さん…。」 「…今は、私だけの時間ですよ?  ですから……私だけを、見てください。」 「よ、酔ってるんですか?」 「……雄真さん。  私だって……普通の女の子です。  ですから…嫉妬だって、するんですからね?」 じろり、と俺を睨む小雪さん。 …それでも、小雪さんだから迫力は無くて、むしろ可愛いんだけど。 「…ごめん。  小雪さんは、いつも自分の思うように事を進めてるってイメージが  あったから……確かに、他の女の子よりは気遣いが足りなかったかも。」 素直に謝る。 「……でしたら、今だけでも……私を、甘えさせてくれますか?」 「…勿論。たっぷりと、甘えていいよ……小雪さん。」 「……小雪、です。」 じー。 「…そ、それは恥ずかしいなぁ……。」 「……むー。」 じーっ。 「わ、分かりました!  ……こ、小雪。」 「はい、雄真さん……。」 頬を仄かに紅く染め、俺を見つめる小雪さん。 心なしか、瞳も潤んでいるように見える。 「……本当は、このまま雄真さんに、抱いていただきたい気分です。」 「こ、小雪……。」 「…でも、今日は我慢します。  きっと……。」 「……きっと?」 「……いえ、何でもありませんよ。  それは、その内におのずと分かる事でしょうから…。」 俺の問いには答えず、ワインを一気に飲み干す。 「…珍しいですね。  小雪さ…っと、小雪は、ゆっくりと少しずつワインを飲んでたと思いましたけど……。」 「……今日は、ちょっと酔いたい気分ですから。  そして、多分…このまま寝ちゃうと思います。」 「そ、そうなんですか?」 「はい。  ……ですから、トランプの勝敗で、最初に二人っきりになる人を決めたのですけど。」 「……へ?」 小雪さんの台詞の、意味が分からない。 ……トランプで決めると、小雪さんが一番になれるのか? 「でも、トランプに細工は無かったように思えましたけど…。」 「……雄真さん。  私……しようと思わなければ出来ませんし、その人が本気で隠したい事は無理ですけど……  人の心が読めるの、お忘れですか?」 「…あっ!」 思い出した。 小雪さんは、人の心が読めるんだった。 無論、それを悪用する人では無いし、使った場面なんて殆ど無かったから、 すっかり忘れてた……。 「……それを、今回は使ったんですね。」 「皆さんが知ったら、きっと凄く怒るでしょうから……雄真さん。」 「…分かってます。小雪と俺の、秘密、ですね?」 「……はい。秘密、です。」 勿論、本来は悪い事だけど。 …滅多に使わない力だし、誰かが被害を被るって訳でも無かったから、いいかな? 「さ、雄真さんも飲んで下さい。」 「お、俺もですか…でも、結構なハイペースですよ?」 「……私と一緒には、飲めませんか?」 じーっ。 「わ、分かりましたよ……その目で見られると、断れないの、分かってしてますね?」 「…雄真さんは、優しいですから……。」 「……こ、今回だけ、ですからね。」 「はい。今回だけ、ですね。」 その後、何時もより更に擦り寄ってくる小雪さんと、一緒にワインを飲み続け。 「……あ。」 ぽふ。 肩だけで無く、小雪さんの身体も、俺にもたれ掛かってきた。 「…すみません。」 「大丈夫ですか?」 「…あの、ベッドに運んでいただいてよろしいですか?  このまま、寝てしまいたいので……。」 「……分かりました。」 ひょい。 「ゆ、雄真さん!?」 「…お姫様抱っこ、嫌でしたか?」 「……ずるいです。  酔ってる時にするなんて……。」 「じゃあ、今度また、ちゃんとしてあげますよ。」 「…約束ですからね?」 「はい、約束しますよ、小雪さん。」 そのまま、小雪さんをベッドへ運ぶ。 「それじゃ、みんなには疲れて寝た、と言っておきますから。  …おやすみなさい、小雪さん。」 「……ぁ。」 きゅ。 出て行こうとした俺の裾を、小雪さんが捕まえる。 「その……多分、すぐに寝てしまうと思いますから。  ですから、その……。」 「……分かりました。」 小雪さんの枕元に座り、小雪さんの手を握る。 「眠るまで、此処に居ますよ。」 「……ありがとう、雄真さん。」 「いえ、大好きな小雪さんの為ですから。」 「…嬉しいです。」 小雪さんが目を瞑る。 俺は手を握りつつ、頭を軽く撫でてあげる。 …そして、それから数分後。 小雪さんは、静かに寝息を立て始めた。 「……おやすみなさい、小雪さん。  良い、夢を…。」 「…雄真、小雪さんは?」 「なんか、疲れたみたいで……このまま寝るから、起こさないでくれってさ。」 広間に戻った俺は、頭にスペードの2を付けた杏璃の問いに答えた。 ……みんなつけてるって事は、インディアンポーカーでもしてるのか? だとしたら…杏璃、滅茶苦茶弱いぞそのカード。 「……。」×5 ぎろりっ。 「……え”。」 えーと。 何故に、俺はそんな貫けそうな視線に晒されなければならないのでしょうか? 「や〜ん、雄真ってば……小雪さんに、どんな疲れさせるコトをしたのかしら?  あたし、すっごく気になっちゃうわ〜♪」 「……はっ!?」 し、しまった! 俺の台詞って、聞きようによっては凄くヤバイ発言にも取れる!? 「…小日向くん。次は、私の番なの。」 「そ、そうですか。」 うわ、小日向くんって呼び方だけで無く、春姫の顔から笑みが消えてる。 「だから……私の部屋で、じっくりと、お話を聞かせてもらっても、いいよね?」 「…お、お手柔らかにお願いします。」 先に席を立った春姫の後について行く俺。 気分はまるで死刑囚だ。 「…自業自得だな。  全く、さっきは私にあのように接しておきながら、節操の無い……。」 「……小日向様?」 じろり。 伊吹の発言を聞き、上条さんが俺を半目で見つめる。 …もう、勘弁して下さい。本当に。 「兄さん…また、大きな胸に惑わされたんですね。  ……準さん、また負けました〜っ。」 「大丈夫よすももちゃん。  あたしと勉強して、いつかは一緒に雄真を振り向かせましょう……。」 「って、そう言ってまた変な事教えるつもりだろう準っ!」 「…あら、あたしがどんな事を教えたって言うの、雄真?」 「それはっ……。」 …い、言えるかっ! 「ほら〜、どうしたのかな、雄真〜?」 「く、くぅっ……。」 準に追い詰められ、言葉を返せない俺。 そして。 「……雄真くんっ!!」 「は、はいっ!?」 春姫の雷が落ちた。 ……ヤバイ。春姫、滅茶苦茶怒ってるよ……どうしよう。 「し、失礼します……。」 音を立てないようにドアを開け、俺は春姫の部屋に入った。 そして、ベッドで俺を睨みつける春姫を見つめたまま、後手でドアを閉める。 「…鍵も掛けて。」 「は、はいっ。」 怒った春姫の声に少し慌てつつ、ドアに鍵を掛ける。 「……こっちに来て。」 「はい……。」 そのまま、春姫の目の前へと進む。 俺が春姫の前へ行くと、すっ、と春姫が立ち上がった。 「…目を瞑って。」 「……。」 俺は何も言わず、目を瞑る。 ……まぁ、一発殴る…女の子の場合は、頬を叩く、か。 そうでもしないと、おさまらないだろうなぁ……。 まぁ、これも俺の言い方が悪かったんだし、素直に罰を受けるとしよう。 「……えいっ。」 きゅ。 「…へ?」 痛みを覚悟していた俺に訪れたのは、柔らかい春姫の感触。 「うふふ……騙されたね、雄真くんっ。」 「……は?……え?」 目を開けてみると、満面の笑みの春姫が、俺に抱き付いていた。 「…怒ってないの?」 「ちょっとは怒ってたけど……幾らなんでも、雄真くんに酷い事は出来ないよ。  それに……別に、高峰先輩にえっちな事はしてないでしょ?」 「…分かるの?」 「……雄真くんの身体から、高峰先輩の匂い、殆どしないから。  その、えっちな事をすると……どうしても、その人の匂いが、うつっちゃうし。」 真っ赤な顔をして、呟く春姫。 「あ、別に私は、雄真くんの匂いは嫌いじゃ無いけど。  ……逆に、私を雄真くんのものにされた、って感じがして、むしろ、好きかな……。」 「そ、そっか……。」 …俺まで恥ずかしくなってきた。 「なら、どうしてあんなに怒った振りを……。」 「……最近、すももちゃんに構ってばっかりだったから……ちょっとした意地悪…なんて。」 くすくすと笑う春姫。 …言われてみれば、確かにすももに構ってる時間が多かったかも。 「…女の子は、自分を見てくれないと、凄く不安になっちゃうんだから。  だから……ちゃんと、私も見てくれないと。  ……ね、雄真くん?」 「……仰るとおりです。  ごめんな、春姫。俺が悪かった。」 「ん、よろしい。」 きゅ。 春姫が、俺の背中に手を回す。 俺も、春姫を抱きしめた。 「…雄真くん、大好き。」 「大好きだぞ、春姫…。」 そのまま、春姫の唇を奪う。 「んっ……。」 「…んぅ…。」 暫く、唇を重ね合わせ続けて。 「……雄真くんのキス、凄く上手。」 「…そうなのか?」 「うん。…歯止めがきかなくなっちゃいそうで、怖いくらい。」 「……そうかなぁ。」 「雄真くんは、いっぱいキスしてるから……上手になるのも、仕方無いのかな?」 じー。 上目遣いで見つめられる。 「…どうしたら許してくれるんだ、春姫?」 「……それは、雄真くんが考える事だと思うよ。」 「そっか。」 とさっ。 そのまま、春姫とベッドに倒れ込む。 「…雄真くんの、えっち。」 「……間違い?」 「半分だけ、正解。」 「じゃあ……。」 春姫の耳元に口を近づける。 「今だけは、春姫しか見ないから。  ……愛してるぞ、春姫。」 「……ん。満点だよ、雄真くん。」 「…随分と、遅いお帰りですね、兄さん。そして、姫ちゃん?」 じろり。 「え、ええっと…ちょっと、お説教が長引いちゃった。」 「……春姫、随分と機嫌がいいじゃない?」 じろり。 「う、うん……言いたい事、全部言ったから。」 「「……。」」 じーっ。 疑いの目線を向けたままのすももと杏璃。 それに対し、顔を赤らめたまま二人から目線を逸らす春姫。 ……春姫、それは暗に語ってるも同然だぞ。 「ふむ…まぁ、機嫌が良くなったなら良かったでは無いか。  やはり、このような場は楽しくなくては。」 心から嬉しそうな伊吹。 …多分、伊吹は気づいて無い。俺と春姫が何をしてたかを。 それだけに……こう、心が痛い。 「い、伊吹ちゃん……優しいです可愛いですとってもラブです〜っ!」 「な、何故急にそうなるのだすももっ!?」 そして、そんな伊吹を見て暴走するすもも。 …ああ、また伊吹がすももタイフーンの餌食に……。 「…次はすももちゃんだったんだけど……ちょっとこれは無理そうだから、  その次のあたしが先でいいかしら?」 「……お前かよ、準。」 「あら、何か不満なの、雄真?」 にやり。 「…ほら、とっとと行くぞ。」 …弱みを握られてるからなぁ。逆らえない。 「って、何処に行くつもりだ?」 てっきり自分の部屋に行くのかと思っていたが、準は全く別の方向へと歩いて行く。 「いいから、素直について来なさい。」 「…はいはい。」 そのまま、てくてくと歩き、遂には玄関へ。 「ほら、靴履いて。」 「外に行くのか?」 「……散歩しながら、夜空を見たいのよ。  ほら、此処って周りに何も無い山の中だから……凄く、綺麗な夜空が見れるの。」 「なるほど……。」 準の言葉に素直に納得し、靴を履く。 「それじゃ…えいっ。」 きゅ。 腕を絡めてくる準。 「……あれ?」 「なんだよ。」 「てっきり、あたしを引き剥がすのかなーって……。」 「…無理に引き剥がそうとすると、絶対離れないだろ。  だから、よっぽどで無い限りはほっとく事にした。」 「……ふーん。」 ぎゅっ。 今度は、完全に密着状態だ。 「…少しは、雄真も気を許してくれたのかしら?」 「……五月蝿い。  無理に相手をすると疲れるだけだ。」 「…そう言う事にしておいてあげる♪」 くすくすと笑う準。 「…ほら、雄真。上…。」 「……へぇ。」 準につられて、俺も上を見上げる。 其処には、都会で見るのとは全く違った夜空があった。 「本当に綺麗だな…。」 「うん、本当に綺麗……。」 そのまま、二人とも何も言わず、ただ上を見上げる。 「……ね、雄真。」 「…んー?」 「……キス、しよっか。」 「…んー?  ……って、何を…」 その瞬間。 「んっ…。」 「んむっ!?」 あっと言う間に、準にキスされていた。 「……隙がありすぎよ、雄真。」 「お、お前なぁ…。」 「…怒った?」 俺を見つめる準。 ……待て待て。ちょっと待て俺。 準は男だ。男性だ。オトコノコだぞっ!? 「お、怒ったに決まってるだろっ!?」 「……そんなに上ずった声出したら、すぐに嘘って分かるわよ。」 「…お、怒ってるぞ。怒ってるんだからな。」 「……もう。其処で本当に怒らないから……あたしにずっと狙われるのよ?」 笑う準。 でも、その笑みは…少し、寂しそうな、悲しそうな、そんな感じがした。 「…なんつーか、さ。」 頬を掻く。 「そりゃ、準はオトコノコだし、変な感情は無いぞ?  でも、準に色々ちょっかいを出されたり、意地悪されたり、おちょくられたり……。  そう言うの、意外と……その、悪くない、って言うか…ああもう、何言ってんだろう、俺…。」 「……雄真。」 ぎゅっ。 俺の胸に、準が顔を埋める。 「…お前、泣いて……。」 「…泣いてないわよ。  泣いてないから……少しだけ、このままにさせて。  お願い……。」 「……。」 俺は暫く、準の頭を撫で続けた。 そして。 「…ありがとう。」 「気にするな。  男でも、泣きたい時ってあるもんだし。」 「……あたしは乙女だって、何度も言ってるでしょ?」 「……なるほど。  乙女だから、そんな目を真っ赤にしてても問題は無いよな。」 「…本当に、雄真はデリカシーってやつが無いんだから。」 「五月蝿い。  ……一応、ハチよりは気遣ってる、と思ってるんだけど…どうだ?」 「……そんなの、比べられる訳無いじゃないの。」 はー、と溜め息を付く準。 …そうだよな。そんなの、比べるものじゃ無いよな……。 「だって…ハチは、そんな気遣う程、女の子と親しくなった場面が無いでしょ?」 「……それ、あんまりじゃないか?」 一瞬とは言え、納得しかけた俺も俺だけど…。 「…ま、雄真は別に今のままでもいいんじゃない?  逆に、女の子をどんどんエスコートしていく雄真も、逆に気持ち悪いし。  ……やっぱり、雄真は苛めて、可愛がって、楽しまなきゃ♪」 「…こ、こいつは。」 頬を引きつらせる俺。 「さて、そろそろ戻りましょ?  ……あんまり遅くなると、みんなが心配するから。」 「…そうだな。誰かさんが、俺の胸で泣いてるから、随分時間が経っちまった。」 「……そう言う事言うんだ。ふーん?」 にやり。 「今…何を考えた?」 「うふふ…な・い・しょ♪  帰り着いてからの、お楽しみよ。」 「…はぁ、またろくでも無い事考えたな。」 ぎゅ。 「…え?」 突然手を握られ、準がきょとん、とする。 「……ま、コレぐらいは許してやろう。」 「…こうして、雄真は準の魅力に堕ちていくのであった。続く。」 「堕ちて無い!それに続くってなんだ!」 「………誰かの真似をしただけ、なんだけどね?」 「…変な事教えないで下さいよ、小雪さん……。」 ……まぁ、準が元気になったから、多少は目を瞑るとしよう。 「準さんっ……ずるいです!」 「あ〜ん、許してすももちゃ〜ん。」 返ってきた俺達を待っていたのは、やけにぐったりとした伊吹と、ぷんすか、と怒っていたすももだった。 どうやら、自分の順番が飛ばされた事に怒っているらしい。 ……いや、伊吹とのいちゃつきを止めた方が怒りそうな気もするが……。 「で、準ちゃん……雄真に、何か変な事されなかった?」 「……。」 きゅぴーん。 うわ、準の目が光った。 ……ま、まさか。 「あ、杏璃ちゃん、聞いてっ。  あたし、あたし……雄真に受け入れて貰えたのっ。」 「……え?」 ぎしり。 やけに不自然な動きで、杏璃が俺を見つめる。 ……あ、みんなも呆然としてる。 「……つ、ついに、準ちゃんにまで手をだしたのね、雄真ぁっ!?」 「ま、待て待て!その振りかぶった拳を止めろっ!?」 「ちょっと、杏璃ちゃん!落ち着いて!」 「これが、落ち着いていられるかーっ!!」 魔法すら忘れ殴りかかろうとする杏璃を、春姫が慌てて後ろから羽交い絞めにする。 「…もう、杏璃ちゃんったら……あたしの冗談、本気にしちゃ駄目よ?」 「……え?」 準の言葉に、杏璃が手を振り上げたまま、動きを止める。 「冗談?」 「幾ら節操無しで甲斐性無しでケダモノで女誑しの雄真でも、あたしに手を出す訳が  無いでしょ?」 「……ホント、雄真?」 「出してない出してない、全然出してないぞ。」 いくらなんでも、其処まで堕ちてはいない。 ……ただ、準の台詞を完全には否定出来ない自分に、少し凹んだだけで。 「…わ、私は信じてたよ、雄真くんっ。」 「わ、わたしも兄さんの事を、信じてましたっ。」 「……わ、私も分かっていたぞ、小日向雄真。」 何故か慌てて発言する春姫・すもも・伊吹。 ……三人とも、準にも手を出したんじゃ……とか、少し思ったな。 「……こぉら、準ちゃん!あたしを騙すなんて、いい度胸だわ!  この杏璃様のくすぐり地獄、再び喰らいなさいっ!」 「きゃあっ、杏璃ちゃんに襲われちゃうっ♪」 どたばたと、広間を走り回る杏璃と準。 ……どうやら、杏璃の矛先は準に向いたらしい。 まぁ、杏璃も笑ってるから、冗談なんだろうけど。 …俺に向けてた視線は結構マジだったけどな。 「まぁ、仲の良い二人はほっといて……次はすももかな?」 「はいっ。兄さんと二人っきりですよ〜。」 「うむ。楽しんでこい、すもも。」 「……わたしは、伊吹ちゃんも一緒でもいいんだけど…?」 ちらり。 「い、いやっ!?  ほ、ほら、ここは兄妹の仲を深める、と言うのも大事だぞっ!?」 何故か矢鱈と慌てる伊吹。 …どうやら、先程のすももタイフーンのダメージがまだ残っている模様。 「兄妹の仲を、更に深める……が、頑張りますっ。」 「…えーと、すもも?」 何故か顔を赤らめ、自分に気合を入れるすもも。 ……何を考えてるんだ、この義妹さんは? 「に〜いさんっ♪」 ぎゅっ。 部屋のドアを閉めた途端、すももに抱きつかれた。 「おいおい、すもも……。」 「……。」 くんくん。 「……兄さん、さっきは何も無いって言ってましたけど…。」 じろり。 「…兄さんから、準さんの香りがします。」 「……さて、何の事かな?」 「……素直に言わないと、もう『すももコロッケ』を食べさせてあげませんっ。」 「ごめんなさい、素直に話します。」 すももの脅しに、あっさりと屈する俺。 そして、準に抱きつかれた事と、泣き止むまで抱きしめていた事を話す。 「そうだったんですか…。」 「まぁ、準も少しナイーブだったんじゃないか?  モデルのバイトとか、ファンクラブとかで忙しかったし…。」 「……。」 つねっ。 「あいたっ!?」 突然、腕をすももに抓られた。 「な、何故!?」 「……知りませんっ。  ………準さん、本気だったんですね……。」 「え?何か言ったか?」 最後の部分、声が小さすぎて良く聞こえなかったんだが……。 「…なんでもありません。兄さんは知らなくていい事ですっ。」 ぎろり。 「……すみません。」 何故かは知らないけど、睨みつけてくるすももに、素直に謝ってしまう。 「もう…本当に兄さんは、女心、と言うものを全然分かってません。」 「って言われてもなぁ……一応、理解しよう、と努力はしているつもりだぞ?」 「だったら、もっと努力して下さい。」 「手厳しいなぁ……。」 「…兄さんが見てくれるのが、わたしだけだったなら、こんなに言わないです。」 じー。 俺を見つめるすもも。 「……それは出来ない。  思いに嘘は付けないし、自分が決めた道だから。」 「…はい。それでこそ、わたしの大好きな兄さんです。」 にっこりと笑う。 「……普通、止めるもんじゃないか?特に身内は。」 「…えっと、お母さんと御薙先生にそう言って、納得して貰えますか?」 「……無理だな。」 むしろ、かーさんず(最近はかーさんず+1)は絶対に煽るよな…。 「お母さん達はともかく……兄さん。  今日、ちゃんと受け止めてあげないと駄目ですよ?」 「えっと…何を?」 「……。」 ぎゅうううう。 「いていていてっ!?」 さっきよりも、更に強く抓られた。 「兄さんっ!」 「な、なんだ?……いえ、なんでしょうか?」 再び睨みつけてくるすももを見て、思わず敬語になってしまう。 「……ほんっとうに、分かってないんですか?」 「……いや、だから何を?」 「………はー。」 俺の言葉には答えずに、深く溜め息をつくすもも。 …結構傷つくぞ、その対応。 「兄さん……今日は、何処で寝るんですか?」 「何処って…そりゃ、この屋敷で寝るつもりだけど。」 「…この屋敷の、何処の、部屋で、寝るんですかっ!」 「いや、なんでそんなにワザワザ言葉をぶつ切りにして喋るかな……?  ……ええっと、伊吹の部屋で寝る訳だが…。」 「…まだ、分かりませんか?」 …考える。 …………。 ……うん。考えた。考えたけど。 「……ちょっと、待ってくれ。  も、もしかして……。」 「…もしかしなくても、きっと伊吹ちゃんはそう思ってますよ、兄さん。」 「……そうなのか。」 …いや、だけど。 「兄さん…何を悩んでいるんですか?」 「あのなぁ……悩まない訳が無いだろ。  …そりゃ、春姫や杏璃、小雪さん、そして…すもも。  四人に手を出しておいて言うのもなんだけど……やっぱり、考えるよ。」 「でも……だからって、伊吹ちゃんを他の人に取られてもいいんですか?」 「嫌だ。」 すももの言葉に、即答する。 「じゃあ、いつかは通る道です。それが、たまたま今日だっただけですよ。  …頑張って下さいね、兄さん?」 「……まさか、義妹にえっちを勧められるなんて。  ううっ、純真で清らかだったすももが、いつの間にこんなに乱れてしまったのか……。」 「………。」 がしっ。 「うをっ!?」 突然、すももに足を引っ掛けられる。 そしてそのまま、俺はすももに押し倒されるように後ろ……ベッドへと倒れこんだ。 「…えーと、すももさん?」 「……そうですか。  わたし、もう純真で清らかじゃ無いんですね、兄さん。」 「いや、それは、言葉のあやと言うか、なんと言うか…。」 「それじゃ……わたし、兄さんの言葉通りになっちゃいますっ。」 ちゅっ。 ほっぺたにキス。 そして、そのまま頬擦りをしてくる。 「にぃさ〜ん♪」 「す、すもも!?一体何を?」 「えへへ……兄さんを、誘惑しちゃいます。」 そのまま、俺の上着を脱がそうとする。 「こ、こら!やめなさい、すもも!」 「駄目です。却下です。聞く耳持ちません。  ……姫ちゃんには、負けませんっ。」 「何を馬鹿な事を……って、うわ、一体何処に手を入れるっ!?」 「…兄さん、やっぱり…えっちです。  もう、こんなになってるじゃないですか。」 「…それは、お前がこんなに引っ付くから……。」 「……わたしの所為、ですよね。  だったら…ちゃんと、わたしが、責任を持って……鎮めてあげますね、兄さん?」 「…え?う、うわわっ!?」 「るん、る、るん…♪」 「……ただいま。」 妙にご機嫌で頬を赤く染めたすももを連れ、俺は広間に戻ってきた。 …何があったかは、秘密。 「あらすももちゃん、ご機嫌ね〜。」 「はいっ。たっぷりと兄さん分を補給してきました♪」 「兄さん分ってなんだよ……。」 「兄さんと一緒に居ると補給出来るんです♪」 「…さいですか。」 いかん。今のすももは完全にすもも時空を形成してる。 何を言っても、効き目が無さそうだ…。 「……。」 ちらり。 「ん?」 「っ!?」 視線を感じ、そちらを見る。 すると、伊吹と一瞬目が合う。 だが次の瞬間、何故か思いっきり明後日の方向を見る伊吹。 その顔は、真っ赤。 「む、むぅ…月が綺麗だな、沙耶。」 「…えっと……。」 俺と伊吹、両方を見ながら困った顔をする上条さん。 そりゃそうだ。 ……伊吹、お前はドアを見てる筈なんだが…月が見えるのか? 「何かあったのか、伊吹…?」 「…な、何も無いぞっ!?」 「……。」 どうして、こっちを見ないかな。 しかも、声が相変わらず上ずってるし。 「……一体、何があったんだ?」 「ま、乙女の嗜みを色々と……ね、春姫ちゃん?」 「え、ええっ!?」 準に言葉を振られ、春姫が慌てる。 その春姫の顔も赤いし。 「…どうしたんだ、春姫?」 「あ、あの、そのっ……あ、杏璃ちゃん、助けてっ。」 「ど、どうしてあたしに振るのよっ!?」 「だ、だって、さっきはあんなに話してたじゃない!」 「それを言うなら春姫だって、どんな風にしたらいい、とか言ってたわよ!?」 「…えーと、話が全然見えないんだが……。」 何故にみんなして、顔を真っ赤にしてるんだ…? 「…え、ええと、次は上条さんですよね?」 「す、すももの言う通りだ、小日向雄真!  兎も角速やかに、暫く沙耶と此処を離れていろ!」 「い、伊吹様っ!?」 すももの言葉に反応した伊吹が、上条さんの腕を引っ張る。 そして、そのまま俺の方へ。 ぽんっ。 「きゃっ!?」 「うをっ!?」 結果、俺が上条さんを抱きとめる、と言う形に。 「ご、ごめんっ。」 「い、いえ、こちらこそっ。」 慌てていた所為か、上条さんを抱きしめたまま謝る。 上条さんも、俺から離れようとしない。 「もう、雄真ったら……こんな所で見せ付けるつもり?」 「……はっ。」 準の言葉で、ようやく今の状況を理解する。 「……小日向雄真、そして沙耶よ……もう一度しか言わぬぞ。  …とっとと、この場を、去れっ!!」 「「は、はいっ!?」」 「…へー、ちゃんと畳の部屋もあったんだ。」 「ここは、お茶会などに使っている部屋ですから。」 ビサイムを持ち出した伊吹を見て、慌てて俺と上条さんは広間を後にし。 上条さんに連れられてきたのは、和式の部屋だった。 「……あー、落ち着く。思わず寝転がりたいぐらい。」 と言うか、精神的にも疲れたけど……肉体的にも疲れてるからな。 …いや、俺が悪いんだけど。 「あ、あの、小日向様……。」 「ん?」 振り返ると、正座をした上条さんが居た。 そして、赤らめた顔で俺を見つめ。 「……ひ、膝枕など如何でしょうか?」 「ひ、膝枕か…。」 そのまま、暫く二人とも黙り込んでしまう。 「お、お嫌でしょうか?」 「とんでもない。……いいの?」 「は、はいっ。」 「では……失礼します。」 ぽふ。 「……あー。」 思わず、だらしない声が出てしまった。 「…あ、ごめん。」 「いいえ、気にしておりませんので…。」 「いや……あまりにも、気持ちよくて…。」 「そ、そうですか……。」 更に顔を赤くして、俯いてしまう上条さん。 …うーん、最近は大分馴染んできたとは言え、やっぱり奥ゆかしい大和撫子なんだな…。 「……そう言えば、上条さんは、ずっと広間に居たんだよね?」 「はい。」 「じゃあ…なんでみんなが顔を真っ赤にしてたか、知ってる?」 「えっ……。」 俺が聞いた瞬間、上条さんの身体が、びくり、と震える。 …知ってるな。 「…あの、それは…。」 「凄く、言いづらい事?」 「……その……申し訳御座いません。」 「いや、無理して聞くつもりは無いから。  やっぱり、女の子同士の秘密の話ってあるだろうし。」 …問題は、其処に準が居て、全く違和感無く、会話が進められていると言う事だが。 ……諜報部員とかできそうだな。 「……ちょっと寂しくはある。コレは本当。  でも…それ以上に、みんなが……特に、伊吹と上条さん。」 「…私ですか?」 「そう、上条さんも。  …二人とも、過去や、生まれとかに縛られず、一緒に笑えるようになった。  時々怒ったり、拗ねたりもするけど……でも、それもきっと、幸せの一つ…だよね?」 「……小日向、様…。」 「…なんて、少しカッコ良く言ってみたり。」 そう言って、上条さんから目を逸らす。 ……ううむ、思った事をそのまま言ったら、物凄く恥ずかしい台詞になってしまった…。 「…皆様のお陰です。  私達だけでは、きっと伊吹様を止める事は出来ませんでした。  皆様が、伊吹様の心を動かしたのです。」 「……こら。」 ぺち。 軽く、本当に軽く、上条さんの頬を叩く。 「…小日向様?」 「確かに、みんなが居たから、ってのもあると思う。  ……でも、今までずっと一緒に居た信哉、そして上条さんの行動と言葉が、伊吹に全く  響かなかったとでも思ってる?」 「……で、ですが…。」 「きっと、俺達だけじゃ…伊吹は過ちを犯し、取り返しのつかない事になってた。  ………心から伊吹の事を思っている二人が居たからこそ、伊吹は今、笑う事が出来るんだよ。  伊吹だって、感謝してる筈さ。  ……ただ、恥ずかしいから言えないだけで。」 そのまま、上条さんの頬をそっと撫でる。 「あー、なんか難しいような変な話になっちゃったけど……今は幸せ。だから笑おう。  ……凄く簡単になっちゃったけど、それじゃ駄目かな?」 「……はい。」 すっ。 俺の手に、上条さんの手が重ねられる。 「…小日向様……いえ、雄真さんに出会えて、本当に、良かった…。」 感極まってしまったのか、上条さんの目から、涙が溢れる。 「…すみ、ませ……涙、出てっ……。」 「いいよ、気にしなくて。  ……女の子が泣くのを見るのは嫌だけど、コレは嬉しくて流す涙だから。」 起き上がり、上条さんを抱きしめる。 「……う、うぅっ……。」 声を押し殺し泣く上条さん。 その頭を、そっと撫でる。 …そして、それが暫く続き。 「…落ち着いた?」 「……はい。」 目を真っ赤にした上条さんが、小さく呟く。 「…小日向様には、お恥ずかしいところを……。」 「恥ずかしいなんて思って無いよ。むしろ…素直に感情を出してくれて、嬉しいかな。」 「……。」 きゅ。 何も言わず、俺の裾を掴む。 だけど…上条さんの気持ちが、少し伝わった気がした。 「…ふぁ。」 「ぐっすりお眠りでしたね。」 「……疲れて寝てたのは、みんなには秘密で。」 「…はい。ご安心下さい。」 そんな事を言いながら、俺と上条さんが広間へ戻ると。 「……な、なんと。  そのような事まで……。」 「ふっふーん。  もしかして、怖気づいちゃったかしら?」 「ば、馬鹿な事を言うな、柊杏璃!  むしろ、その程度かとがっかりしたわ!」 …えーと。一体、何の話をしてるんだ? 「へー…言っとくけど、最初って、すっごく痛いわよ?」 「…そ、そうなのか、すもも?」 「わ、わたし?  …うん、痛かった、けど……兄さんと一つになれた、証だから…。」 「そ、そうか…。」 な、何を言ってるかなすももさん? 「ま、まさか……。」 上条さんの方を向く。 もしかすると、多少は引きつった顔をしているかもしれない。 「……恐らく、小日向様の考えられている通りだと思います。」 顔を赤く染めつつ、申し訳無さそうに言う上条さん。 「…上条さんも、その場に居たんだよね。」 「……はい。」 「……全部?」 「………はい。」 …ちょっと、いやかなり泣きそう。 「そりゃ、確かに俺がした事だから、隠すつもりは無かったけど……。  …だからって、なんでみんなでそんな話に……。」 「あの、それが……。  ……今夜、伊吹様が、その…。」 「…最後まで言わなくてもいいよ。」 上条さんの言葉を遮る。 「伊吹がその気でいる、ってのはすももから聞いた。  ……あ、だからって、はいそうですか、って素直に受ける訳じゃ無いぞ。  すでに四人に手を出しておいて言うのもなんだけど……じっくりと、ちゃんと考えるべき  事だと思うから。  …伊吹は勿論の事、俺だってね。」 「……。」 「…心配なら、上条さんも今夜一緒に居る?」 「……え、ええっ!?」 ぼんっ。 一瞬にして、上条さんの顔が真っ赤に染まる。 「い、いや、変な意味じゃ無くて!  その、伊吹と俺が安易に変な行動に走らないように監視すると言うか、なんと言うか……。」 「………。」 「か、上条さん?」 「…か、考えておきます。」 「ま、まぁ、最悪俺が離れの小屋で寝ればいいだけの話だし……。  それよりも……どうして、暴露話になってるの?」 「それが……伊吹様は、そう言う知識を全くご存知無いのを不安に思われていたらしく、  すもも様にご相談された所、『準さんに聞くのがいい』と言われ……。」 「……ごめん、もう展開が読めた。  多分準の事だから、『それは当事者に聞くのが一番』とか言い出したんだな……。」 「…はい。」 ……さて、どうするか。 とりあえずは…止めるか。流石にこれ以上は俺が恥ずかしい……。 「ごほん。」 「!?」×5 ワザと咳をしながら、俺は広間に入る。 「お、おかえりなさい、雄真くん。」 「ただいま、春姫。  ところで…一体、何の話をしてたの?」 「そ、それは……内緒っ。」 顔を真っ赤にする春姫。 …そんなに恥ずかしい話までしてたのか? 「さて……次の杏璃で、最後かな?」 「あ、うん…あたしで、最後。」 「そっか。  それじゃ……夜も遅いし、そろそろ解散かな?」 ちらり、と時計を見る。 短針は、11を超えていた。 「…そうですね。明日もありますし、それがよろしいかと。」 上条さんが、俺に同意してくれる。 どうやら、俺の意図を汲んでくれたらしい。 「えー、もうなの?」 「…特にお前はとっとと寝れ、準。」 小雪さんが寝ても、お前の所為で、結局は大変な事になったんだぞ……。 「伊吹…眠かったら、先に寝ててもいいぞ。  杏璃と少し話をしたら、ちゃんと部屋に行くから。」 「……いや、起きて待っていよう。」 真剣な目で、伊吹が俺を見つめる。 「…そうか。分かった。」 俺も、伊吹に頷き返す。 「…と言う訳で、今日はお開きだ。  皆、速やかに寝るように。」 伊吹の言葉にみんなが従い、部屋へと戻る。 「……さて、それじゃ行くか?」 「あ、うん……。」 杏璃が、伊吹を見つめる。 「…構わぬ。  お主も、小日向雄真を待っていたのであろう。  ……妬きはするが、止めるほど愚かでも無いぞ。」 「……ありがとう。」 「お、お礼など良い!  ええい、早く行かぬかっ!」 それだけ言って、伊吹は自分の部屋に入ってしまった。 杏璃の部屋に入った俺は、早速……。 「雄真……ぎゅって、して?」 「…ん。」 ぎゅ。 杏璃に甘えられ、抱きしめていた。 「…本当に、杏璃は甘えん坊だな。」 「……嫌?」 じー。 「……嫌だったら、いつも甘えさせたりしないだろ?」 「…うん。」 そのまま、俺の胸に擦り寄ってくる。 「雄真、大好きっ。」 「…俺も大好きだぞ、杏璃。」 いつも通りの、のんびりとした雰囲気。 「…ね、雄真。」 「んー?」 「あのね…。」 「うん。」 「…ごめんね。」 突然、杏璃が謝る。 「…どうしたんだ?」 「……実は、さっき…みんなで、話をしてたの。」 「みたいだな。」 「それでね……その…。」 あー、とか、うー、とか言いながら、もごもごと口ごもってしまう杏璃。 どうやら、頭の中でうまく纏まらないらしい。 「…えっと、その…。」 「……いいよ。  実は、ちょこっとだけ聞こえてたから。」 笑いながら、杏璃の頭を撫でる。 「き、聞こえてたのっ!?」 「……聞くつもりは無かったんだけどな。  ちょうど広間に戻る途中で、聞こえた。」 「………やっぱり、怒ってる…よね?」 「…怒ってたら、こんな風に抱きしめてると思うか?」 「…怒って無いの?」 杏璃の言葉に、大きく頷く。 「良かった……。」 「…伊吹の事を考えて、あんな話をしてたんだろ?」 「…うん。  伊吹が、雄真と結ばれたいって。でも、自分は知識が無くて、怖いって……。」 「……だから、みんなの初めての時の話を?」 「準ちゃんが…『みんなの経験を話せば、きっと伊吹ちゃんの恐怖も和らぐ』って……。」 「やっぱりアイツが扇動者か…。」 ……今度、準とはきっちりサシで話をしなければ。 そして……みんな、準はオトコノコだ。気づいてくれ。 自分の初体験の話を、オトコノコの前でしても平気なのか……? 「でもなあ…その、初体験って…そんなに急ぐ事か?  俺には、イマイチ理解出来ないんだが……。」 時が来れば、自然と結ばれるものだろうし。 それに…えっちな事をしようがしまいが、伊吹に対する気持ちは変わらないのだが…。 「…雄真、馬鹿でしょ。」 呆れたような顔をして、杏璃が俺を見る。 「いや、馬鹿なのは確かに否定出来ないけど……。」 「…こう言う事は、全てタイミングなの。  そして…一度そのタイミングを逃すと、次のチャンスは中々来ないんだから。」 「……そうか?」 いまいち分からない。 「極端な話、あたしと春姫は寮で一人暮らしだから、その気になれば幾らでも機会があった。  小雪さんだって、滅多に人が近づかない部室があるし、最悪ゆずはさんの力も借りれた。  すももちゃんに至っては……毎日夜這いも可能だったでしょ?」 「また本当に極端だな…。」 あれ?男は夜這いだけど、女はお情け、だったような……? まあいいか。 「……でも、小雪さんは観覧車の中だったし、あたしは酔っ払ってた。  春姫はあたしと小雪さんの作戦だったし、すももちゃんは『Oasis』だった。  ………常日頃、どれだけ近づいていても、結局はきっかけ、タイミングなの。  分かった、雄真?」 そう言って、俺を見つめる杏璃の瞳。 それは、一つの事を訴えていた。 ――伊吹の気持ちに、応えてあげて。 「……やきもちは妬く癖に、他人をほっとけないよな、杏璃は。」 「う、うるさいわね…。」 顔を真っ赤にして、俺から目を逸らす。 「でも……今回は、特にお節介してるかも。  …伊吹って、あたしと似てる感じがして。」 「……え?」 「今は違うけど、以前のあたしって、魔法だけに囚われてたから。  伊吹も、前は式守の秘宝…正確には、那津音さん…だったかな?  その人の想いに、囚われてたらしいじゃない?」 「……ああ、そうだな。」 「だから……なんとなく、親近感を持っちゃって。」 ぽつり、と呟く杏璃。 「…ま、まぁ、あたしみたいに大人の女性じゃなくて、伊吹はまだまだガキンチョだけど?」 「……くっくっく。」 「わ、笑ったわねっ!?」 「だって……大人の女性って、誰が?」 「あ、あたしに決まってるじゃないっ!」 「…へー。  大人の女性は、俺が帰ろうとすると抱きついて離さない人の事を言うのか?」 「あ、ぅ…。」 再び顔を真っ赤にして、俯く杏璃。 「…そうだ。  折角だから、俺と二人っきりの時の杏璃の行動を、伊吹に話してみようかな?」 「だ、駄目っ!」 「なんで?杏璃は大人の女性なんだろ?  だったら、ガキンチョの伊吹に教えたら、少しは大人っぽくなるかもしれないぞ。」 「…は、恥ずかしいから、言ったら駄目っ。」 じーっ。 真っ赤な顔のまま、俺を睨みつけてくる。 …だから、そんな顔しても怖く無いぞ。むしろ、逆に可愛い。 「……認めるか?自分が、甘えん坊だって。」 「………。」 きゅ。 無言のまま、杏璃の手が、俺の背中に回される。 「…うん。」 「そっか。  ……でも、そのままでいいんだからな。と言うか、甘える杏璃が可愛くて仕方が無い。」 「…ホント?あたし、もっと甘えてもいいの?」 「……二人っきりならな。  人前だと…多少は手加減するように。」 …恥ずかしいとかよりも、他のみんなからのプレッシャーが怖い。   「それじゃ……お休みのキス、して欲しいの。  本当は、このまま一緒に寝たいけど……伊吹が待ってるし。」 「…悪い。」 「ううん、いいの。  ……妬いちゃうけど、みんなに優しい雄真が、大好きだから。」 俺を見上げ、にっこりと微笑む杏璃。 「その表情…反則だ。  そんな笑顔を見せられたら、杏璃から離れられなくなる……。」 ぐっ。 杏璃を、さらに抱き寄せる。 「…嬉しいけど、今日は伊吹の為に時間と気持ちを使ってあげて、雄真。」 「ん。ごめん。  ……じゃ、キス、するぞ。」 俺の言葉に、杏璃が目を閉じる。 ちゅ。 唇が軽く触れる程度のキス。 「「……。」」 お互いに見つめあう。 …本当は、もっとキスしたい。 だけど……そうしたら、キスだけでは我慢できなくなってしまうだろう。 だから、今日は、これだけ。 ……そして、それはきっと、杏璃も同じ。 「…この後は、明日に予約だからね、雄真。」 「…ん。  それじゃ……お休み、杏璃。」 「おやすみ、雄真。」 「…緊張するなぁ。」 伊吹の部屋の前で、なんとなく呟いてみる。 ……伊吹はどうやらその気らしいし、みんなもそれを容認…と言うか、むしろ 後押ししてるみたいだけど……。 「……悩んでいても、仕方が無いか。」 こんこん。 「伊吹、入るぞ?」 「……うむ。」 がちゃり。 「悪い、ちょっと遅くなっ……!?」 部屋に入った俺は、一瞬、思考回路が完全にショートした。 「……な、何をぼさっと突っ立っておる!  早くドアを閉めぬか!」 其処に、伊吹は居た。確かに、居たんだけど……。 「…その格好、何?」 頭にウサミミ、着てるのは大きめのワイシャツのみ。 だけどワイシャツのボタンは上二つから下は留められていて、肝心の部分は見えない。 「……こ、コレは……お、男とはこのような格好に興奮する、と……。」 顔を真っ赤にしながらも主張する伊吹。 「……。」 とりあえずドアを閉めた後、額に手を当てる。 なんて言うか…偏りすぎだろ、その知識。 大体何処から出てきた話なのかは、もう検討が付いたけど……。 『見えそうで見えないもどかしさと、魅惑のふとももがポイントよ♪』 「…本気でお説教だな、準は。」 低く呟く。 「……もしかして、お主の趣味には合わなかったのか?」 不安そうな瞳で、俺を見上げる伊吹。 「…いや、その……。」 「…そうか。やはり、私には女の魅力など無かったか……。」 俺から目を逸らし、笑う。 …ただ、その目にはうっすらと涙が。 「……ああもう、世話のやけるっ。」 ぐっ。 「なっ!?」 伊吹の手を取り、そのまま強引に抱き寄せる。 「こ、小日向雄真っ!?」 「…伊吹は十分に魅力的な女の子だ。  だから…無理に、そんな格好をしなくても大丈夫だぞ?」 「……お世辞など、良い。」 「お世辞じゃ無いって。  …今、こうして伊吹を抱きしめているだけでも、ちょっと危ないし。」 「………危ないとは、どう言う事だ?」 俺の言葉に、首を傾げる。 「はっきり言ってしまうと……伊吹にえっちな事をしたい、って思ったりする訳だ。」 「な、なななななっ!?」 ぼんっ。 面白いように動揺する伊吹。顔も、あっと言う間に真っ赤だ。 「こ、このような身体に、欲情するのかっ!?」 「……あのさ。  そもそも欲情しないと、抱きたい、って思わないんじゃ?  …勿論、それだけじゃ駄目だけど。」 「だ、だが…。」 俺に見つめられ、目線をあちこちに彷徨わせる。 …誘う格好をしておいて、こっちが抱きしめたら動揺されてもなぁ……困っちゃうんだけど。 「…それに、別にその格好だから、って訳じゃ無い。  伊吹だから、その、そんな格好をされて、更に興奮する、と言うか……。」 「そ、そうか……。」 真っ赤な顔のまま、呟く伊吹。 だけど、その表情は少し嬉しそうだ。 「……と言う訳で、寝るか。」 「うむ。今日は色々あって疲れた……。  ………って、それではこの格好の意味が無いではないかっ!!」 「…騙されなかったか。」 意外と上手く行くかと思ったんだけど…駄目か。 「そうだ……一つ、聞いておきたいんだけど。」 「…なんだ?言っておくが、もう騙されぬぞ?」 じろり。 至近距離で睨まれる。 「いや、どうして急に、俺と……その、結ばれたい、なんて思ったんだ?」 「そ、それは…。  ……決して誰にも言わぬと、約束出来るか?」 「ああ。約束する。」 俺の言葉を聞いた後、伊吹は恥ずかしそうに目を逸らし。 「……すももから、色々と惚気られてな。」 「…は?」 「どう言う訳かは知らぬが、何故か…その、お主との睦みについて、事細かに話してくるのだ。」 「……ナンデスト?」 えーと、つまりは。 俺とすももの赤裸々な体験が、全て伊吹には筒抜けな訳で。 「…ど、どうした小日向雄真?」 「……気にするな。別に伊吹の所為じゃ無いから…。」 一気に疲れが押し寄せた。 …すもも。伊吹と仲良しなのは分かるが、全部話すのは、どうかと思うぞ……。 「…で、だ。  すももの惚気話を、最初は適当に聞き流していたのだが……。  ……そのうちに、その……羨ましくなって、だな……。」 「………。」 ……ええっと。 「……それだけ?」 「ああ。それだけだ。」 何を今更、と言わんばかりの伊吹の顔。 「…それだけって。  伊吹……もっとこう、色々考えたりしなくていいのか?」 「色々…と言うと?」 小首を傾げる伊吹。 「ほら、本当に俺でいいのか、とか、後悔しないか、とか、後は…式守家だってあるだろ?  そんな……羨ましいってだけで、簡単に決めるのはどうかと思うぞ?」 「……はぁ。」 大きく溜め息を一つ。 そして。 「……ビサイム!」 ひゅんっ。 ごすっ! 「ぐはぁっ!?」 背後から、突然の衝撃。 …どうやら、遠隔操作でビサイムを操り、俺の後頭部に一撃を加えたらしい。 「………お主は本当に馬鹿だな、小日向雄真。」 「そ、そりゃ、馬鹿なのは認めるが……。」 「戯け。……良いか、小日向雄真。  そもそもお主が良いから、こうして今、共に居るのだ。これで一つ。  後悔など、その事を行ってみなければ分からない。これで二つ。  式守家は無論大事だが、それ以上にお主の方が大事だと、以前から言っている。これで三つ。  ……まだ、何か聞きたい事はあるか?」 「…いや、でも……。」 「……ええい、まどろっこしい!」 ぐいっ。 「ぐぇっ!?」 襟を掴まれ、無理やり頭を下げられる。 そして、俺の目の前には伊吹の顔が。 「今の私は、お前が欲しい。  式守よりも……すももよりも、だ。  後先など、知った事か。」 「い、伊吹……。」 真剣な表情の伊吹。 その伊吹の瞳から……目が逸らせない。 「場所とか、立場とか、今の環境とか……その様な無粋なものは忘れよ、小日向雄真。  私はただの女だし、お主はただの男だ。それ以上でも、それ以下でも無い。」 「…ああ。」 伊吹の言葉に、素直に頷く。 まるで、魔法にかかったかのように。 「その上で、問う。  小日向雄真よ……お主は、私を欲しくは無いか?」 伊吹の問い。 そのまま、お互いに暫く沈黙が続き。 「………欲しい。」 ぽつりと、俺は呟いた。 「…なら、それで良いではないか。  私も小日向雄真が欲しいし、お主も私が欲しい。  これ以上の理由など、在るまい?」 そう言って、伊吹が笑う。 ……その笑みを見て、なんだか色々考えていた自分が、馬鹿らしくなってしまった。 「……知らないぞ、後でどうなっても。」 ひょいっ。 「なっ!?」 伊吹を抱きかかえる。俗に言う、お姫様抱っこ。 そして、そのままベッドへ行き、そっと降ろす。 「…あ、うぅっ。」 とっさに、近くにあったシーツを掴もうとする伊吹。 「こら、隠すな。」 その手を、掴んで止める。 そして、伊吹の身体をじっくりと見つめる。 「…そ、そんなに見つめるなっ……!」 「…さっきあれだけの啖呵を切った奴が、何を言っているのやら。」 「あ、あれは本当の事だが…だからと言って、行為そのものが  恥ずかしくない訳では無いのだぞっ!?」 もじもじと、ふとももを擦り合わせる伊吹。 …その度に、付け根の部分が見えたり見えなかったりするのが、なんとも……。 「ど、何処を見ているっ!?」 俺の視線に気が付いたのか、掴まれていない方の手で、其処を隠そうとする伊吹。 だけど、それを俺が許す訳も無く。 「だーめ。そんな格好をしてるって事は、目でも俺を楽しませてくれるつもりだったんだろう?  だったら……隠すなよ。」 もう一方の手も、捕まえる。 そして、じっくりと伊吹を見つめる。 「…く、うっ……。」 顔を真っ赤にして、羞恥に耐える伊吹。 俺の目線が余程恥ずかしいのか、ふるふる、と身体を振るわせる。 それに対応するかの様に、頭のウサミミも震える。 トドメは、さっきからずっと擦り合わせているふともも。 その全てが……俺の理性を、あっと言う間に奪い去っていった。 「……伊吹っ。」 「ひゃっ!?」 ぎゅっ。 正面から、伊吹を強く抱きしめる。 「…いいか?」 「……ああ。  私を、お主の……小日向雄真のものに、してくれ。」 「……分かった。」 俺はそのまま、伊吹に覆いかぶさるように――。 「ま、待てっ!」 ぐいっ。 「おぶっ!?」 …半分押し倒す状態になっていた俺は、伊吹の差し出した手で、腹部を強打していた。 ちょっと、痛い。 「……その、事をする前に、だ。」 「なんだ?」 「…すももの時みたいに、キスをしては……くれぬのか?」 「……あ。」 …いかん。ウサミミワイシャツの破壊力に、すっかり忘れる所だった。 「……伊吹。」 伊吹の目を見つめる。 「…うむ。」 伊吹の手が、俺の首に回される。 「……大好きだ。  いや……愛してるぞ、伊吹。」 「…私もだ。  お主を、小日向雄真を……愛している。」 そのまま、伊吹にゆっくりと覆いかぶさり、キスをする。 そして、伊吹の甘い声が聞こえるまで、大して時間は掛からなかった――。 「……あの、伊吹?」 「………ケダモノめ。」 「ううっ…。」 ベッドの中。 俺の腕を枕にしていた伊吹が、ぼそり、と呟いた。 「いや、その……。」 「…私は、初めてだと言うのに……手加減すら無かったな。」 じろり。 「…すまん。  伊吹が、あんまりにも可愛かったものだから……抑えがきかなかった。」 素直に謝る。 「もしかして、痛かったか……?」 「…その、お主を受け入れた時は、勿論痛かったが……。  それ以外ではなんとも無かったから、安心しろ。」 「…そっか。良かった…。」 とりあえずは、一安心。 「……それで、どんな感じだ?」 「う、む……。」 そこで、伊吹は頬を赤く染め。 「こう、上手く纏められぬのだが……ただ、これだけは言える。」 「……なに?」 「…小日向雄真。お主と一つになる事が出来て……凄く、幸せだ。」 そして、にっこりと微笑む。 「…うん。  俺も、伊吹にそう言って貰えて、凄く嬉しいし、幸せだ。」 ぎゅ。 枕にされていた腕を使って、伊吹を抱き寄せる。 「…大好きだぞ、伊吹。」 「…ああ。大好きだ、小日向雄真。」 そのまま、暫くお互いに寄り添い合う。 「……なあ、小日向雄真よ。」 「…ん?」 「その……もう一回してくれ、と言ったら……して貰えるか?」 「……伊吹のえっち。」 「なっ……わ、私では…んむぅっ!?」 何か言おうとした伊吹に、唇を重ねる。 「…んっ、ちゅっ……。」 「ふぅっ……ん、ぷぁっ……。」 舌を絡ませあい、そのまま伊吹の口内を蹂躙する。 「……んんっ…ふぁ…。」 キスを止めてもぼーっとしている伊吹。 そんな伊吹の耳元に、口を寄せる。 「…伊吹が望むなら、何度でもいいぞ。」 「……こ、小日向、雄真っ……。」 潤んだ伊吹の瞳が、俺を見つめる。 …だが、何故か伊吹は首を振る。 「き、気持ちは嬉しいのだが……違うのだ。」 「…違う、って?」 どう言う事だ? …だが、次に言った伊吹の言葉は、俺の想像の付かない言葉だった。 「………居るのであろう、沙耶?」 「…な、に?」 かちゃり。 「………。」 静かに、ドアが開かれる。 其処に居たのは…パジャマ姿の上条さん。 「あ、あの、小日向様っ……。」 「沙耶……とりあえずは、ドアを閉めてこちらへ来い。  誰かに気づかれるのは不味い。」 「は、はいっ。」 慌てて部屋に入り、ドアを閉める。 「……コレ、どう言う事?」 上条さんは、俺の名前を呼んだ。 もし、扉の前に居たのが偶然なら、俺だけで無く…いや、むしろ伊吹の名前を先に呼ぶだろう。 と、言う事は……。 「まさか……上条さんが居たのって、伊吹の差し金か?」 「ほう…察しが良いな、小日向雄真よ。」 にやり、と笑う伊吹。 そして、顔を真っ赤にして黙ったままの沙耶。 「……少しは参考になったか、沙耶?」 「あ、あの、伊吹様っ……。」 「参考、って……。」 ……俺の頭の中に、一つの考えが浮かぶ。 「…ま、まさか。」 「……うむ。  小日向雄真……私と同じように、沙耶とも結ばれて欲しいのだ。」 「な、なんだっむぐぅっ!?」 「馬鹿者、声が大きいぞっ。」 咄嗟に、伊吹に口を塞がれる。 「…ぷぱっ。」 「……皆が寝ておるのだ。少しは考えろ。」 そう言って睨まれる。 「…それは悪かった。謝る。  ……だけど、ビックリするのは仕方無いだろ。」 伊吹はまだ、事前に色々とそんな雰囲気があったりした。 だから、多少は心を落ち着かせる事が出来た。 だけど……上条さんは、全くの予想外、突然の出来事だ。 いきなり上条さんも抱いてくれ、なんて言われても…突然過ぎて、困る。 「…突然で、悪いとは思っている。  だが……こうでもせぬと、沙耶の場合、尚更機会はやって来ないだろう、と思ってな。」 「……上条さんは、この事を?」 「…小日向様が、柊様の部屋に入られてから、伊吹様に話を伺いました。」 「それで、今此処に居るって事は…。」 上条さんを見つめる。 暫くの沈黙の後。 「…覚悟は、出来ております。」 真っ赤な顔のまま、でも真剣な上条さんの瞳が、俺を見つめる。 「……人との関わりが苦手な沙耶が、此処まで言っているのだ。  その気持ち……分からないお主でもあるまい?」 「……小日向様っ…。」 伊吹、そして上条さん。 二人の視線が、俺を貫く。 「………上条さん。」 「は、はいっ。」 「…本当に、俺でいいんだね?」 「……違います、小日向様。  小日向様でなければ……駄目なんです。」 そう言って、くすり、と微笑む上条さん。 その表情に……俺は、思わず見とれてしまった。 「……。」 ぎゅうううう。 「いててててててっ!?」 「…ふんっ。」 伊吹に、思いっきり腕を抓まれた。 どうやら、上条さんに見とれていた事に拗ねてしまったらしい。 「…思いっきり抓ったな……。」 「五月蝿い。この程度で済ましてやっただけ、有難く思え。」 脱ぎ捨てたワイシャツを、再び纏う伊吹。 「……さて、私はシャワーでも浴びてこよう。  …暫くは戻らぬから、好きなだけ睦みあうが良い。」 かちゃり。 ぱたん。 そのまま、伊吹は部屋を出て行ってしまった。 「…一応、気を利かせてくれたのか。」 ただ、好きなだけ睦みあえ、と言われても……。 「……えっと。」 「…あ。」 目が合う。 それだけで恥ずかしくて、俺も上条さんも顔を赤くして、黙り込んでしまう。 「……あの、さ。」 「は、はいっ。」 「…み、見てたなら分かると思うけど……もしかすると、さっきみたいに、  自分を抑えられないかもしれないけど……。」 「……あぅ。」 ぼんっ。 さっきの光景を思い出したのか、上条さんの顔が更に真っ赤になる。 「…それでも、いいかな?」 「……は、はいっ。  た、多少でしたら、知識や心得がありますのでっ。」 「…そう言えば、夜伽とか言ってたね、前。  ……いや、そんな事はどうでもいいや。」 立ち上がろうとして……自分が今、シーツを纏っただけの素っ裸だと言う事に気が付く。 「…しまった。ええっと、下着は……。」 「……。」 ぷち。 「…え?」 目の前で、上条さんが、自分のパジャマのボタンを外していく。 「い、いきなり何をっ!?」 俺の言葉に答える事無く、上条さんはボタンを全て外し、上を脱いだ。 同じように下も脱ぎ、床にそっと置く。 …俺の目の前には、素肌の上条さんが。 「か、上条さん……。」 「……し、失礼しますっ。」 そのまま、シーツの中に上条さんが入ってくる。 そして、俺に抱きついてきた。 「こ、これで、私も小日向様と一緒です。」 「…俺を気遣ってくれたの?」 「もしかして、ご迷惑だったでしょうか…?  ……そ、そう言えば、殿方は自分で脱がせた方が悦ぶと……!?」 「…いや、それは人それぞれだから、なんとも言えないけど…。」 直に感じる、上条さんの肌の感触。 そして、仄かに香る匂い。 ……マズイ。 「……あっ。」 「…ごめん。」 あっと言う間に、俺のモノは大きくなっていた。 勿論、抱きついている上条さんも、その事にはすぐに気づく訳で。 「……いえ。  私で、その、このようになって貰えて……嬉しいです。」 「…は、恥ずかしいな。」 照れくさくて、頬を掻く。 …とは言え、いつまでもこうしている訳にもいかないな。 「………上条さん。」 上条さんを正面から見つめ、頬に手を伸ばす。 「…あ、あのっ……私、初めてで、至らない部分もあるかと思いますが……。」 「いや、別に俺もそんなに手馴れてるって訳じゃ無いから…。  それに……さっきみたいに、暴走しちゃうかもしれないし。  だから…嫌だったり、痛かったりしたら、ちゃんと言ってね?」 「……大丈夫です。  小日向様にされる事なら…どんな事でも、嬉しいと思いますから。」   そう言って、にっこりと微笑む。 ……うう。そう言う台詞が、俺の理性を吹き飛ばしていくんだけどなぁ…。 「ただ、その…一つだけ、お願いが。」 「…何?」 「……沙耶、と。  今だけで構いませんので、私の事を、そう呼んでいただければ……。」 「………分かった、沙耶。」 「…ぁ。」 名前で呼ばれた途端、上条さんの身体が、びくん、と震える。 「……小日向、様っ…。」 「…雄真でいいよ。」 「え?」 「俺が沙耶って呼ぶんだから、沙耶も俺の事、雄真…無理なら、雄真さん、って呼んでくれると  嬉しいかな。」 「…はい……雄真さん。」 「……沙耶。」 そっと、上条さん…いや、沙耶が目を閉じる。 「……愛してるよ、沙耶。」 「……私も、愛しております…。」 「……雄真さん。」 「…ん?」 事の後。 一息付いた所で、沙耶が俺に擦り寄りつつ、問いかけてきた。 「…その、ご満足いただけたでしょうか?」 「……それはもう、十二分に。」 ……知識だけならいざ知らず、それを初めての実戦ですぐに使えるとは。 …そして、日頃の大和撫子からは考えられないような、淫らな姿。 ………堪能させていただきました。 「あの、その……一つ、伺ってもよろしいですか?」 「…なにを?」 其処で、沙耶は一旦言葉を切り。 「…伊吹様と、どちらが良かったですか?」 「なっ!?」 がたんっ。 俺の驚きの声と同時に、ドアの方から変な音が。 「…やはり、いらっしゃったのですね。」 くすくすと笑う沙耶。 「……ばれてるぞ、伊吹。」 がちゃり。 「………。」 ぱたん。 顔を真っ赤にした伊吹が、俺達を睨みつけながら部屋に入ってきた。 「…ちょ、丁度帰ってきた所だっ。」 「……そう言う事にしとくか。」 「ち、違うぞ!本当に丁度帰ってきたのだからなっ!?」 「い、伊吹様……どうか落ち着いて…。」 ビサイムを振りかぶろうとする伊吹を、沙耶が宥める。 「…ふん。」 ぽふっ。 沙耶とは反対側…俺の左隣に、伊吹が飛び込んでくる。 「……良かったな、沙耶。」 「…はい。伊吹様のお陰です。」 「だ、だが…このような事は今回限りだぞ。  沙耶と私は、ライバルなのだからな。」 「……はいっ。」 お互いに微笑みあう伊吹と沙耶。 うん、良かった…。 「……それで、先程の答えは、結局どちらなのだ?」 「…は?」 「は?では無いぞ、小日向雄真。  私と、沙耶……どちらが良かったのか、早々に答えよ。」 じっ。 俺の腕に抱きつきつつ、見つめてくる伊吹。 「小日向様……。」 じーっ。 同じように、反対側の腕を抱きしめ、上目遣いで俺を見つめる沙耶。 「……そ、そんなの比べられるかっ。」 「むぅ……。」 「伊吹様、無理を言っても仕方がありません…。」 「そ、そうだぞ伊吹。沙耶の言う通りだ。」 「…仕方あるまい。ならば今度、同じ状況で勝負しようぞ、沙耶。」 「…畏まりました、伊吹様。」 …え? 同じ状況って…何? 聞いてみようかと思ったけど、何故か物凄く嫌な予感がしたので止めておいた。 ……俺の考えている事が間違っている事を祈ろう。 「…ふぁ。  流石に明け方では、眠いな……。」 「……そうだな。そろそろ寝ようか。」 「はい。それでは伊吹様、小日向様、失礼致します。」 「…何を言っているのだ、沙耶。  お主も此処で休んでいけ。」 「それは…。」 ちらり。 「……ちょっと狭くなるかもしれないけど、沙耶が良ければ、構わないよ。」 「と、小日向雄真も言っておる。  ……沙耶とて、好きな男に抱かれて眠れれば幸せであろう?」 「は……はいっ。」 嬉しそうに返事をする沙耶。 「ならば、速やかに眠るぞ。  ……寝不足では、皆に色々と言われかねんからな。」 「…そりゃ怖い。寝よう。」 「は、はいっ。」 俺の腕を枕にして、伊吹と沙耶が隣に。 「……おやすみ、伊吹、沙耶。」 「…うむ。」 「おやすみなさいませ、伊吹様、小日向様。」 ……思えば、みんな疲れていた。 しかも、誰も目覚ましの事を忘れていた。 だが、後悔とは先に立たない訳で……。 こんこん。 「伊吹ちゃん、兄さん、朝ですよー。」 しーん。 「……伊吹ちゃーん。にいさーん。」 しーん。 「…入りますよー?」 がちゃり。 ぱたん。 「……もう、まだ二人とも寝てるんです……ね?」 「うーん……。」 「こひな…た……。」 「…ゆうま……さん…。」 「………。」 がちゃり。 ぱたん。 暫く後、広間。 「…な、なぁ、すもも。」 「……なんですか。」 ぎろり。 …思いっきり睨まれた。 「ね、寝坊をしたのは、悪かったと思ってる。」 「…そうですね。寝坊は良くないですよね、兄さん。  ……私が迎えに来ても、誰も気づかなかったぐらい、ぐっすり寝てましたからっ。」 ぷい、とすももにそっぽを向かれた。 「……小日向殿、妹に嫌われる辛さ、俺も良く分かる。」 「し、信哉!そうだよな!妹に嫌われたら、それは物凄く辛いよ……な?」 ちゃき。 「…えっと。  どうして、俺に『風神雷神』を向けてるんだ?」 「………小日向殿。  妹に嫌われるのも辛いが……俺の知らない所で、妹が他の男に抱かれていると知った時の  兄の気持ち……同じ妹を持つ小日向殿に、是非理解して貰おうと思うのだ。」 「……拒否って出来るか?」 「…済まぬ。残念ながら、それは出来ぬ相談だ。」 がしっ。 信哉に襟を掴まれる。 ずるずるずるずる。 「ま、待ってくれ信哉っ!?」 「山の裏に、良き修行場がある。獣も多く、人は誰も近づかぬ。  ……そう、何があっても、誰も来ない良き場所だ……小日向殿。」 「待て待て待てっ!?」 しゃ、洒落にならないぞ、それ! …こ、こうなったら、形振りなど構ってはいられない。 「さ、沙耶っ!伊吹っ!」 だが、その二人は。 「ね、伊吹ちゃん。  わたし達の事も話したんだから……伊吹ちゃんの話も、聞かせてくれるよね?」  「な、なんだとっ!?」 「あったり前でしょ、伊吹。  聞くだけ聞いておいて、自分の話はしない…なんて、そんなの駄目に決まってるじゃない。」 「…い、伊吹様っ。」 「うふふ……駄目ですよ、沙耶さん。」 がしっ。 「こ、小雪様っ!?」 「沙耶さんのお話も、じっくりと聞かせていただかなくては……そうですよね、春姫さん?」 がしっ。 「か、神坂様っ!?」 「そうですね、高峰先輩。  ……夜伽とか、色々お話も伺いたいですし。」 ……駄目だ。二人とも、完全に捕まってる。 「…ね、雄真。」 「……準!この際お前でもいい!俺を助けてくれっ!!」 「………さっき、沙耶、って呼んでたのは…どう言う事かしら?」 ぴしっ。 「……ふむ。  小日向殿とは、じっくり話をする必要がありそうだな……山の奥で。」 「準、ワザとだな!絶対にワザとだろうっ!?」 「さて、行こうか…小日向殿。」 ずるずるずるずる。 「うわぁぁぁぁぁぁ………。」 「雄真の馬鹿。  …あたしだって、少しは嫉妬するんだから。」 「……うぅ。  おはよう、準……。」 「あらハチ、もうご飯は食べ終わっちゃったわよ?」 「…そ、そんな……。  夕食食べたらそのまま寝ちまって、折角のラブラブタイムを失った挙句、  更には朝食も抜きなんて……。」 「はいはい、ちゃんとハチの分は残してあるわよ。  ……それで、睡眠薬の分はチャラって事で。」 「ん?今、何か言ったか?」 「ううん、別に?  ほら、早く食べないと冷めちゃうわよ?」