昔の事。 とある所に、シンデレラと呼ばれる少女が居ました。 「……わ、私ですかっ!?」 なんか名札には『沙耶』とか書かれていますが気にしません。 シンデレラと言ったらシンデレラなのです。 ……で、そのシンデレラは、今日も継母と二人の姉に苛められる毎日を過ごしていました。 「私が継母だとっ!?」 どう見てもシンデレラより背も胸もちびっこの継母ですが、たまにはこんな事もあります。 え?『伊吹』?さあ、何の事でしょう。 早速、継母はシンデレラを苛めます。 「沙耶……では無く、シンデレラ!  部屋の掃除はどうなっているのだ!」 「あ、それでしたら……。」 きらーん。 まさに従者の鏡。 お屋敷は、清潔そのものです。塵を見つけようにも、これは見つからないでしょう。 「……うむ。素晴らしい働きだな。」 「有難う御座います。」 ……いけません。全然苛めてません。 次の二人の姉に期待しましょう。 「あ、あの……?」 「なんであたし達が苛める役なのよっ!!」 やけに胸の大きい姉と、ツインテールですぐ殴りそうな姉です。 『春姫』とか、『杏璃』とか、最早気にしてはいけません。 「ど、どうしよう杏璃ちゃんっ……。」 「どうしようって言われても……日頃ハチにしてるみたいにすればいいわけ?」 駄目です。それは確実にシンデレラが死にます。 そう言う物理的な攻撃では無く、もっと精神的にネチネチとした苛めをして下さい。 「そんな事言われても分かる訳無いでしょ!」 「え、ええっと……靴の中に画鋲とかかな?  それとも……シンデレラの衣装だけ、引き裂いておくとか?」 「……ええっと、春姫?」 「……あの、神坂様?」 「え?ち、違うの?」 あー、うん、なんだ。 ……こ、こうして、シンデレラは辛い日々を送っておりました。 ある日の事。 お城から以下の通達がありました。 『お城にて、王子様主催のダンスパーティーを行う。王子様と踊れるチャンスアリ。  各自、正装の上お城まで来られたし』 勿論、イジワルな継母たちがシンデレラの正装を準備する訳がありません。 「良いかシンデレラ!  我々は城に行くが、お主は」 「伊吹様、髪留めがずれています。こちらにお座り下さい。」 言うが早いか継母を近くの椅子に座らせ、髪留めのズレを整えるシンデレラ。 「出来ました。これで大丈夫かと。」 「う、うむ。済まぬな……。」 ……継母、駄目です。全然シンデレラ苛めが成功してません。 ここははやり、プロにお願いする事にしましょう。 「……ええっ!?どうして私なのっ!?」 「……春姫、天然だったらもっと性質が悪いわよ。」 「わ、私は別に苛めっ子じゃ無いよ……?」 「そうよねぇ、春姫は雄真と、雄真に近づく女の子に嫉妬しまくるだけよねー?」 「杏璃ちゃんっ!」 え、ええっと……すみませんが、役を作って下さい。 このままじゃ、誰もシンデレラを苛める事無く進んでしまいます。 「って、言われてもねぇ……。」 「私も杏璃ちゃんも、苛めなんてしないから……。」 「もうめんどくさいから、シンデレラもお城に連れて行っちゃえば?」 「……うん。  私も、それでいいんじゃないかなって思うんだけど……。」 いや、それだと困るんです。 具体的には……窓から覗いてる、マントを羽織った其処の方が。 「………。」 「こ、小雪さん……。」 「た、高峰先輩……。」 「…………タマちゃん。」 いやいやいや!魔法使いの小雪さん、それは駄目です! 此処でタマちゃんぶっ放したら、滅茶苦茶になっちゃいますから! 「は、春姫っ!」 「えっと、その……し、シンデレラ!  お前はそこで惨めに留守番して、悔しがるがいいわっ!!」 「……グッドです、春姫さん。」 きゅぴーん。 何処かの魔法使いも満足の台詞、ありがとう御座いました。 とまあ……こうして、継母と二人の姉はお城に向かい、シンデレラは自宅にお留守番です。 でも……シンデレラも、実はお城に行きたかったのです。 ほら……。 「えっと、お掃除もお洗濯も済んでいますし……夕飯は、私の分だけで問題ありませんし。」 ……あれ? あの、シンデレラさん? どうして、そんなに普通の行動なのでしょうか? 「いえ、私は……大勢の方が居る前で、踊るなど……。  それに……伊吹様の嬉しそうな顔を見れれば、それで幸せですので。」 ……此処に来て、人選ミス、と言う言葉が頭をよぎりました。 し、しかし……この人なら何とかしてくれる筈です!どうぞっ! 「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん。」 「こ、小雪様っ!?」 「違います。私はただの魔法使い。高峰小雪などと言うミステリアスで素敵な  お嬢さんではありません。」 『ね、ねぇさん……ミステリアスはまだしも、自分で素敵て……。』 「……タマちゃん?」 『す、すんませんねぇさんっ!!』 シンデレラの前に突如現れた素敵な魔法使いは、シンデレラもお城に行く事を進めます。 「さあ、シンデレラ。  こんな所に居ないで、貴方もお城に行きましょう。」 「で、ですが……。」 「……大好きな雄真さんが、待ってますよ?」 「こ、小日向様が……。」 魔法使い、いきなり切り札を使いました。 この台詞を言われたら、シンデレラもお城に行きたくなるに決まっています。 ……あと、雄真さんでは無く王子様、でお願いします。 「ですが、私には正装も、馬車もありません。」 「ご安心下さい。その為に、私が居るのですから。  ……タマちゃん?」 『あいあいさ〜』 タマちゃんが持ってきた(?)のは、シンデレラにぴったりのドレス。 『頑張って夜なべして作ったんでっせ〜』 ……どうやら、タマちゃんお手製らしいです。 どうやって縫ったのかは謎ですが。 「そして、馬車に必要な材料ですが……面倒なので、すでに馬車はこちらに用意してあります。」 なんと言うか、至れり尽くせりの魔法使いです。 「ですがシンデレラ、気をつけて下さい。  この魔法は、12時の鐘が鳴り終わると共に消えてしまいます。  ですから、それよりも前に帰ってくるのですよ?」 「……はい、分かりました。」 魔法使いの注意を受けたシンデレラは、早速馬車に乗り込みます。 「では……行きますよ、シンデレラ?」 「え……小雪様?  どうして、小雪様も馬車に乗り込まれるのですか?」 「何故、と言われても……勿論、私もダンスパーティーに出るからですよ?」 きゅぴーん。 「ええっ!?」 流石は魔法使い。只者ではありません。 自分も王子様と踊る気満々です。 ……あの、一応主役はシンデレラですんで、其処は分かってますよね、魔法使いさん? 「……さあ、張り切って行きますよ?」 「は、はぁ……。」 ……もしかして、此処も人選ミス? ……気を取り直しましょう。 さて、皆が集まるお城のダンスホールでは。 「……コレはどう言う事だ!?」 王子様が何故か怒っていました。 「どう言う事って……何時までも恋人を作らないから、かーさん心配で。  だから……雄真くんの恋人探しも兼ねたダンスパーティーを開催しちゃったのよ〜。」 『かーさん』と名札のついたエプロンを身に着けた国王が、王子様にウインクします。 ……突っ込んじゃいけません。そういう国王なのでしょう。 「まあ、これぐらいしないと、雄真くんは奥手だものね……。」 何故か白衣を纏った第一王妃が、更に追い討ちします。 ……まともな格好をした偉い人は居ないのでしょうか。 「うふふ……どのような人が来るか、楽しみですね、雄真さん?」 そして黒いドレスを身に纏い、怪しく微笑む第二王妃。 どう見ても高峰ゆずは学園長に見えますが、きっと他人の空似です。 そう思わないと、『不幸しか見えない』占いが待ってます。 そして何気に、この国は一夫多妻制のようです。所謂ご都合主義って奴ですね。 「いや、勝手に恋人とか探されてもなぁ……。」 「そ、そうですよ!兄さんだって、困っちゃいますよ〜。」 王子様の横でぷんすかと怒っているのは、この国のお姫様。 色々あって、王子様とは血の繋がりはありません。 その所為なのか天然なのか、いつも王子様にべったりです。 お風呂もお布団も一緒と言う、凄まじい状況にも関わらず、王子様は未だにお姫様と 一線を越えていませんでした。 凄まじい精神力なのか、倫理と言う名の天使が止めているのか、それとも男色なのかは、 微妙なところです。 「なあに、すももちゃん。もしかして妬いてるのかしら〜?」 「ええっ!?  そ、その……はわわわわ〜っ!?」 「大丈夫よすももちゃん。  雄真くんとは血が繋がってないんだから、恋人になっても大丈夫よ?」 「って何変なフォローしてるんですか先生!?」 「に、兄さんと恋人……。」 「って、すももも釣られるな!」 「まあまあ雄真さん。  ……大丈夫です、雄真さんはこれから起きる出来事を乗り越えられる人ですから。」 「……あの、ゆずはさん。  一体、何が視えたんですか?」 「……うふふ。」 世界最高の先見能力者であるゆずはさんは、王子様の問いには答えず、 ただ微笑むばかりです。 「そこはかとなく、嫌な予感が……。」 結構鋭い王子様ですが、自分が主催という事になっている以上、逃げる訳にも行かず、 不安を感じながらも、席に座るしかありません。 そんな王子様の前に、三人の女の子がやって来ました。 「伊吹に、春姫に、杏璃?」 「その、なんだ……お主がダンスパーティーを開くと聞いたからな。  わざわざ来てやったぞ。」 「雄真くん……一緒に踊ってくれる?」 「もっちろん、嫌だなんて言わないわよね?」 継母は嫌そうな台詞ですが、その顔は真っ赤です。 どう見ても、照れ隠しにしか見えません。 「それじゃ……伊吹からかな?」 「う、うむ……。」 王子様に手を引かれ、継母がダンスホールの中央に向かいます。 「……や、やはり止めだ。」 「なんで?」 「このような事は、私には似合わぬ。  それに……この様な体格では、上手く踊れる訳が無い。」 「別に、上手に踊らなくてもいいだろ。  そんな事よりも、二人が踊って楽しければ、それでいいさ。」 「……雄真。」 「それに、俺も下手だし。  だから、あんまり気にせず、気楽に行こうぜ、伊吹。」 「う、うむ。」 それでも、ミスも無く一曲踊りきれるのだから、二人とも大したものです。 「お疲れ様、伊吹。」 「……ま、まあまあだったな。」 「はは……ありがと。」 ちゅ。 王子様が、継母の手の甲にキスをします。 「あ、ぅ……。」 あっと言う間に、継母の顔が真っ赤に染まります。 分かりやすく言うと、堕ちた、と言ったところでしょうか。 力も抜けてしまい、王子様にもたれかかるのが精一杯です。 「だ、大丈夫か、伊吹?」 「……はぅ。」 継母はもうそれどころではありません。 瞳は潤み、まさに恋する女の子モード。 ですが、王子様の攻撃はそれでは終わりませんでした。 「仕方無いな……よいしょ、っと。」 ぐいっ。 「なっ!?」 動けない継母を、お姫様抱っこです。 これは勝負ありました。 「……は、恥ずかしいではないかっ。」 「じゃあ、下ろすか?」 「……。」 ぎゅっ。 無言のまま、王子様に抱きつく継母。 そしてそのまま、みんなが待っている場所へと向かいます。 「ふぅ、やっぱり踊るなんて慣れない事をすると疲れるなぁ……。」 「「「……。」」」 そんな王子様を待っていたのは、意地悪姉妹と義妹お姫様の鋭い眼光でした。 「……えっと、何故にそんな目で俺を見るのかな?」 「雄真くんのえっち。」 「雄真の女誑し。」 「兄さん、ずるいですっ。  わたしだって、伊吹ちゃんとラブラブしたいです〜っ。」 ……約一名ほど論点がずれている人が居ますが、華麗にスルーしたいと思います。 突っ込むと色々と百合百合してて怖いので。 「駄目よみんな、喧嘩しちゃ。  伊吹ちゃんに嫉妬しちゃったなら、それ以上に雄真くんに甘えればいいじゃない?」 「って、変なフォローするなかーさん!」 国王の素晴らしいフォローにより、みんなの怒りは治まったようです。 「伊吹ちゃん、今度はわたしとラブラブですっ。」 「ちょ、ちょっとまてすももっ!?」 「駄目です今すぐ撫で回しちゃいますと言うか伊吹ちゃんゲットですよ〜っ。」 「ひ、ひゃああああっ!?」 ……一部予想通りの展開になりましたが、そっとしておきます。 継母も実は嫌では無いようなので。 「雄真くん、次は私と踊ってもらえるかな?」 「よろしく、春姫。」 続いては、胸の大きい姉が王子様と踊ります。 「春姫、やっぱりダンスも上手だな。」 「雄真くんと踊れるって聞いたから、慌てて練習したの。」 「……俺の為に?」 「だって、雄真くんに恥ずかしい思いをさせたくないし。  それに……。」 そこで、ちらりと王子様の顔を見て。 「……大好きな王子様に、私を選んで欲しいから。  私だけの、王子様になって欲しいな……。」 「春姫……。」 顔を真っ赤にしての告白に、王子様の顔も真っ赤になります。 「その、俺は……。」 しどろもどろになりながら、言葉を紡ごうとする王子様。 ですが、その言葉は。 「……ん。」 「っ!?」 ちゅっ。 胸の大きな姉のキスで、遮られてしまいます。 「大丈夫。私、雄真くんが決めてくれるまで待ってる。  ……ううん。  雄真くんが選んでくれるまで、絶対に諦めたりなんかしないんだから。」 「……もしかして、俺って凄い女の子に惚れられちゃったかな?」 「……どうかな?」 くすくすと笑いながら、二人はそのまま終わりまで踊り続けました。 そして、みんなのところへと戻ります。 「二人とも、上手だったわ〜。」 「ええ、とてもビックリしたわ。  時々教えている雄真くんはまだしも、神坂さんは何時の間に?」 「その……お触れが出てから、こっそりと練習していたんです。」 第一王妃の問いかけに、照れながら答える胸の大きい姉。 流石は努力の天才です。 「さて、それじゃ……杏璃?」 「う、うんっ……。」 日頃は活発で元気なツインテールの姉ですが、王子様と手を繋いだ途端に、 しおらしくなってしまいました。 「あ、あのね、雄真っ……。  あたし、春姫みたいに練習なんてしてないから……。」 「いいって、気にするなよ。  別に此処はダンスのコンテスト会場じゃ無いぞ?」 「だ、だけど……。」 王子様の言葉にも、ツインテールの姉は元気を取り戻しません。 王子様も少し困った、その時です。 「……あれ?」 ダンスの曲が変わりました。 今まではまさに『踊る』曲でしたが、今流れているのはどちらかと言うと 『抱きしめる』方が多い曲です。 「……。」 きらんっ。 ぐっ。 王子様が目を向けると、第二王妃が目を光らせ、サムズアップをしていました。 どうやらこの人の仕業らしいです。 「……ほら、杏璃。」 「えっ?」 ぐいっ。 半ば無理やり、王子様がツインテールの姉を抱き寄せます。 「これなら、大丈夫だろ?」 「……うん。」 ぎゅ。 ツインテールの姉も、王子様に抱きつきます。 王子様に抱き寄せられて、既にツインテールの姉も堕ちていました。 「雄真……大好き。」 「ん。俺も大好きだぞ、杏璃。」 「ホント?嘘付いてない?」 「ホントだって。  俺は……いつもの元気な杏璃も、こんな風に甘えん坊な杏璃も、どっちも大好きだぞ。」 こんな事を耳元で囁かれたら、それはもう大変です。 最早、ツインテールの姉には王子様以外は見えません。 「ゆうまぁ……。」 「んっ!?」 ちゅっ。 いきなりのキスに、王子様も戸惑いましたが。 「……ん。」 ツインテールの姉の可愛さに負け、曲の終わりまで、その柔らかな唇を堪能したのでした。 「……到着です。」 王子様がみんなと踊っているその時。 シンデレラと魔法使いを乗せた馬車が、ようやくお城に到着しました。 「あ、あの……小雪様?」 「駄目ですよ、沙耶さん。  私は素敵な魔法使い。それ以上でもそれ以下でもありません。」 「……で、では魔法使いさん。  その……何故に兄様と高溝様が馬役を?」 ちらり、とシンデレラが目をやると、其処には直立不動で立つ馬と、 すでにぐったりとして地面に突っ伏している馬がいました。 「決まっている。このような体力を使う役を、女性にさせる訳には行くまい。  それに、これはこれで中々の修行になった。なあ、高溝殿?」 「……こ、殺す気か……。」 地面に突っ伏した馬はそれだけを言うと、沈黙してしまいました。 「だ、大丈夫ですか……?」 「大丈夫ですよシンデレラ。  ギャグキャラとタマちゃんは死にません。」 『あ、あの、ねぇさん?  うち、残機制ですから、一応死んでるんでっせ……?』 「……タマちゃん、ごー!」 『せ、殺生なぁぁぁぁぁ……』 どぱーん。 夜空に綺麗な花火が浮かび上がりました。 お城に居た人達はアトラクションと勘違いして大喜びです。 「さあ、此処からは貴女の出番です。頑張ってきて下さいね?」 「あっ!?」 それだけを言い残すと、魔法使いは姿を消してしまいました。 「で、でも……。」 「……行って来い、シンデレラ。」 「兄様……。」 「此処まで小雪様が準備して下さったのだ。  これで帰ってしまったら、小雪様に対して失礼だとは思わぬか?」 「……分かりました。」 どうやら、直立不動の馬と会話して、シンデレラの決心が付いたようです。 ……いいんです。もう、この程度では進行役も気にしません。 「……行きます!」 気合を入れ、シンデレラはダンスホールへ向かいました。 「ええい!  娘である以上、私に譲ろうとは考えぬのかっ!」 「母親である以上、娘の幸せを願うのが普通ですっ!」 顔を突き合わせ、いがみ合う継母と胸の大きい姉。 「雄真ぁ……ぎゅって、して?」 「柊杏璃っ!」 「杏璃ちゃんっ!」 こっそり……いえ、こっそりでも無いですが、王子様に甘えようとするツインテールの姉を、 二人で牽制します。 喧嘩してる筈なのに、バッチリのタイミングです。 「……だ、誰か何とかしてくれ。」 王子様は、この状況が打開される事を切に願っていました。 そして、その願いは叶えられる事となりました。 「あの……王子様。」 「え……?」 其処に居たのは、可愛らしい女の子。 古風で奥ゆかしい、と言った言葉が良く似合いそうです。 「そ、その……わ、私と踊っていただけないでしょうかっ……。」 「お、俺?」 その女の子が、顔を真っ赤にして、王子様をダンスに誘いました。 「……むぅ。何処かで見た気がするのだが……。」 「……うーん、何処だったかな……。」 「って二人とも、何処からどう見ても上条さん……。」 わーわーわーっ!! 杏璃さんっ、設定ぶち壊しな発言は駄目ですっ!! 「あ、ごめん。  ……あー、何処かで見た気がするけど思い出せないわ。誰かしらー?」 ……どうやら、継母も二人の姉も、シンデレラの正体には気づいていないようです。 「……俺で良ければ、喜んで。」 「は、はいっ……。」 こうして、シンデレラは王子様と踊る事となりました。 ……ですが、シンデレラは忘れていました。 自分が、意外とおっちょこちょいでドジっ子であると言う事を。 賢明な読者なら、もうお分かりでしょう。 「……きゃっ!?」 どしゃっ。 「か、上条さんっ!?」 慌てて王子様が、転んだシンデレラを起こします。 「す、すみませんっ。  折角のダンスパーティーなのに、このようなっ……。」 余程悔しかったのでしょう。 本人も気づかない間に、シンデレラの瞳からは涙が零れ落ちていました。 「……。」 ぎゅ。 「こ、小日向様っ!?」 突然抱きしめられ、シンデレラは動揺します。 「そんなの、気にしなくていいよ。  大事なのは、俺と上条さんが一緒に居る、って事でしょ?  ダンスなんて、そのおまけみたいなものなんだから。ね?」 「……で、ですが……。」 ぎゅうっ。 それでも食い下がるシンデレラに対し、王子様は更に抱きしめる力を強くしました。 「じゃあ、納得するまでこのままで離してあげない。  ……俺はこうやって、ずっと抱きしめててもいいかな、なんて思ったりするけど。」 「はぅっ……。」 ぽんっ。 あっと言う間に顔が真っ赤に染まるシンデレラ。 悪いのは男に慣れてないシンデレラか、それとも容赦無く堕としていく王子様か。 ……圧倒的に後者な気がしてなりません。 「小日向様……。」 「上条さん……。」 抱き合う二人。 踊る事も忘れ、二人はそのまま見つめあいます。 そして――。 「……ずっと、お慕いしておりました。」 王子様を見つめ、小さな声で呟くシンデレラ。 勇気を振り絞った告白です。 「……ありがとう。  上条さんにそう言って貰えて、凄く嬉しい。」 王子様は、シンデレラに微笑みました。 「……俺も、さ。」 「っ!」 どくんっ。 シンデレラの胸の鼓動が、嫌でも早くなります。 「その、俺も……。」 王子様の言葉を、シンデレラは無言で待ちます。 「俺も……上条さんの、事が――。」 ゴーン……ゴーン……。 「鐘の音……いけないっ!」 『――この魔法は、12時の鐘が鳴り終わると共に消えてしまいます』 シンデレラは、魔法使いの言葉を思い出しました。 「か、上条さん?」 「っ……すみません、小日向様っ!」 ごすっ。 「ごふぅっ!?」 何処からか出てきた謎のアイテム『サンバッハ』で、シンデレラは王子様を吹き飛ばしました。 そのまま、大急ぎでダンスホールを走りぬけ、外へ。 「きゃっ……!」 どしゃっ。 慌てたのと、慣れていない服装だった所為もあったのでしょう。 シンデレラは、途中で転んでしまいました。 「く、靴が……。」 転んだ拍子に脱げてしまったのか、ガラスの靴が片方だけ見つかりません。 慌てて探そうとするシンデレラですが……。 ゴーン……ゴーン……。 「っ……。」 そんな暇も無く、もう片方の靴も脱ぎ捨て、裸足で駆け出し。 ゴーン……。 「……ま、間にあいました……。」 お城から少し離れたところでシンデレラに掛かっていた魔法は解け、 シンデレラは元のみすぼらしい格好に戻ってしまいました。 「……小日向様。」 ぎゅ。 王子様の温もり。 それを思い出し、自らの身体を抱きしめるシンデレラ。 でも……それを思い出す事は出来ても、もう二度と同じ事は起きないと、 シンデレラは分かっていました。 「……早く、帰らないと。  皆様が家に戻られる前に……。」 裸足で家に戻るシンデレラ。 その頬には、いつの間にか涙が零れ落ちていました。 「……くそっ!!」 ダンスパーティーが終わり、閑散とした会場。 シンデレラに吹き飛ばされた後、慌てて後を追いかけた王子様でしたが……、 残念ながら、シンデレラの姿を見つける事は出来ませんでした。 その所為か、いつもは滅多な事が無い限り怒鳴る事のない王子様が、声を荒げます。 その姿を見て、国王、二人の王妃、継母、二人の姉、そしてお姫様。 皆が悲しげな顔をして、王子様を心配します。 ……そんな所に。 「……お困りのようですね?」 「こ、小雪さん……?」 「駄目ですよ雄真さん。  私は素敵で、ちょっとお茶目で、そして――。」 ぽっ。 「――王子様の事が大好きな、ただの魔法使いなのですから。」 頬を染め、告白する魔法使い。……只者ではありません。 あと、いつのまにか『ちょっとお茶目』がステータス更新されています。 「むぅ……。」 「た、高峰先輩っ……。」 「やるわね、小雪さん……。」 「む〜っ……。」 上から継母、胸の大きい姉、ツインテールの姉、そしてお姫様。 全員が魔法使いを警戒しているようです。 「……。」 ぐっ。 きらんっ。 何故か第二王妃が目を光らせ、サムズアップをしていたのは……まあ、お約束と言う事で。 「……王子様。これから、どうされるおつもりですか?」 魔法使いの問い。 それに対し。 「探し出します。  大変な事は分かってるけど……それでも、諦める事は出来ません。」 まっすぐに魔法使いを見つめ、王子様は宣言しました。 「……はい。それでこそ王子様です。  そんな王子様へ、私からのご褒美、です。」 すっ。 「これは……シンデレラの、靴?」 魔法使いが持っていたものは、シンデレラが脱ぎ捨てていったガラスの靴。 「これを履かせて、ぴったり履く事が出来たならば、その者は間違いなくシンデレラ。  シンデレラを連れてきた私が言うのですから、間違いありませんよ?」 「そうか……これで、シンデレラを探す事が出来る!」 ぎゅっ。 「ゆ、雄真さん!?」 「ありがとうございます、小雪さんっ!」 感動の余り、魔法使いを抱きしめる王子様。 「……雄真さんの、為ですから。」 ……こうして、素敵でちょっとお茶目な魔法使いも、あっさりと王子様の魔の手に落ちたのです。 「そうと決まれば……国をあげての、大捜索よ〜!」 王様の声が響き渡り、お城が慌しくなります。 「ええ、部隊を5人編成で構成して。  それと、ガラスの靴を複製する職人の手配を。」 第一王妃が的確な指示を出し。 「……うふふ。」 そして、何故かそれを楽しそうに見つめる第二王妃。 こうして、お城は大騒ぎとなっていったのです。 「……あれ?」 小首を傾げる、お姫様を他所に。 それから、暫く後。 「……ふむ。  やはり、食後のお茶は沙耶の淹れてくれた緑茶に限る……。」 「ありがとうございます、伊吹様。」 いつもの生活に戻ったシンデレラは、いつも通り継母や二人の姉の世話をしていました。 ただ、それまでと違ったのは……時折、シンデレラに寂しそうな表情が浮かぶ事。 「……沙耶?」 「……はい?」 ですが、継母が声をかけるといつもの表情に戻り、継母も、そして二人の姉もその表情の理由を 聞く事は出来ませんでした。 こんこん。 「む?」 そんな時、誰かが家の扉をノックしました。 シンデレラが対応する為、戸口に向かいます。 がちゃり。 「どちらさまで……ええっ!?」 「……久しぶり。」 そこに居たのは……王子様。 「ど、どうして此処に……?」 「どうしてって言われても……。」 ぐっ。 「あっ!?」 半ば無理やり、王子様がシンデレラを抱き寄せました。 そしてそのまま、シンデレラの耳元に口を寄せて。 「……ダンスの途中だったでしょ?  今度こそ、ちゃんと最後まで踊ってもらうよ……上条さん。」 「っ……。」 一瞬呆然としたシンデレラでしたが、現状を理解していく内に、感情が抑えられなくなっていきました。 「こ、ひなた……さまぁっ……。」 「ど、どうして泣くのさ!?」 「っく……うわああああんっ……。」 動揺する王子様の胸に抱かれ。 シンデレラは、嬉し涙を流すのでした。 めでたし、めでたし。 …………と、アレで終わっていれば、感動のフィナーレとなったのですが。 それで許すのは、『陰謀』の名にかけて許さない人が居たのでした。 「雄真さん……一応決まりですので、これを。」 「あ……。」 背後の魔法使いに言われ、王子様は魔法使いからガラスの靴を受け取ります。 「あの夜のシンデレラなら、この靴が履ける筈。  その……もう分かりきってるんだけどさ。一応、履いてくれるかな?」 そうです。 実は王子様は、シンデレラの正体を知っていたのです。 何故なら……。 ――回想開始―― 「あの……兄さん。」 「どうした?」 「シンデレラさんって……魔法使いさんが連れてきたんですよね?」 「そうらしいな。」 「だったら……シンデレラさんの居る場所を、知ってるんじゃ無いですか?」 「…………あ。」 「……ばれちゃいました。」 「小雪さーんっ!?」 ――回想終了―― 普段はボケボケさんのお姫様の閃きにより、王子様はすぐに、シンデレラの居場所を 把握していました。 すぐに迎えに行けなかったのは、片方が壊れてしまったガラスの靴の修復にやたらと時間が掛かった為です。 「ガラスの靴を履かせてプロポーズ……きっと相手はメロメロよ、雄真くんっ。」 との国王の言葉に、王子様も我慢せざるを得なかったのです。 「……小日向様。」 シンデレラに呼ばれ、王子様は振り向きます。 そこには――。 「……似合ってるよ。」 「はいっ……。」 まだ涙は止まらないけれど、にっこりと微笑むシンデレラ。 その足元には、ガラスの靴が光っていました。 「良かったですね、雄真さん。」 「……はい。  これも、小雪さん……いえ、魔法使いのお陰です。」 「いいえ、気にしないで下さい。」 きゅぴーん。 「……え?」 何故か此処で光る小雪アイ……もとい、魔法使いアイ。 王子様の心に、嫌な予感が広がります。 「確認しますが……ガラスの靴をぴったり履けた者が、王子様のお妃様となる。  それで間違いありませんでしたよね……雄真さん?」 「そ、それは、その通りですけど……?」 「……準さん、出番です。」 「あいさいさー!」 「何っ!?」 ひょい、と小雪さんの背後から現れたのは……この国では有名な靴職人。 そして、その靴職人が持っていたモノは。 「……ちょ、ちょっと待てっ!」 「んー?どうしたの、雄真?」 「な、なんで……そんなにいっぱいガラスの靴を持ってるんだよ!?」 靴職人の手にあったのは、ガラスの靴。それも複数。 ご丁寧に、それぞれサイズも違います。 「ふっふっふ……それは今から分かるわよ、雄真♪」 「な、何?」 いい笑みを浮かべながら、靴職人はシンデレラの家の中に入っていきます。 「さーて、シンデレラに王子様を取られて落ち込んでるみなさーん!  ……コレ、なーんだ?」 シンデレラに笑みを浮かべてはいましたが、実はちょっとどころでは無いブルーな気持ちになっていた 継母と二人の姉は、靴職人の手に持っていたガラスの靴を見ます。 「ガラスの靴……だな。」 「こ、こんなにいっぱい?」 「……で、準ちゃん、コレをどうしようっての?」 「それはねー……伊吹ちゃん、ちょっと来て?」 「む……?」 靴職人の言われるままに、継母が靴職人の前に来ます。 「えっと、伊吹ちゃんの分は、っと……。」 「……待て。  今、非常に不安な台詞を聞いた気がするんだが……?」 シンデレラを抱きしめたままの王子様が、靴職人に突っ込みますが、靴職人は気にしません。 「さて伊吹ちゃん、どうぞっ。」 「……は?」 「ほらほら、履いてみて?  ……きっと、伊吹ちゃんにぴったりの筈よ?」 にやり、と笑みを浮かべる靴職人。 「……ま、まさかっ!?」 王子様の心に、嫌な予感が更に広がります。 「……本当だ。  まるで、私の靴のように……ぴったりだ。」 「そりゃそうよ。  このあたしが一所懸命作ったんだもの。」 えっへん、と胸を張る靴職人。 「でね、こっちは春姫ちゃんの。」 「え?ええっ?」 「んで、これが杏璃ちゃんの。二人とも、ちゃんとぴったりの筈よ?」 「じゅ、準ちゃんっ!?」 困惑しつつ、二人の姉もガラスの靴を履きます。 そして、靴職人の言葉どおり、二足の靴もぴったりだったのです。 「……さて、雄真さん?」 「って、小雪さんもですかっ!?」 呼ばれて振り向いてみると、魔法使いもガラスの靴を履いていました。 もちろん、サイズはぴったりです。 そしておもむろに、懐から謎のアイテムを取り出します。 「れ、レコーダー?」 「……ぽちっとな。」 ぽちっ。 『確認しますが……ガラスの靴をぴったり履けた者が、王子様のお妃様となる。  それで間違いありませんでしたよね……雄真さん?』 『そ、それは、その通りですけど……?』 ぽちっ。 「……雄真さん。  一国の王子様として、約束事は守らないといけませんよね?」 そう言って、にっこりと微笑む魔法使い。 「……まさか、矢鱈と靴の製作に時間が掛かってたのって……。」 「一足だったらすぐだったんだけどね……いっぱいになると、それだけ  時間が掛かるのよねー。」 魔法使いの横に立ち、同じように微笑む魔法使い。 「…………あー、上条さん。」 「は、はいっ。」 胸に抱かれたままのシンデレラが、王子様を見上げます。 「こんな事になっちゃったけど……いい?」 困ったような、でも嬉しそうな王子様の顔。 そしてそれは、シンデレラも一緒でした。 「……はい。  みんなで、幸せになりましょう。」 そう言って、シンデレラは王子様に微笑みかけるのでした。 ちなみに。 「にいさ〜んっ。  私もお嫁さんにしてくださ〜いっ。」 「って、お前もかすももっ!?」 お城にみんなを連れ帰ってみると、案の定お姫様もガラスの靴を履いてたり。 どっとはらい。 そしてその夜。 王子様の寝室。 「ねー、雄真?」 「って、どうして此処に居るんだ準っ!?」 「ふっふっふ、靴職人たる者、潜入工作はお手のもの、なのよ。」 「いやそれ絶対違うし。つーか靴職人に全然必要無いし。」 「もうっ。……でも、そんなつれない雄真も大好きよ♪」 ウインクをする靴職人は、何処から見てもオンナノコ。 でも騙されてはいけません。 この靴職人、実は立派なオトコノコなのです。 もちろん、王子様もその事を知っています。 「……で、何の用だよ?」 「ふふふ……これ、何かしら?」 「……ぶっ!?」 靴職人の足元には……光るガラスの靴。 「ついでだから……あたしの分も作っちゃった♪」 「ちょ、ちょっと待てっ!?」 王子様の顔が真っ青になります。 何故なら、『ガラスの靴をぴったり履けた者が、王子様のお妃様となる』お触れは、 まだ効力を保っているからです。 もちろん、数日中にお触れは取り下げられるでしょうし、ガラスの靴は目の前の靴職人しか 作っていない事も聞いていますが……。 「この靴を履いて、外を散歩しちゃったりなんかしたら……どうなるかしら?」 「うっ……。」 それはすなわち、『靴職人は王子様のお妃様』と言う事になります。 ……ここで問題なのは、同姓、と言う事ですが……。 まあ中世は同姓愛ってのがあったらしいって聞いたような気もしますし、大丈夫でしょう。 後は本人の意志次第で。 「ってちょっと待てナレーションっ!?  そんないい加減な事でいいのかよ!?」 あーあー、聞こえない聞こえなーい。 「……えいっ。」 ぎゅむっ。 どさっ。 王子様が気を取られている間に、靴職人が王子様をベッドに押し倒しました。 「ね、雄真。  ……一晩だけの過ち、の方がいいんじゃ無いかしら?」 くすり、と笑みを浮かべる靴職人。 その笑みに、王子様も一瞬動きが止まってしまいます。 「ば、馬鹿な事をっ……。」 「それとも、この靴を履いて、外に出た方がいいのかしら?」 「……くっ。」 「……大丈夫。誰にも言わないから。  ただ、一度だけでいいの。  あたしに……思い出をちょうだい、雄真……。」 その夜、結局どうなったのか。 それは、二人だけしか知りません。 ですが……後に残された書物には、こう記されています。 『王子様の結婚式には、シンデレラを含め、7人のお妃様が居た』 おしまい。