「お兄ちゃん、スープ出来た?」 「もうちょっとで出来るかな。…鈴音の方はどうだ?」 「お野菜は切り終わったから、後は盛り付けるだけだよ。」 台所。 俺と鈴音は、お嬢ちゃんの夕食作りの手伝いをしていた。 そして。 「……面白い番組が無いわね。」 …どてらに身を包み、コタツで呟く駄目女郎蜘蛛が一匹。 「…完全に駄目人間だな、アレ。」 「まあ実際は駄目女郎蜘蛛ですけど。」 俺の言葉に、手を休める事無く相槌を打つお嬢ちゃん。 「…父様もママも、容赦無い言葉だね。」 「……と、言われてもなぁ。」 「鈴音ちゃん……実の母親だからこそ、本音を言ったほうがいいと思うよ?」 「あぅ…。」 ……どうやら、鈴音もフォロー不可らしい。 「……どうせ私がそちらに行っても、邪魔になるだけなのでしょう?」 ぺたり、とこたつに突っ伏しつつ、拗ねたように俺達を睨む比良坂。 ううむ……ちょっと可愛いじゃないか。 「まあ確かに、寒がりで料理の腕が壊滅的に下手な比良坂さんがこちらに来られても、  はっきり言って邪魔以外の何者でも無いんですけどね。」 「うわ……またはっきりと言ったなぁ…。」 「こ、この小娘はっ……。」 身体を震わせる比良坂。 …だが、コタツから出ようとはしない辺り、寒さに負けているのだろう。 「…あれ?  そう言えば、鈴音は平気なのか?」 「あ…そう言われると、確かに鈴音ちゃんは平気みたいだけど……。」 「…何故かは良く分からないけど、平気みたいだよ。  やっぱり寒いときは辛いけど、着込めばなんとかなるし。  ……そう言われると、水も特に怖いとは思った事無いなぁ…。」 唇に手を当てながら、考え込む鈴音。 「…やっぱり二代目は、初代の弱点を克服するものなのかね。」 「となると……これで比良坂さんより力が強くなったら、比良坂さんはお払い箱だね。」 「…ぐっ。」 言葉に詰まる比良坂。 そして。 「……ふん。」 俺達に背を向け、コタツに突っ伏してしまった。 「……お嬢ちゃん、それは流石に言いすぎじゃないかな?」 「……ママ、ちょっと虐めすぎだと思う。」 「わ、わたしは悪くないもんっ。  適切かつ冷静な第三者としての意見を述べただけだもんっ!」 お鍋をテーブルに置き、ぷい、とそっぽを向くお嬢ちゃん。 俺はそんなお嬢ちゃんを、後ろからそっと抱きしめ。 「…お嬢ちゃん?」 「…ちょっとだけ、言い過ぎたかも。」 「……悪かったって、思ってる?」 「……本当に、ちょっとだけなら。」 「そっか。」 なでなで。 「…わたし、褒められる事なんてしてないもん。」 「ううん、お嬢ちゃんは偉いよ。  …自分の非をちゃんと認められるってのは、そう簡単に出来る事じゃ無いんだから。」 頭を撫でた後、俺はお嬢ちゃんの耳元に口を寄せて。 「そんなお嬢ちゃんに、改めて惚れ直しちゃったよ。  ……大好きだよ、お嬢ちゃん。」 「……はぅ。」 ぷしゅー。 顔を真っ赤にしたまま、お嬢ちゃんの動きが止まる。 …うむ。お嬢ちゃんはとりあえずコレで良し。本当はあんまり良くない気もするけど。 「えーと…鈴音?」 「……。」 じーっ。 お嬢ちゃんへの行いを見てた所為か、俺を半目で見つめる鈴音。 「父様……女誑し。」 「ま、待てっ。  俺は女誑しじゃない……とは、確かに言えないか。」 そう言いながら、俺は鈴音の頭に手を乗せる。 「……自分の娘にも、手を出してるんだしな。  女誑しじゃ済まないレベルだよな…。」 「……そ、そんな事ないよ、父様っ。  元はと言えば、私が無理矢理仕組んだ事だし……。」 「…ありがとな、鈴音。」 ぎゅっ。 「と、父様っ!?」 俺に抱きしめられ、鈴音の顔が真っ赤に染まる。 「…ずるいとは思うけど。  俺は、鈴音の事も大好きだぞ…。」 「……きゅう。」 ぷしゅー。 …うむ。鈴音もフリーズしたか。 「さて……ひらさ、かっ!?」 「……。」 ぎろりっ。 コタツに入ったまま、視線だけで殺せそうな目で俺を睨む比良坂。 「あー……もしかして、全部見てたりしますか?」 「――さんも、随分と……女の扱いが上手くなったものね。」 「……自分でも、本当に悪い奴だとは思ってるけどね。」 ゆっくりと、比良坂の傍に近づいていく。 「それで?  …今度は、私を毒牙に掛けようと言うのかしら?」 「……あのなぁ。  俺がどうしてこんな無茶をしたのか、分かって無いだろ。」 そう言いながら、比良坂の隣に座る。 そして、そのまま。 ぐいっ。 「きゃっ!?」 半ば無理やりに、比良坂を抱き寄せる。 「な、何をっ…!?」 「……さっきの言葉で傷ついた比良坂を癒そうとして、お嬢ちゃんや鈴音に邪魔されたら  意味無いだろ?」 かぷっ。 「んんっ…。」 そっと首筋に口を寄せて、甘噛みする。 「…俺の話、少しは聞く気になったかな?」 「……。」 俺の問いに、比良坂は無言。 けれど。 ぽふっ。 「……独り言を言いたいのなら、好きになさい。」 「…相変わらず素直じゃ無いのな。」 俺の肩に頭を乗せた比良坂を苦笑しつつ、俺は言葉を続ける。 「……なあ、比良坂。  俺って完璧な奴だと思うか?」 「…良い所を探す方が難しいわね。」 「……俺の事、好きか?」 「え……。」 頭を上げ、俺を見上げる比良坂。 「好きか?」 再度、問う。 「…好きに決まっているでしょう。  ……馬鹿。」 そっぽを向きながらも、比良坂はしっかりと答えてくれた。 「俺も一緒だよ。  比良坂は確かに寒さに弱い。水にも弱い。家事も出来ない。  …だから、それが何だって言うんだ?  比良坂には、それを補える程に凄い部分がいっぱいあるし。  それに……その、なんだ。」 そこで、俺は比良坂から視線を逸らし。 「弱点を曝け出して拗ねたり、寂しそうにしたりする比良坂が可愛いって言うか……。  物凄く護ってやりたい、って言うか……。  ……ああもう、兎に角全部をひっくるめてお前が大好きなんだよっ。」 「………。」 ……あれ? 俺、結構恥ずかしい思いをして本音を言ったんですけど……ノーリアクションですか? 「……っ!」 ぼんっ。 茹蛸のように、比良坂の顔が真っ赤に染まる。 「な…何を恥ずかしい事を言っているのよ、貴方はっ!?」 「…仕方無いだろ。  それが、俺の本音なんだから……。」 顔が熱い。 多分、俺も顔が真っ赤になってるんだろう。 …比良坂と同じように。 「そんなに顔を真っ赤にして……恥ずかしくないのかしら?」 すっ。 比良坂の手が、俺の頬に伸びる。 「お前だって、真っ赤だろ…。」 同じように、俺の手が比良坂の頬に伸びる。 「…――さんが、余りにも愚かな事を言うからよ。」 「…そりゃ悪かったな。」 「だから……この熱を、――さんには受け取ってもらうわ。」 「……口移しで?  それとも……それ以上の事で?」 とさっ。 比良坂を押し倒す。 けれど、比良坂は俺の行為に驚く事も無く。 「この熱が冷めるなら……どんな方法でも取るわ。  ……どんな方法でも、ね。」 「……もし、ずっと冷めなければ?」 「その時は……。」 きゅ。 俺の背に比良坂の手が回り、抱きしめる。 「冷めるまで付き合ってもらうわ。  ……ずっと、ね。」 「……比良坂。」 そっと目を閉じる比良坂。 俺も目を閉じ、比良坂の唇を――。 「……そんなに冷ましたいのなら、すぐに冷ましてさしあげましょうか?」 「「っ!」」 ――でもって。 「…お兄ちゃんの女誑し。妖怪ジゴロ。巨乳スキー。」 身体をスポンジで擦りながら、俺を睨むお嬢ちゃん。 「…父様の鬼畜。変態。……でも、大好き。」 シャワーで泡を流しつつ、ブツブツと呟く鈴音。 「いきなり氷水を浴びせてくる人達に言われたくは無いわね。  まあ…――さんが女誑しで巨乳好きで鬼畜で変態なのは否定しないけれど。  ……ところで、『じごろ』とはどんな妖なのかしら?」 「……文句は全肯定なのかよ。」 そして、俺と比良坂は一緒に湯船に浸かっていたり。 って言うか、『じごろ』って妖怪は居ないぞ。 ……本来の意味を知られても色々面倒だから、訂正しないけど。 「私は兎も角、幼子の小娘と自分の娘の鈴音に手を出していながら、鬼畜で変態では無いと?」 「…比良坂さんと鈴音ちゃんの胸に挟まれて、凄く気持ちよくなってた癖に。」 「……私と母様とママの3人を弄んだ時点で、女誑しだと思う。」 「……ごめんなさい。俺が悪かったです。」 3人に的確に攻撃され、俺は謝るしか出来ない訳で。 「でも…良く考えたら、氷水を被ろうがどうしようが、風邪なんてひかないんだよな。  ……妖怪なんだから。」 「「「う。」」」 俺の言葉に、声を揃えて呻くお嬢様方。 「にも関わらず、風邪を引かないように至急身体を暖めあう必要があるって言って、  綺麗さっぱり服を脱いで抱きついて来た人達が……。」 「……余計な事は言わなくていいのよ。」 にぎにぎ。 「はうっ!?」 大事なところを比良坂に捕まれ、思わず声を上げてしまう。 「まったく……あれだけ私達を穢しておきながら、まだ懲りていないのかしら?」 「……五月蝿いな。  仕方無いだろ……可愛すぎる3人が悪い。つまり俺は悪くない。」 「……ふーん。  ねえ鈴音ちゃん、わたし達が悪いらしいね?」 きらーん。 お嬢ちゃんの瞳が、妖しく輝く。 「……そうだね、ママ。  なら…ちゃんと父様に、『お詫び』をしないといけないと。  …母様も、そう思うよね?」 きらんっ。 鈴音の瞳も、同じように妖しく輝き。 「……そうね。  悪い事をしたら、きちんと償わなくては……ね?」 きゅぴーん。 妖しく輝く比良坂の瞳が、俺に向けられ……って。 「えーと…まさか?」 「…ええ。  今からじっくりと、償いをしてあげるわ。」 「ごめんね、お兄ちゃん。  お詫びに……いっぱい、気持ちよくしてあげる。」 「父様……。  私、父様が悦んでくれるように……頑張る。」 ……うん。 まあ……こんな『お詫び』なら、大歓迎だよな。