「えへへ…楽しみだね、お兄ちゃんっ♪」 「そ、そうだね……。」 居間。 ニコニコしながら俺の横に座るお嬢ちゃんとは対照的に、俺は苦い顔をしていた。 「やっぱり包丁かな?それとも鋸なのかな?  ……どうなるのか、楽しみだな♪」 「……そ、そうですね。」 とある事情により、地上波放送が中止となったアニメの最終回。 その放送が、今からある訳なんだけど……。 「…そんなに楽しみなの?」 「うん。だって……。」 其処で一旦、お嬢ちゃんは言葉を切り。 「あっちの女にフラフラ、こっちの女にフラフラしてる主人公に、ついに天罰が下るんだもん。  ……原作通りとまではいかなくても、それ相当の死に方をしてもらわないと……ね?」 くすり。 「………。」 怖い。 完全にスイッチの入ってるお嬢ちゃんが、怖すぎる。 「……。」 「こら、無言で逃げようとするな比良坂。」 がしっ。 こっそりとソファーから逃げようとしていた比良坂を抱き寄せる。 「し、失礼ねっ。  私はただ、トイレに行こうとしていただけよ。」 「ほほう…じゃあすぐに戻ってくるよな?  まさかそのまま、『巣』に逃げたりなんてしないよな?」 「……う。」 図星だったのか、俺から目を反らす比良坂。 …やっぱりか。 「お前も巻き込まれろ。つーか巻き込む。  ……離さないからな。」 きゅ。 今度は優しく、更に比良坂を抱き寄せる。 「……仕方無いわね。  こんな下らない番組、見るつもりは無かったけれど…付き合ってあげるわ。」 ぽふ。 俺の肩に頭を乗せ、身体を寄りかからせる比良坂。 「…ありがと、比良坂。」 「……馬鹿。」 頬を撫でると、ゆっくりと比良坂が瞳を閉じる。 そのまま、俺は顔を近づけ――。 「……そろそろ、始まるよ。  お・に・い・ちゃ・ん?」 「ひいいいいっ!?」 いつの間にか目の前に居た無表情のお嬢ちゃんに、叫び声を上げる羽目になった。 ――アニメ放送中。    『nice boat.』しながらお待ち下さい。―― 「………。」 無言な俺とは対照的に。 「面白かったね、お兄ちゃん♪」 スッキリしました、と言わんばかりのお嬢ちゃんが。 「……こりゃ、地上波放送出来ない訳だ。」 とある事情が無くても、コレは……無茶過ぎだろ。 そして。 「…然程でも無かったわね。」 何故が平然としている比良坂が。 「……何故にそんなに平然としてるかな、比良坂。」 やはりこんな程度では、大妖怪である比良坂には大した事無いのだろうか? 「私はむしろ、――さんがどうして驚いている事が不思議でならないのだけれど?」 「…何故に?」 俺の言葉に、比良坂はくすり、と笑みを浮かべながら。 「…小娘を怒らせた時を思い出してみたら良いのではなくて?」 「お嬢ちゃんを、怒らせた時……。」 『お兄ちゃん……わたしだって、怒るんだよ……?』 「………確かに、比良坂の言う通りだな。」 包丁・鋸・鉈・斧・アイスピックが宙を舞い……俺を切り刻み。 そして……アヒル隊長が、俺の頭を粉々に吹き飛ばす。 「…俺ってもしかして、このアニメの主人公より酷い殺され方してる?」 「……痛みを感じさせる暇を与えている辺り、小娘の方が酷いわね。」 「……。」 ちょっと泣きそう。 「それに…この番組は、ある意味参考にもなったわ。」 「…参考?」 「……そう言う意味も含んでいるのでしょう、小娘?」 「え…?」 ぎゅっ。 振り向くと、俺に抱きつくお嬢ちゃんが。 でも…何故か凄く良い笑みを。 「……あ、あの、お嬢ちゃん?」 「…お兄ちゃんって、女の子に凄く優しいよね。」 「そ、そりゃあ、女性に優しくするのは男として当たり前の事であって……。」 「うん。お兄ちゃんのそんなところ、わたしも凄く大好きだけど……。」 ふわふわ。 いつの間にか、お嬢ちゃんのまわりに浮いてる凶器の数々。そしてアヒル小隊。 「お兄ちゃんって、優柔不断な部分もあるよね?  ……さっきのアニメの、主人公みたいに。」 「いいっ!?」 くすくすと笑みを浮かべるお嬢ちゃん。 ただし…目が全く笑ってない。 「そ、そんな事は……。」 「…と、お兄ちゃんは言っていますけど。  比良坂さんはどうお思いですか?」 きゅ。 「……う。」 今度は、比良坂がそっと俺の腕を取る。 だけど……やっぱり、笑ってない笑みをこちらに向けていて。 「ねえ、――さん。  すでに私と小娘を二股に掛けている訳だけれど……その辺についてはどう説明をするつもりなのかしら?」 「…うぐぅ。」 …其処を突かれると、なんとも言えない。 「まあ…小娘までは許してあげるわ。  私も番組に出ていた黒髪の女性同様、寛大なのだから。」 「……比良坂が寛大だったら、世の中の女性は大抵が……。」 「……――さん?」 にっこり。 「…比良坂様は寛大です。某黒髪の女性ぐらい寛大です。はい。」 「……よろしい。」 …比良坂からのプレッシャーが、若干和らいだ。 「とは言え……もし、他の女に手を出した、などと言う事があれば。」 「分かってるよね……お兄ちゃん?」 さり気なく手を『化身』させ、俺の首筋を撫でる比良坂と。 鋸を俺の首筋に当て、にっこりと微笑むお嬢ちゃん。 そんな素敵に覚醒気味な姫君お二人に対し、俺は……。 「……も、勿論であります、マム。」 無条件降伏しか出来ません。いや、抵抗するつもりも気も無いけど。 「じゃあ…何か証拠を頂戴、お兄ちゃん。」 「…証拠?」 「うん、証拠。  言葉だけだったら、アニメの主人公だって一杯言ってたし。」 「……そうね。  ここできっちりと、私が納得出来る証明をして貰おうかしら?」 くすくすと笑いながら、お嬢ちゃんの言葉に同意する比良坂。 ……くそう。 そう言うのを俺が苦手だって事を、分かってて言ってるな。 「えへへ…。」 「…ふふ。」 「むぅ…。」 …何か、何か他の方法は無いか。 二人が納得する、何か……二人が、俺のモノであると言う証明……。 「お兄ちゃん、早くっ。  早くしないと……。」 かぷかぷ。 「うぁ……。」 「もっと噛んじゃうよ……はむっ♪」 俺の首筋を甘噛みしだすお嬢ちゃん。 そして、そんなお嬢ちゃんを見て。 「あら…じゃあ私も、急がせないといけないわね。」 かぷかぷ。 「はぅっ……。」 「ほら、早く考えなさい……んっ。」 同じように俺の首筋を甘噛みする比良坂。 ……む、無茶だっ。 こんな事されて、落ち着いて考えられるかっ。 「お兄ちゃんっ…♪」 「――さんっ……。」 「あ、ううっ……。」 ぷつんっ。 「こ、こうなったら……態度で示してやるっ!!」 「きゃんっ…!」 「ひゃんっ…!」 そして翌日、学校。 「…なあ、悪友。何ゆえに長袖なのかね?  ……つーか暑くないか?」 「……五月蝿い黙れ。何も言うな。突っ込むな。」 高田の問いを無視し、暑さに耐えながら、長袖を着る俺と。 「…比良坂さん、もしかして我慢大会でもしてるの?」 「ま、まあ……そのようなものね。」 真っ赤な顔で、委員長の問いに答える比良坂。 「……あーっ!  由美子ちゃんってば、すっごいキスマーク付けられてるっ!」 「「「何っ!?」」」 夏木の言葉に、一斉に反応するクラスメート諸君。 そして。 「えへへ……ばれちゃった♪」 「って、絶対故意にばらしたでしょお嬢ちゃんっ!?」 可愛い大悪魔の策略、炸裂。 「ふむ……と言う事は、だ。  …同じように長袖を着込んでいる其処のお二人も、同様の状況と言う事かな?」 「「うっ……。」」 にやり、と笑う高田に呻く俺と比良坂。 「さて……コレは生徒会長として、色々と聞かねばなりませんなぁ。  そりゃもう、生徒会長として。」 「嘘だっ!」 ……こうして。 『比良坂とお嬢ちゃんの身体に消えないシルシを付ける作戦』……もとい。 『3人で身体にシルシを付けまくった酒池肉林モード』は、あっさり知られる事になってしまった。 「……――さんの、馬鹿っ。」 「俺か?俺の所為なのかっ!?」 「えへへ…えっちなお兄ちゃんが悪いんだもんっ♪」