「うーむ。  ……さっぱり分からん。」 居間。 今週末のテストの為に、俺は比良坂とお嬢ちゃんに勉強を教えてもらっていた。 ……訳なんだけど。 「お、お兄ちゃん…授業、ちゃんと聞いてたよね?」 困った顔をするお嬢ちゃん。 「聞いてはいたけど……どうも、肝心な部分がすっぱり抜けてるっぽい。」 「……それを、聞いていないと言うのよ。」 じろり。 半目で俺を睨む比良坂。 「…ごめんなさい。」 「まったく…前のように、赤点を取るなんて事はもう許されないわよ?」 「……いや、あれは単にイージーミスが重なっただけだったんだけどな。  今回は……マジでやばい。」 問題を見ても、公式とか解き方とかが全く浮かばないからな。 「――さん…やはり今度も、厳しくする必要がありそうね?」 ぱちん。 かさかさかさかさ。 比良坂が指を鳴らすと同時に、大量に湧き出る子蜘蛛達。 「これも、お兄ちゃんの為だから……仕方無いよね?」 お嬢ちゃんの言葉と共に現れるは、アヒル隊長率いるアヒル小隊。 「ちょ、ちょっと待った!  俺は、その方法は効果が無いと主張したい!」 殺す気満々のオーラを放つ二人に、俺は慌てて主張する。 「問題を間違う度に死んでたら、本当に間に合わなくなるぞっ。」 「大丈夫よ。間違っても殺したりはしないわ。」 「そうだよ、お兄ちゃん。  ……死ぬか死なないかのギリギリのラインは、分かってるから。」 「いやそう言う問題じゃ無いでしょ!?」 そりゃあ二人ともそう言う事には慣れてるだろうから、殺さないのは分かるんだが…。 「…ぶっちゃけ、記憶に残るのは痛みと恐怖しか無いと思う訳ですが。  そして人間、嫌な事は忘れようとする傾向があると聞いた事があるのですよ。」 「……なら、どうしたら良いと言いたいのかしら?」 睨みつつ、比良坂が俺に問いかける。 「どうしたら、って言われても……。」 「……あ、いい事考えた!」 ぽん、と手を叩くお嬢ちゃん。 「「……いいこと?」」 「…飴と鞭?」 「そうです。  正解したらご褒美を、間違っていたらお仕置きを……昔からのお約束ですよね?」 「いやまあ、お約束はお約束なんだけどさ……。  そのお仕置きって……結局は惨殺なんだよね?」 小さな胸を張るお嬢ちゃんに、恐る恐る問いかける。 「……えへ♪」 「可愛く言っても駄目でしょっ!?」 「むー…。  でも、その代わり……ちゃんとお兄ちゃんが喜ぶ『ご褒美』を考えたんだよ?」 そう言って、お嬢ちゃんが出したものは……箱? 「じゃーんっ。  お兄ちゃん専用、ご褒美箱〜♪」 「ご、ご褒美箱…?」 「うん。この中に、いろんな『ご褒美』が書かれた紙が入ってるの。  で、お兄ちゃんが正解する度に……。」 「――さんが紙を引いて、『ご褒美』とやらが貰えるって事ね。  ……ところで、小娘。」 腕を組み、じろり、とご褒美箱を睨む比良坂。 「中に入っている紙には……何が書かれてるのかしら?」 「勿論、『ご褒美』ですが……何か問題でもありますか、比良坂さん?」 「…ならば、何故背中に隠すのかしら?」 かさかさかさ。 ふわふわふわ。 蠢く子蜘蛛。 空中に浮く凶器。 「まさか、小娘ごときの身体が『ご褒美』……などとは、言わないわね。  ……貧しい身体で、――さんが喜ばせられる筈も無いのだから。」 「ご心配なく、比良坂さん。  お兄ちゃんへの『ご褒美』は、言い出した私が責任を持って全て担当しますから。  ……年増の白骨おばあちゃんはそこら辺りで見てて下さい。」 「……ふふふふふ。」 「……あはははは。」 う、うわぁ……いつも以上に、二人が猛毒をっ…。 「「……殺す。」」 「だああああ、ちょっと待ったーっ!?」 ――間に入った『贄』がいい感じにスプラッタです。            再生するまで、暫くお待ち下さい―― 「いきなり『お仕置き』以上の目に遭った……。」 肉片からようやく復活した俺は、ぐったりとしながら元凶の二人を見つめる。 「…小娘が悪いのよ。」 「比良坂さんが悪いんだもんっ。」 「どっちも悪い。」 「「…う。」」 ばっさりと意見をぶった斬った俺から、目を逸らす二人。 「とは言え…まあ、なんだ。  お嬢ちゃんの案は、個人的には悪くないと思う訳ですよ。」 「…ホント?」 「うい。」 「……良かった。」 俺の言葉に、本当に嬉しそうに笑みを浮かべるお嬢ちゃん。 「でも…だからって、比良坂そっちのけってのは駄目だよ。  ……今みたいに喧嘩になると…俺の身体もこの家も、幾つあっても足りなくなるから…。」 「…はーい。」 「つー訳で……はい、比良坂。」 「…え?」 比良坂に『ご褒美箱』を手渡す。 「お嬢ちゃんだけってのは不公平だから……お前も書け。」 「……――さん。」 「…言っとくが、別に、その……えっちな事じゃ無くてもいいんだからな。  俺がご褒美だと思う事であれば、それでいいんだから。」 そう言いながら、俺は比良坂から目を逸らす。 そんな俺を見て、比良坂は……くすくすと笑いながら。 「そうしたいけれど……そうもいかないわね。  折角の『贄』を、小娘に誘惑されるのも癪だわ。」 「そんな事言って……本当は、比良坂さんがえっちな事をしたいだけじゃないんですか?」 「それが私の娯楽であり、『栄養』の取り方なのだから、何か問題があるのかしら?」 お嬢ちゃんの嫌味をあっさりとあしらいつつ、書いた紙を『ご褒美箱』の中に収める比良坂。 そして、そのまま俺に手渡す。 「ふふ……楽しみにしてなさいな。  ケダモノな――さんでも、きっと満足する筈だから。」 「……そっち限定かよ。」 「なら、今すぐに書き換えても構わないのよ?」 「…さて。  時間も随分使っちゃった事だし、始めるかなっ。」 ――そして、数分後。 「……うっかりしてましたね、比良坂さん。」 「……そのようね、小娘。」 目の前には、二人の修羅。 「幾らわたし達が『ご褒美箱』にご褒美を入れてあっても……。」 「……問題に正解しなければ、何の意味も成さないわね。」 「いや、ほら……次こそは、多分…分かるんじゃないかな。  ……多分。」 「…お兄ちゃん。  その台詞、さっきも言ったよね?」 じろりっ。 思いっきり、お嬢ちゃんに睨まれる。 「ううっ……ごめんなさい。」 「まったく……――さんは、もう少し真面目に授業を聞いているものと思っていたけれど…。」 「…その筈、なんだけどなぁ……。」 軽く凹みつつも、俺は試験範囲についての書かれた紙に目を通す。 「……あれ?」 …俺はとある事に気づき、再度紙を確認する。 「…なあ、比良坂。  確か…前回のテスト範囲って、126ページまでだったよな?」 「そうだったと思うけれど……それが何か?」 「……これ、おかしくないか?」 試験範囲の書かれた紙を、比良坂に渡す。 「…あら?」 「…だろ?」 小首を傾げる比良坂。 「むー……わたしだけ仲間はずれ…。」 「いや、そう言うつもりじゃ無いってば。  ほら、此処なんだけど……。」 苦笑しつつ、お嬢ちゃんにも紙を見せる。 「……あれ?  試験範囲……160ページからって…。」 「……ミスだよなぁ、多分。」 恐らく、160ページまで、の間違いなんだろうけど。 「つまりは……。」 「……そりゃ、俺が知ってる訳が無いよな。  まだ授業で習ってない部分をしてたんだから。」 公式も浮かばないし、全然解けない訳です。 「…さて。  気づかなかった俺も悪いけど……何処かのお嬢様方も、其れ相当のお仕置きを  受けないといけないんじゃないかなー?」 ワザと手をわきわきと動かしつつ、俺は二人を見つめる。 「わ、わたし……お仕置き、されちゃうんだ……。」 そう言いながらも、何故か俺に身体を摺り寄せるお嬢ちゃん。 …ええっと。 「お、お嬢ちゃん…?」 「し、仕方が無いよね。  ちゃんと確認してなかった、わたしが……悪いんだもんっ♪」 「……もしかして、凄く喜んでる?」 「そ、そんな事無いもんっ。  別にやっとお兄ちゃんに可愛がってもらえるとか、そんな事は絶対思って無いもんっ!」 「えーっと…。」 思い切り声に出してます、お嬢ちゃん。 …まあ、なんだ。ぶっちゃけ俺も嬉しいです。 「んで……其処で素直に甘えようかどうしようか迷ってる比良坂さんや?」 「っ……し、失礼ね――さんっ!?」 「いや声裏返ってるし。」 そんな隙だらけの比良坂を、半ば無理やりに抱き寄せる。 「ほら、なんて言うか……ずっと勉強ばかりってのも、効率が悪いのでは無いかと思う訳ですよ。  だから…少しは息抜きも必要じゃないかなー、なんて考えるんだけど…どうだ?」 ゆっくりと比良坂の髪を鋤きながら問う。 「まあ……――さんの言う事も、確かに一理あるかもしれないわね。」 ぽふ。 肩に頭を乗せ、俺に身体を預ける比良坂。 「それに…何処かの小娘が『贄』を誘惑するのを、みすみす見逃す訳にはいかないわ。」 「あらあら……御自分の魅力に自信が無いから、わざわざ妨害ですか?大変ですねー。」 俺を間に挟み、笑ってない笑顔でお互いを牽制しあう二人。 …ま、いつもの事だ。 「はいはい、二人とも其処まで。  今はお仕置きだったり息抜きだったりする時間なんだから、喧嘩はいけません。」 そう言いながら、俺はゆっくりと床に寝転がる。 そして、両腕を伸ばして。 「んー、勉強したら疲れたから、少し寝ちゃおうかなー。  ……おや、なんか急に腕を伸ばしたまま眠たくなっちゃったなー。」 ちらり、と二人を見ると。 「……偶然ね。  私も丁度、休息を取ろうと思っていたところよ。」 「むー…お兄ちゃん、相変わらず比良坂さんに甘い……。」 ぽふっ。 ぽふっ。 なんだかんだ言いながらも、結局は二人とも俺の腕に転がり込んで。 「とは言え…一休みしたら、再び勉強をしなければ駄目よ。」 「……うい。了解です。」 「…ね、お兄ちゃん。  我慢できなくなったら……いつでも悪戯してもいいからね?  わたし…ちゃんと、寝たふりしてるから。」 「……えーと、お嬢ちゃん?」 …俺、もしかして物凄く特殊な性癖の持ち主って思われてる? ――そして、暫く後。 「……今度こそお仕置きね、――さん。」 「お兄ちゃん……お仕置きです。」 「いやほら次の問題こそは……うぎゃあああああっ!?」 結局、試験範囲でも問題に答えられずにスプラッタになった俺が居たり、居なかったり。