「……むー。」 にぎにぎ。 「あの……お嬢ちゃん?」 「うーん……。」 なでなで。 午後、俺の部屋。 色々イケナイ事をした後の、のんびりまったりとした一時。 そんなゆるい空気の中……可愛い大悪魔さんは、何故か我が息子を弄繰り回しながら 考え込んでいた。 「……この小娘は、まだ欲情しているのかしら?」 「その台詞は、此処にいる誰も言えない状況だと思うんだが?」 俺も比良坂もお嬢ちゃんも素っ裸だし。 更に言えば。 むにむに。 「んっ……。  ……いい加減に大人しくなさい、――さん。」 さわさわ。 「ひゃんっ……。  お兄ちゃんってば……えっち♪」 俺に胸やらお尻やら触られても、言葉では怒るけど全然止めようとしてないし。 つーか、お嬢ちゃんは明らかにお悦びだし。 「いやほら…なんて言うか、男の義務?」 「……ただ欲情しているだけでしょうに。」 「んー……それなんだよねー……。」 「……どうかしたの、お嬢ちゃん?」 「比良坂さんって、人間の血肉じゃなくて精液とかでも糧になるんですよね?」 「何を今更……。」 お嬢ちゃんの問いに、さも当たり前のように応える比良坂。 「でもって、お兄ちゃんは比良坂さんの力で死なない状態にあるんだよね?」 「まあ……『贄』だからなぁ。」 「更に言えば、比良坂さんぐらいの妖怪なら、『贄』に対しある程度は制御出来る筈……。」 「……回りくどい事はいいから、本題を言いなさい。」 半目でお嬢ちゃんを見つめる比良坂。 「……どうして比良坂さんが、この程度の力しか持ってないのかな、と思っただけです。」 「……えーと?」 何を言ってるのか分からず、首を傾げる俺。 「ごめん、俺には全然意味が分からないんだけど……。」 「んー……聞いたらあんまり良い気分にならないと思うけど、いいの?」 「……って言われてもなぁ。聞かないと判断出来ないし……。」 「…比良坂さん?」 ちらり。 「……好きになさい。」 お嬢ちゃんの視線に、比良坂は相変わらずそっけない返事を返す。 「比良坂さんの許可も得たところで……えっとね、お兄ちゃん。」 「ん?」 「最近、比良坂さんの力が更に強くなっていってるのは知ってるよね?」 「……『お仕置き』される度に嫌でも思い知らされてるよ。」 こっちの再生速度も上がってるけど、それ以上に酷い惨殺具合だからなぁ……。 「それだけ比良坂さんが力を得てるのは、何処かにそれだけの糧を供給してる場所が  あるんだけど……今の比良坂さんは人間を喰う事はしてない。  って事は……何が供給元かは、言わなくても分かるよね?」 「……えっちな事?」 「糧の補給と言いなさいっ。」 俺の言葉に、比良坂からのツッコミが入る。 「はいはい、最近はお兄ちゃんにぎゅってされるだけでスイッチが入っちゃってる  激しく駄目女郎蜘蛛な比良坂さんは放っておいて。」 「なっ…!?こ、この小娘は言わせておけば……っ。」 「……お兄ちゃん。」 「ういっす。」 ぎゅっ。 「――さんっ!?」 「好きにしろって言ったんだから、最後までお嬢ちゃんの話を聞かないと駄目だろ?」 襲い掛かる寸前の比良坂を抱きしめ、動きを止める。 「それとも……俺を今此処で惨殺してでもお嬢ちゃんと戦いたいって言うのなら、  仕方が無いけど?」 「くっ……。」 「…大人しくなってくれるとお嬢ちゃんも続けて話が出来るし、俺も大好きな比良坂を  抱きしめられて嬉しいんだけどなー?」 ぎゅうっ。 「……仕方無いわね。  一度『好きにしろ』と言葉にした以上、その約束を違える訳にはいかないのだから。」 俺の胸に頭をのせて大人しくなる比良坂。 まあ、なんだ。 ……ごめん、比良坂。確かにお嬢ちゃんの言う通りちょっと駄目女郎蜘蛛だぞ。 「…と言う訳で続きをどうぞ、お嬢ちゃん。」 「……むー。」 じーっ。 ……だよなあ。 比良坂だけ、って訳には行かないだろうとは思ってたんだ、うん。 ぎゅうっ。 「これでいいかな?」 「…ん♪」 お嬢ちゃんも半ば無理矢理に抱き寄せる。 『半ば無理矢理』ってのがポイント。……ほら、お嬢ちゃんってちょっとMだし。 襲われるの大好きな悪い子さんだし。 「うにゃあ……お兄ちゃん、大好きっ♪」 「ありがと、お嬢ちゃん。」 擦り寄ってくるお嬢ちゃんの頭を撫でる。 「はぅ〜……。」 目を細め、完全に俺に身を任せた状態のお嬢ちゃん。 うむ、今日も可愛いなぁ……って。 「お嬢ちゃん、話止まってる。」 「…あ、そうだった。  お兄ちゃんにぎゅうってされて、忘れそうになっちゃったよ。」 俺に抱きしめられたまま、お嬢ちゃんは顔だけを比良坂に向ける。 「数百年も生きてる以上、お兄ちゃんが比良坂さんにとって初めての『贄』って事は無いと思うんですが……?」 「……その通りだけれど、それが何か?」 さも当たり前の様に答える比良坂。 「って事は……ぶっちゃけ、『贄』から糧を得る事もあった筈です。  ……相手にその気が無かったとしても、相手は『贄』なんですから多少はコントロール出来たでしょうし。」 「……。」 ……そうだよな。 そりゃあ、比良坂だって生きていく為には、その方法を取らないといけない事もあった筈だ。 「もしそうだとすれば……生かさず殺さずで上手く操れば、どんどん糧を得る事が出来る訳です。  だったら…数百年と言う時を考慮すれば当然、今の比良坂さん程度の力では……って、思ったんだけど……。」 俺の顔を見て、お嬢ちゃんの言葉が止まる。 「お、お兄ちゃんっ!?大丈夫っ!?」 「……は?  どうしたの、お嬢ちゃん?」 「どうしたの、じゃ無いよ!  お兄ちゃん……完全に表情が消えちゃってるけど……。」 「…またまた、お嬢ちゃんってばご冗談を……。」 んな訳無いじゃないか。やだなぁ。 比良坂は数百年生きてるんだ。そりゃあ、過去に何度も『贄』を作ってる経験があるに決まってるじゃないか。 それに、生きていく以上、糧を得る……つまりは、そう言うコトをしているのだって、決して疚しい事では無い訳で。 ……うん、何も問題は無いな。全く無い。 「…しっかりなさい、――さん。」 きゅ。 「……比良坂?」 「全く……――さんは、良くも悪くも分かり易過ぎるのだから。」 俺を抱き寄せ、頭を撫でる比良坂。 「今からちゃんと私が説明をするから、落ち込むのはおやめなさい。」 「…別に落ち込んでなんか無いぞ。これっぽっちもな。」 そっぽを向きつつ、比良坂に言葉を返す。 「……ふふ。」 「……なんだよ。」 「本当に――さんは、分かり易いと思っただけよ。」 ぎゅむっ。 「うぷっ!?」 今度は胸に俺の顔を押し付ける比良坂。 くっ……だが、こんな事では、俺の意思はそう簡単には……。 ぎゅむぎゅむ。←柔らかい胸による、素敵な拷問。 「少しは、私の話を聞く気になったかしら?」 「……ああもう。  分かったからとっとと話せよこんちくしょうっ。」 比良坂のやわらか胸プレス攻撃により、あっさりと陥落。 そんな駄目人間な俺を、比良坂はくすくすと笑いながら。 「確かに、過去に私は何人かの『贄』を持っていたわ。  そして、『贄』から糧を得ていたのも事実。  ……でも、それはあくまでも急を要する時のみにしか行っていなかったわ。」 「……なんでだ?  だって、『贄』さえ居れば幾らでも糧を得る事が出来るんだろ?  それなら、どんどん糧を得て強くなった方が……。」 「耐えられる訳が無いでしょう。只の『贄』如きと、私に幾度となく交われと?  ……それよりは、適当に人間を攫って喰った方がよっぽど楽ね。」 俺を見ながら、真顔で答える比良坂。 「……ま、比良坂さんならきっとそう言う理由だとは思ってましたけど。」 そして、比良坂の意見を当たり前のように肯定するお嬢ちゃん。 「え?いや、だって……。」 今の俺、滅茶苦茶『贄』なんですけど。 その上、めっちゃ糧を量産してるんですけど? 「……――さん。  一度しか言わないから、良くお聞きなさい。」 ぐいっ。 「いたたたたっ!?  ちょ、比良坂っ!?」 いきなり耳を引っ張られ、思わず声を上げる。 「黙りなさい。」 そんな俺を無視し、比良坂は自分の口元まで俺の耳を無理矢理引っ張り。 「いいかしら、――さん?」 「なんだなんだ、一体何だよっ!?」 そのまま、自分の口を俺の耳元に寄せて。 「貴方が大好きだから、交わっているに決まっているでしょう。  ……馬鹿。」 「……っ!?」 驚いた。 まさか、あの比良坂が……自ら『俺が好きだ』ってあっさりと言うなんて。 「ひ、比良坂……。」 「……これで少しは、――さんの気持ちも晴れたでしょう。」 ぷい、とそっぽを向きながら呟く比良坂。 ……ああもう。 「…ありがとな、比良坂。」 ゆっくりと比良坂の頭を撫でる。 そして。 「俺も……比良坂の事、大好きだぞ。」 「っ……。」 あっと言う間に顔を紅く染める比良坂。 ……これで、少しはやり返せたかな? ぎゅうっ。 「いたたたたたっ!?  ちょ、お嬢ちゃんっ!?」 「むーっ……!」 思いっきり俺の腕を抓り、不満そうに俺を見るお嬢ちゃん。 ……しまった。一瞬とは言え、完全に忘れてた。 「わ、わたしだってお兄ちゃんだけだもんっ。  お兄ちゃんが初めての人だし、これからもずっと優しくてケダモノでえっちなお兄ちゃんにしか犯されてあげないもんっ。」 「……色々と突っ込みたい部分はあるんだけど……まあいいや。」 なでなで。 「勿論、お嬢ちゃんだって大好きだよ。  ……どっちの方が好き、って聞かれると困っちゃうけど。」 同じように、お嬢ちゃんの頭も撫でつつ告げる。 「……もう。  先に言われちゃったら突っ込めないよ、お兄ちゃん……。」 「だってなぁ……こればっかりは嘘じゃ無いし。  ……それとも、無理にでも順番を付けた方がいいのかな。」 いやまあ、複数の女性……もとい。 複数の妖怪と付き合う事がそもそもあり得ない状態なんだけど。 「…無駄な事よ、――さん。  ――さんが、私と小娘に順位を付けるなど出来る訳が無いでしょう?」 そう言って、くすくすと笑う比良坂。 「む……頑張ったら出来るかもしれないぞ?」 「無理ね。」 「即答かよ……。」 「当たり前でしょう。  ……そもそも、それが出来るのならばこの様な状況にはなっていないでしょうに。」 「うぐっ……。」 ……的確すぎて、何も言えないのが情け無い。 「それに、今となっては……順位を付ける事そのものが恐らく無駄になるわね。」 「……はい?」 比良坂の言葉が理解できず、俺は小首を傾げる。 「考えても御覧なさい。  『贄』である――さんの主である私が当然上になるとしても……其処の小娘が素直に受け入れると?」 「……あ。」 俺は思わず、お嬢ちゃんを見る。 「…………。」 にっこり。 笑ってる。物凄くいい笑みを浮かべてる。 でも……目は、全然笑ってない。これっぽっちも笑ってない。 「あー……。  ……つまりは、俺は全力で二人とも愛せって事ですか?」 苦笑いをしつつ問いかける俺。 それに対し、目の前のお嬢様方の答えは。 「『贄』としては破格の扱いなのだから、私に感謝なさい。」 「お兄ちゃんが死ぬまで、ずっと一緒だもん♪」 「……ういっす。」 『贄』の定義って何さ、とか、死ぬまでって言われても『贄』だから死なないんですけど、とか。 色々突っ込むべき部分はあるけど。 「……ま、いっか。」 ぎゅっ。 「「あ……。」」 比良坂とお嬢ちゃんの身体を、強く抱きしめて。 「なんかカッコイイ台詞言えればいいんだけど、多分無理だろうから。  ……二人とも、大好きだよ。」 「……馬鹿。」 「……ん。」 ぎゅうっ。 二人とも、俺の身体に抱きつく。 そしてそのまま、みんなで何をするでも無くぼーっとした、そんな一日だったり。