「ただい……ま?」 「お帰りなさい。今日は随分と早かったようね?」 居間。 お嬢ちゃんと二人で買い物をして帰って来た俺は、目の前に置かれたモノに吃驚していた。 「……比良坂。  俺の家あったコタツは、もっと小さかったと思ったんだが?」 まさか、コタツが進化してコタツグレートになったとか…。 「おばさまから『お金渡しとくからいいコタツを買いなさい』と言われていたから、  あらかじめ目を付けていた物をさっき運んで貰っただけよ。」 さも当たり前のように言う比良坂。 ……おふくろ。普通息子に言うのが先じゃないか? 「お兄ちゃん、買った物を冷蔵庫に……って。」 同じく居間にやってきたお嬢ちゃんも、俺と同じように一瞬言葉を失う。 「…比良坂さん。何処からコレを盗んできたんですか?」 「この小娘は、相変わらず失礼な事を…。」 じろり、と睨みはするが比良坂はコタツから動こうとはしない。 ……ああ、成程。 「新しいコタツの性能を試そうと思ったら、凄く暖かくてそのまま出れなくなったとか。」 「!?」 どうやら図星だったようだ。 ……いやまあ、比良坂が寒さに弱いのは知ってるからいいんだけどな。 「まったく、また比良坂さんはコタツガメ妖怪ですか?  相変わらずの駄目っぷりですね……。」 「くっ……。」 お嬢ちゃんの皮肉ですら、比良坂はコタツから出ようとしない。 ……むぅ。そんなにいい按配なんだろうか。 「まあ折角だし、新しいコタツとやらの実力を見てみようかね。」 そう言いつつ、俺は比良坂の対面に腰を下ろそうとして。 「……。」 じー。 「……分かったよ。」 再び動き、今度は比良坂の隣へと腰を下ろす。 「ふふ……流石は私の『贄』ね。」 「あんな目をして見つめられて逆らえるかっつーの……。」 睨まれるならまだしも、悲しそうに見つめるのは反則だ。 「しかし……これは確かに、中々……。」 足元ポカポカであり、まさに極楽。 「当たり前ね。  この私が品定めをしたのだから。」 えっへん、と言わんばかりに胸を張る比良坂。 ……なんだろう。今日の比良坂は、ちょっと馬鹿っぽくて可愛いぢゃないか。 コタツで浮かれてる所為か? 「ありがとな、比良坂。」 なでなで。 なんとなく、比良坂の頭を撫でてみる。 「子供じゃ無いのだから、頭を撫でられても困るわね。」 「……その台詞は、顔に浮かんでる笑みを消してから言え。」 「……五月蝿いわね。」 ぽふ。 俺にもたれ掛かる比良坂。 「『贄』は大人しく、黙って私の頭を撫でればいいのよ。」 「無茶苦茶だな……。」 苦笑しつつも、俺は比良坂の頭を撫で続ける。 そんなのんびりした時間が暫く続いていたのだが。 「……凄いラブラブだね、お・に・い・ちゃ・ん?」 「ひぃっ!?」 後ろから声がして振り向いてみると、其処には無表情なお嬢ちゃんが。 「わたしは買ってきた物を仕舞ってたのに、お兄ちゃんは比良坂さんとコタツで  イチャイチャしてるんだー。へー。」 「い、いえ、コレはですね……。」 ヤバイ。 いつもの事だが、比良坂に構いすぎてお嬢ちゃんを完璧に忘れてたっ。 「……相変わらず脅すしか能が無いわね。」 「ちょ、比良坂っ!?」 「…何ですか?喧嘩したいって言うのなら、今すぐにでも買いますけど……?」 ついにアヒル小隊まで浮かばせるお嬢ちゃん。まさに殺る気全開。 だが、そんなお嬢ちゃんを見ても比良坂は至って冷静で。 「そんなに悔しいのなら、同じようにして――さんを誘惑すればいいだけでしょうに。  まあ、折角のコタツを壊して――さんを悲しませてもいいのなら、今すぐに  引導を渡して上げても構わないのだけれど?」 「……う、ぐ……。」 俺を誘惑すると言う言葉と、コタツを壊しかねないと言う状況。 この二つがお嬢ちゃんの動きを止める。 「…珍しいな。  比良坂なら、お嬢ちゃんの喧嘩を買うかと思ってたけど。」 「それだと、常に私と小娘が喧嘩をしているみたいに聞こえるけれど?」 「いやだって、それ事実……。」 「……――さん?」 じろり。 「……すみませんでした。」 ひと睨みされ、あっさりと謝る俺。……ああ、弱い。 「…コタツを壊されたくないのが一番だけれど。  たまにはこうやってのんびりする時間を持つのもいいものでしょう?」 ぽつり、と呟く比良坂。 「…その台詞はずるいだろ……。」 ぎゅうっ。 「ちょ、――さんっ!?」 「五月蝿い、そんな嬉しい台詞を言うお前が悪い。  だから黙って抱きしめられろっ。」 無理矢理に比良坂を抱きしめる。 「……馬鹿。」 きゅ。 比良坂もそっと、俺に抱き付いてくる。 ……おっと、今度は忘れないぞ。 「でもって……よいしょ、っと。」 「きゃっ!?」 振り向きざまにお嬢ちゃんを捕まえ、比良坂と同様抱き寄せる。 「ふっふっふ、幾ら俺とて同じミスはしないのだっ。」 「わ、わたしは比良坂さんとのんびりするなんて言ってないもんっ。」 必死に抵抗しようとするお嬢ちゃん。 だが。 「大人しくなさい、小娘。」 きゅっ。 「ひ、比良坂さん!?」 お嬢ちゃんの手をそっと掴んだのは、なんと比良坂。 予想外の事態に、さすがのお嬢ちゃんも動きを止める。 「例え敵同士であろうとも、たまには共にのんびりしても構わないでしょうに。」 「な、え、は……?」 「……それとも、私と――さんの二人だけでこの時間を過ごしてもいいのなら、  無理にとは言わないけれども……。」 「っ……分かりましたよ!」 ぽふ。 ぎゅっ。 「ひ、比良坂さんにお兄ちゃんを誘惑されるのは癪ですからね!  だからわたしもお兄ちゃんとラブラブします!」 「……まったく、最初から素直にすればいいものを。」 ……おお。日頃と立場が完全に逆になってる。 これは珍しいなぁ……。 「…何をぼーっと見ているのかしら、――さん?」 「あ?ああ……悪い悪い。なんか、こういう状況も珍しいな、と思ってな。」 「……今日はたまたまそんな気分だっただけよ。」 それだけ言って、ぷい、とそっぽを向く比良坂。 「はいはい。  それじゃ……さっきの続きをしようかね。」 なでなで。 今度は比良坂とお嬢ちゃん、二人の頭を撫でる。 「……ふふ。」 「うにゃあ……。」 薄く笑みを浮かべる比良坂と、あっさりと甘えモードに入ったお嬢ちゃん。 ……むぅ。頭なでなでにこんな破壊力があったとは。 こうして、暫くの間甘々な一時を過ごしたのだった。 ……でもって。 「…むぅ。」 「すー…。」 「うにゅ…。」 いつの間にか俺に寄りかかったまま眠ってしまったお姫様二人。 …さて。 「……俺、完全に動けなくなったなぁ。」 ……ま、仕方ないか。