「……。」 「ええっと、比良坂さん?」 居間。 俺は買い物のついでに、比良坂にとある物を買ってきた。 そして、それを比良坂の前に出したのだが……。 「あー……実はコレが何か分かっていないとか?」 「……分かっているわ。失礼ね。」 ぎろり。 射抜かんばかりの視線で俺を睨みつける比良坂。 何処からどう見ても不機嫌です。 「いやほら…これから寒くなるし、寒さが苦手な比良坂に必要かなって……。」 ゆたんぽ。 中にお湯を入れておけばあら不思議、とても暖かい代物。 「――さん。  このゆたんぽは、どのような時に使うものだったかしら?」 「え、そりゃあ身体が寒くて困る時だろ?」 「……具体的に、何時、何処で、使うもの、だったかしら?」 やばい。比良坂からのプレッシャーが更に増した。 「そ、それはですね……足元が寒い時とか、後は寝る時とか……あ。」 其処まで言って、俺はようやく比良坂が怒っている理由を理解した。 「ええ……眠る時に寒くないように使うものね。  非常に素晴らしいものだと思うわ……本当に。」 そう。 コレさえあれば、寒い冬もぽっかぽか。 だから……比良坂が俺の部屋に忍び込む事が無くなる訳だ。ゆたんぽがあると。 「あー……その、なんだ。」 「……。」 比良坂が無言で自らの腕を『化身』する。 そして、その状態で器用にゆたんぽを持ち。 「…何か言う事はあるかしら、――さん?」 「……細かく刻んだ方が燃えないゴミとして出しやすいぞ。」 「……。」 「……まだ機嫌は直らないのか?」 その後。 完膚なきまでに細切れになった元ゆたんぽをゴミ袋に詰め。 俺は比良坂のご機嫌を直す為、一緒にコタツに入っていたりする。 「…別に最初から機嫌を悪くなどしていないわ。」 「嘘付け。」 抱き寄せた比良坂は、未だに俺と視線を合わせようとしない。 まだちょっと拗ねてるらしい。 「だから、別に比良坂が俺の布団に忍び込んでくるのが嫌だった訳じゃ無いぞ。」 「……。」 「むしろ俺だって暖かいし、それに…可愛い女の子が布団に入ってきて  嫌な訳が無い。むしろどんと来い。」 「…そんなお世辞を言っても許さないわよ。」 まだ怒ってます、と言わんばかりに俺を睨む比良坂。 でもこっちを見てくれるあたり、少しはご機嫌を直してくれたっぽい。 「むぅ……じゃあ、どうしたら比良坂は許してくれるのかな?」 ゆっくりと首筋を撫で回しつつ問いかける。 「…えっち。」 「……えっちな事だと思う方がえっちだと思う。」 「……ならば、自分も味わって御覧なさい。」 比良坂の手が、俺の首に伸びる。 そして俺と同じように、首筋を撫で回す。 「……むぅ。」 「如何かしら……って、どうしてそんなに嬉しそうなのかしら?」 「…すまん。割と正直な反応をしてしまったと反省している。」 なんつーか…くすぐったいんだけど、それがまた良いと言うか。 「まったく……――さんの嫌がる顔を見ようと思ったのに、これでは意味が無いわね。」 「…つまり、比良坂は嫌なのか?」 「っ……。」 俺の言葉に、比良坂の動きが止まる。 そして。 「……兎も角、私はまだ――さんを許していないわ。」 「うわ、無視しやがった…。」 「…何か言ったかしら?」 ぎろりっ。 「……なんでもないです。はい。」 あっさりと引き下がる俺。 だって、今の睨みつけはマジだったし……。 「あー……その、なんだ……。  …今日から1週間、俺がゆたんぽ代わりになると言うので如何でしょうか?」 「……その言葉、嘘偽りは無いわね?」 「ういっす。この件に関してはお嬢ちゃんもちゃんと説得する。」 ……多分、いや確実にアヒル小隊アタックを喰らう気がするけど、仕方が無い。 「…仕方が無いわね。  このような些細な出来事で怒っていても、『主』として宜しく無いものね。」 「……自覚はあったのか。」 「…お黙りなさい。」 ぽふ。 「――さんは大人しく、私専用のゆたんぽになれば良いのよ。」 俺の胸に飛び込んでくる比良坂。 上目遣いが俺の心に効果的。 「…ああ。  俺も約束を果たしたいところなんだけど……。」 そう言いつつ、俺は引きつった笑みで目の前……具体的に言うと、 コタツの向こう側にある中庭を見る。 「……。」 其処には……タイムセールの戦いを終え、大量の買い物袋を『浮かせた』 お嬢ちゃんがにっこりと微笑んでいた。 勿論、目は全然笑ってない。 「……あら。  随分と不思議な事をしているのね、小娘。」 「こ、この年寄り妖怪は……っ。」 『力』を使って触れる事無く窓を開け、入ってくるお嬢ちゃん。 お嬢ちゃんだけならすり抜けられるけど、買い物袋がある為にちゃんと 開けたらしい。 「人が一生懸命餓えたベテラン主婦と戦って帰ってきたら、何をいちゃついてるんですか二人してっ!」 久々に吼えるお嬢ちゃん。 でもちゃんと買い物袋を台所に浮かせたまま持って行くあたり偉いと思う。 「いや、なんと言いましょうか……。」 「失礼ね、これの何処がいちゃついていると言うのかしら?」 しどろもどろの俺に対し、さも当たり前かのように言い切る比良坂。 ……ある意味凄い。 「…じゃあ聞きますけど、お兄ちゃんの胸に飛び込んで擦り寄ってるこの状態を、  いちゃいちゃラブラブ以外の一体何だって言うんですかっ!?」 「生きたゆたんぽ。それ以外にどう見えるのかしら?」 「……は?」 真正面からぶった切ると言わんばかりの比良坂の発言に、お嬢ちゃんの思考が止まる。 「…俺が言うのもなんだが、それはかなり無理が無いか?」 「事実でしょうに。  当たり前の事実なのだから、それを当たり前に言っているだけ。  別に不自然な点など欠片も無いわ。」 「……まあ、確かにゆたんぽになる、って言ったけどさ……。」 「……お兄ちゃん?」 ゆらり。 お嬢ちゃんの目が、俺に向けられ……無表情のまま見つめてくる。 「ゆたんぽになるって、どーゆー事かな?かな?」 「……言わないと駄目ですか?」 「……。」 にっこり。 「……誠心誠意を込めてご説明させて戴きますっ!」 「…女誑し。」 「無茶言うなっ!?」 その後。 必死の説得とか若干の実力行使により、お嬢ちゃんの怒りを何とか納める事には成功した、のだが。 「比良坂さん、わたしの『あんか』を使わないでもらえますか?」 あんか:一人用可搬型の暖房器具の一つ。布団などに入れ直接手足に当てて暖をとる。 「小娘…これは私の『ゆたんぽ』だと何度言ったら分かるのかしら?」 ゆたんぽ:日本で用いられる暖房器具の一つ。陶器・金属等の容器に湯を注ぎ栓をし、暖をとる。 「……どっちにしろ、俺は暫くの間は暖房器具って事か。」 じろり。 じろり。 「…何か言いたい事でもあるのかしら、――さん?」 「…文句でもあるのかな、お兄ちゃん?」 「……いえ、全力で暖房器具になる所存です。」 優柔不断な俺は、両方の『ゆたんぽ』『あんか』となる事になってしまった。 …まあ、大体予測は付いてたけどね。 「…あ、もうこんな時間だ。  そろそろ夕食を作らなきゃ。」 そう言って立ち上がるお嬢ちゃん。 「…って、あの?」 「どうしたの、お兄ちゃん?」 「……何故か俺の身体が勝手に立ち上がったのですが?」 しかもぴったりとお嬢ちゃんを抱きしめてるし。 どう見てもお嬢ちゃんの『力』です。本当に有難う御座いました。 「だって、台所で水仕事は寒いもん。  だから……『あんか』は絶対に必要だよね?」 俺に擦り寄り、上目遣いで見つめてくるお嬢ちゃん。 ……くっ。相変わらずガード不可の攻撃をっ。 「……――さん?そして小娘?」 ぎろり。 でもって、当然『ゆたんぽ』を取られた比良坂は怒る訳で。 だが。 「なんですか、ただこたつで寛いでて家事一般も出来ない駄目妖怪の比良坂さん?」 「なっ……い、言わせておけば……。」 「じゃあ、今日は比良坂さんが水仕事をしますか?  言っておきますけど、台所には暖房なんてありませんからね。  しかも水仕事ですから……身体、物凄く冷えますよ?」 「くっ……。」 「それでもいいって言うなら、台所でわたしと一緒に『ゆたんぽ』を使う権利がありますけど?」 「そ、それは……。」 お嬢ちゃんの言葉に、比良坂の動きが止まる。 うーん……この展開も、大体予想できてたんだけど……。 「…あー、お嬢ちゃん?」 「……聞かないもんっ。」 両耳を押さえるお嬢ちゃん。 「絶対、お兄ちゃんは比良坂さんを助けようとするもんっ。」 「……駄目かな?」 お嬢ちゃんの頭を撫でながらお願いする。 「……うー。」 暫くして、お嬢ちゃんの手が両耳から外れる。 「…お皿を洗うときは、温めのお湯で洗った方が汚れが落ちるらしいですね、比良坂さん。」 「……は?」 お嬢ちゃんの言葉に、比良坂が小首を傾げる。 「…翻訳すると、  『お湯だったら比良坂でも皿洗い出来るだろ、つーかやれ。それならゆたんぽOKだ。』  ……で、合ってる?」 「……どう解釈するかは勝手だもん。」 ぷい、とそっぽを向くお嬢ちゃん。 ……うむ、今日も素敵なツンデレ具合です。 「まあ、なんだ……ぐうたらしてないでお前も手伝え比良坂。」 「くっ……――さんにぐうたらと言われる日が来るなんて……。」 ……で、どうなったかと言うと。 「お兄ちゃん、野菜切り終わったよ。」 「はいはい。」 ぎゅっ。 「はぅ……♪」 お料理の下ごしらえが少し終わる度に、お嬢ちゃんを抱きしめ。 「…――さん?」 「ういっす。」 ぎゅうっ。 「……ふふ。」 お皿を一枚洗う度に、比良坂を抱き寄せる。 「あー……なんだ。  これって、むしろ作業効率が滅茶苦茶下がってるんじゃ……。」 「「……。」」 じーっ。 「……なんでもないっす。」 いつものゆうに3倍は時間を掛けて、お料理とか皿洗いをしたとかしなかったとか。